ジャックナイフ
僕のスリザリンの血を根底から目覚めさせたのは、君の叫び声と千切れたローブを見た瞬間
だった。
「 、どうし…っ 」
言葉にも声にも音にもする事なく、感情を欠落させた様、君を唯只管に想っていた。
全寮制のホグワーツ、毎日が気だるい雰囲気に包まれている事に気付こうともしない知能の低い人間を上から見下ろしながら、視界の端に偶然に留まった君から
視線が剥せなくなってどれ位経っただろうか。
気付けばグリフィンドールとの合同授業が有る度に、砂塵の中から星の砂を探し当てる様に眼を凝らして、唯君を見ていた。
グリフィンドールの君とスリザリンの僕が対等の位置に立てる筈等ある訳が無い。
そう自身に言い聞かせるようにして過してきた二年の月日。
あの時余計な自尊心等捨て置いて居れば、君は傷つかずに済んだだろうに。
眼前に広がった光景に、言葉を伴った息が咽喉奥で潰れた。
ホグワーツの一角、普段生徒は立ち入る事を赦されない一室に、其処に一瞬消えた影を見付けて興味本位に跡を付けた。
若しかしたら、かもしれない。
結構な距離があった為にハッキリとは認識出来ない侭、傍らの窓から映る景色は昨日と何等変わりなく、何時もの様に其処を歩いていた。
クィディッチ競技場ではレイブンクローとハッフルパフの試合が行われ、大部分の教師陣と、ホグワーツ生が居た。
見る気すらも起きはしない。
視界の端に唯流れる景色の様に其れに眼を留めながら、突当りの扉を軽く引いて。
浅い水溜りの色素が紅く染まり、其の中心に抱き折れる様に倒れこんだ生徒、瞳を真っ赤に腫らせ千切れたローブを必死に押さえるが其処に居た。
「 ドラ…コッ…ど、どうしよう…私、私こんなつもりじゃ… 」
僕の声と姿を腫れた瞳に映し込んだは、突然の訪問者に華奢な身体を震わせ、僕からも其れからも逃げる様に後に身を引いた瞬間。
カラン、と何かが大理石の冷たい床に落ちた音がした。
其れは所々紅に染まり、床に出来上がった浅い水溜りの上に落ちて。
完全に閉ざされた訳ではないけれど、其れでも薄暗い室内の中、瞳を凝らす様に其れを見れば、其処に落ちたのは巷で良く見かけるジャックナイフ。
傍らで震える少女に、水溜りに沈む男。
余計な思考等働かせなくとも一瞬で事態を理解出来るような情景に、僕は殺していた筈の何かを目覚めさせていた。
汚らしい手で、穢れた身体で、僕のものに触ろうとした。
業罪にも価する其の行為を想像して、瞬時に熱が身体を突き抜ける。
涙は汚い物が身体に溜まって、どんどんと心が圧迫されるから、だから、時々堰を切った様に、涙が流れるのだろう。
穢れた心を綺麗にする為に。
訳無く涙が流れてしまうのはそう云う事だから、だから泣いて良いんだよ、ドラコ。
そう言った君から流れ落ちる涙。
君から流れ落ちる涙が哀しみのもので無い様に、そう願っていた筈なのに。
「 …橘、此処に来る途中に誰かに会ったり擦れ違ったりしたか? 」
問い掛けに、は小さな頭を振った。
次いで問いかけた、誰かに此処に来る事を話したか、にも同じ動作を繰り返した。
誰にも見付かってはいない、だとすれば此れを知っているのは僕との二人だけに為る。
血の海に倒れこむ無様な上級生を眼の前に、不思議と焦りは無かった。
徐にローブを落せば、脅えた瞳で僕を見上げる。
何か、されるとでも思っているのだろうか。生きる価値すら無いこの男がにした行為と同じ行為を強要されるとでも。
莫迦莫迦しい。
そんな事が出来る位なら、もっと昔に遣っている。
出来ないからこそに、只管に想い、表情にも態度にも表したつもりはなかった。
誰にも知られる事なく、誰にも悟られる事なく、この想いは心の奥底に眠らせた侭だったと云うに。
そんなこと、出来る訳が無い。
「 どうしよう…ドラコ、私、退学かな。 其れともアズカバン行きかな。 」
「 そんなこと、僕がさせない。 」
涙を溜めた瞳で笑って言ったに、脱いだローブを投げると、杖を掴む。
常に無い鋭さを含ませた声に怯む事無く、はローブを震える指で掴んで抱締める様に手手繰った。
どうせ、こんな人間、生きている価値も無い。
被害者であるべきが何故にアズカバン行きになるだとか、咎められたりだとか、叱責を受ける必要性があるのだろう。
憎むべき償いをするべき対象はこの男で有って、は寧ろ護られるべき対象の筈。
体格差力の差、能力の差に性別の差。
何もかも遥か上に立つ男に組み伏せられて咄嗟に懐から取り出したジャックナイフで抵抗を示した。
しかし其れが運悪く男の心臓を一突きにして、汚らわしい鼓動が止んだ。
唯、其れだけ。
今は一秒でも早く、僕の感情を逆撫でするこの男の処理をするだけ。
「 Avada Kedavra 」
教授されたその呪文を口にすることに何の躊躇いも無かった。
其れよりも、一秒でも早くこの怨者を空間から消し去りたいと、其ればかりが呪いの様に脳を駆け抜ける。
言葉に驚きを隠しきれて居ないは驚愕の瞳に僕を移し込んで、そんなことをすればアズカバン行きになってしまうと声を震わせ。
大丈夫だと無機質な音で返答を返して遣れば、苦い笑いを返してきた。
其れでいい。
罪を犯そうとも、君が笑っていれば、其れだけで良いと。
一瞬で姿は愚か魂さえも消滅した男を記憶の中からも消し去って。
全ては束の間の夢に過ぎないとばかり、生きていた痕跡を消し去って、皆の記憶に眠るこの男の存在すらも砂塵と共に流れ落ちた。
「 こんなこと…ドラコ何も悪くは無いのに… 」
「 背負って遣るよ、お前の罪もまとめてな。 」
口を吐いて出た言葉に偽りは無い。
震え続ける君を抱き寄せて、唯髪を撫で、全ては夢の欠片だと暗示に掛ける様に囁いて。
何も無くなった床に転がるジャックナイフを蹴り捨てて、眼下に在った筈の汚らわしいモノの痕跡を拭う様に刃先を折る。
ホグワーツから独りの生徒が生滅した事は愚か、存在していた証でさえ、何処にも無い。
□ あとがき □
妙にドラコ君で書きたくなったので、ジャックナイフをお題にドラコで(笑)
…個人的にちょろっと大人なドラコ君が好きらしいです、私。
因みに、ドラコが唱えた例の呪文に夢のような効果は在りませんのであしからず。
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