熱帯魚






嫌悪されていると云う自覚があればこそ、姑息な手段を講じてしまうのだという事を自覚し ては居るものの、如何しても其れから逃れる事が出来ずに居た。
スリザリンの幼姫の字に相応しく、感情を滅多に表面に出さず唯其処に在る様な少女。
両親から受け継いだ東洋の血を純粋に受け継ぎ、美麗と謳われる端麗な容姿を兼ね備えながらも、年相応の少女の用に無邪気に笑う事も無く。
感情の起伏が非常に平坦な少女の喜の感情を引き出す事に成功を収めたとすれば、蟻地獄に捕まった哀れな蟻の様にのめり込んでしまうのも無理は無い。
況して、偶然とは云え垣間見れた感情の欠片、柔らかく微笑んだ其の様が酷く可愛らしいであれば尚の事。
気付けば少女から視線が剥せなくなり、姿を存在を追う様に為って早一ヶ月。
然して当番など決める事も無かったレポート用紙の回収、各々の寮監督生に命じたのは他でもない、陳腐な理由から。





「 …スネイプ教授、熱帯魚を魔法薬学で使用されるんですか…? 」





両の手に抱えきれない程の羊皮紙の束を抱え、華奢な足で押し開く様に重い地下室の扉を開いたは、第一声に哀しそうな声を漏らした。
羊皮紙の束をテーブルの上に無造作に置き、哀れむ様な薄紫瞳は窓際に置かれた物体を見詰めて。
繊細な硝子細工に似た透明な瞳。
其処に映し出されているのは、同じ様純度の高い硝子の板が四方に張り巡らされた箱の中を不自由に泳ぎ回る色彩豊かな熱帯の魚。
の表情を一瞬だけ喜に変容させた其れ等、時が経てば己が試用せざるを得ないかも知れぬ魔法薬学の実験体に為るのではないのだろうかと、悲壮な未来を予 測したの表情には翳りの色が浮き上がる。





「 鑑賞用だ。 」

「 …鑑賞用…ですか? スネイプ教授が熱帯魚の飼育なんて珍しい趣味をお持ちなんですね。 」

「 …魔法界でも珍しい珍種だ。 それ以上も以下も理由など無い。 」





其れだけ述べ、の腕から残りの羊皮紙を奪い去る様に持ち上げると円卓の上に乗せ置く。
で、我輩の言葉を右から左へと聞き流す様に上の空の返事すら返してこない。
コポコポと一定の旋律を奏でながら空気を送り続けるポンプの音だけが室内に木霊して、肝心のはといえば水槽の中の熱帯魚を哀しげに見詰た侭。


読みが甘かったのだろうか。
あの日イギリスで偶然にもを見かけた際に、一瞬垣間見たあれは夢か幻の類だっただろうか。
今も鮮明に胸に競りあがっては脳裏に焼き付いて離れぬ情景、心を奪われたと表現しても満更嘘では無い確かな恋慕。
普段は硬い棘に覆われ類稀な美しさを隠さんとばかり頑なに閉ざし続ける華が一瞬だけ綻んだ様な、瞬き一つで見落としてしまう様な些細な出来事。
偶然にも視界の端にいれられたのは、神が落としてくれた賜物だとでも云うのだろうか。
其れともやはり、あれは夢幻だったのか。





「 熱帯魚って思った以上に世話に手間が掛かるらしいですね。 」





解答の見付からぬ自問自答を繰り返す内、言葉一つ投げて遣る切っ掛けさえ掴めない侭。
暇を持余した様に羊皮紙の一枚を指先で掴み上げた矢先、は思い出した様に言葉を吐いた。
振り返らず水槽を見詰た侭、問い掛ける様に吐き出した其れはスネイプに向けてか独り言か。
何れにしても、日頃から講義に関係の無い話題を自ら振る事の無いが言葉を発する等、奇想以外の何物でも無い。
其れを思えば、少しは進歩したと言った処だろうか。
指先に掴み上げた羊皮紙は必要ないとばかり、即座に束の上に戻された。





「 色々と癖が有るらしいからな。 途中で面倒に為って川に流す輩も少なくないと聞く。 」





在るが侭の事実を述べれば、の端麗な横顔が更に悲壮なものに変わった。
我輩が熱帯魚の世話に疲れ果てたら川に捨て置く様でも想像したのだろうか。
其れとも、珍種と銘打っただけに手離すとしても高価で売り飛ばすか。
今後の魔法薬学の発展の為に実験体にするか。
珍種と言っても然程高価なものではない。珍種といえど所詮は魚。
品種改良や魔法の力さえあれば幾らでも繁殖が可能であり、其の飼い方もマグルよりかは聊か楽に為るであろう。
我輩が手に入れたこの熱帯魚。
其れ等は全て魔法薬学の為でも無ければ、珍種を保護する為でも鑑賞する為でもない。





「 …スネイプ教授も… 」

「 我輩は棄てたりせん。 況して、苦労して手に入れた魚だ…手離す気など無い。 」





其の言葉に、悲愴に満ちた表情しか見せなかったが、小さく微笑った。
透明な硝子の箱の中、淡蒼の色に染め上げられた淡水の中。
揺らり揺らりと波紋広がる其の中をゆっくりと泳ぐ魚に瞳を奪われた様に視線を動かして、小さく良かったね、と呟いて。
磨き上げられた硝子にゆっくりと触れ、魚が描いた軌跡を其の侭なぞる様に細い線を描いて、小さな子供の様に飽きずに延々見続けている。




「 時々、魚を見に此処に来ても構いませんか? 」

「 …好きにし給え。 但し、茶菓子等期待せんことだな。 」





透明な硝子奥の魚を見詰て、そうして振り返ったはあの日の微笑と同じ美麗な表情で笑った。
はきっと憶えても居ないだろう。
雨が吹き荒ぶ湿った天候の中、見惚れ動けない肖像画の様に一軒の古い店先に並べられていた硝子水槽に泳ぐ魚を見て微笑んだ
其の横顔が余りに綺麗で、声を掛けることも忘れて唯、言葉を飲み込んだ。

世話に非常な手間の掛かる熱帯魚。
其れを飼おうと思った理由等、本当に唯の気紛れに過ぎなかった。
あの日偶然にも垣間見れたの微笑みを、もう一度見たいと思った、唯其れだけ。


翌日から熱帯魚を見に来るという名目でがこの地下室を訪れる様に為った。
今は熱帯魚に注がれる其の微笑が、何時か此方にも向くようにと微かな希を持ちながら、今日も地下室の扉が開かれるのを待つ己が居た。
莫迦莫迦しいと自嘲しながらも、其れでも----------


止める事が出来ないまでに、既に心を奪われていた。
淡蒼の海を泳ぐ、熱帯魚に心を奪われたの様に。









□ あとがき □

スネイプ教授なら熱帯魚でも珍魚でも買い捲りそうな気がしますが…あの環境下で果たして魚が育つのだろうか(笑)。
育つなら育つで、どのようにスネイプが世話をするのかも見たいですね。
…一匹一匹に名前を付けていたら面白いんですが(笑)


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