小指の爪
それは極有り触れた日常の中の一幕に過ぎない。
因縁の対決とも言われたスリザリン対グリフィンドールのクィディッチの試合が、午後の昼下がりからホグワーツで執り行われていた。
シーカーのハリーとドラコが周りの雑踏を無視する様に、スニッチを追い掛けて其れを求めて空中で一騎打ちを行う。
珍しく両寮何れも無得点のまま時間だけが悪戯に流れ、選手にも疲労の色が見え隠れしているが其れを敢えて口に出すものはいない。
運動神経も然ることながら、同点の場合は体力勝負であると云われる程、選手達は後半に行くに従って身体に疲労が溜まる。
グリフィンドール寮からビーターとしてその役目を只管に守るのは、ハリーの同級生でもある・。
運動神経と言うよりも反射神経が物凄く機敏に働くは、ビーターよりもチェイサーの方があっていると言える。
それでも、本人が「チェイサーをやるならビーターをやりたい」と言った為に、この役職を維持し続けていた。
必死にスニッチを追うハリーの傍で、彼がブラッジャーにやられない様に如何なる手段を用いてでも守り抜かなければならぬ大役を負う。
今日も普段通りにその役目を果たしていたで有れど、何かが異なっていた。
溜まった疲労からか、箒を握り締めるその指が汗で僅かに滑った。
瞬間、から打ち返される筈のブラッジャーは進路変更をしないまま目掛けて一直線に飛んでくる。
「 、避けろ…!! 」
「 えっ…? 」
誰かの声が耳を掠めて、その方向を振り返った瞬間にブラッジャーが物凄い勢いで目掛けて迫っていた。
刹那、試合終了の笛の音がグランド一面に響き渡って同寮の歓声が聞こえる。
ハリーがスニッチを掴んだのだという事を悟ったはそのまま転げ落ちるように箒から身体を滑らせる。
バキンッと軽い音を立て一瞬で藻屑と化した箒はスローモーションの様に空に散った。
其の最後を見送る様に横目に走らせながら、は半回転して地面に着地する。
箒と地面との距離が然程無かった事が幸いしたのか、それは普段でも容易に飛び降りれる距離。
しかしが降り立った場所は、運悪く数分前にブラッジャーによって破壊されたスリザリンのチェイサーの箒の残骸が残ったままになっていた。
「 いったっ… 」
「 、大丈夫!? 待ってて、今僕がマダム ポンフリーの処に連れて行くから! 」
「 有難う、ハリー。でもそんなに大した怪我でも… 」
背から聞こえた、自分を心配するハリーの優しさを帯びた声に返事をしようとして振り返る。
その時にふと視界に入った自分の左足はキレイに箒の藻屑の中に突っ込んでいる状態で、心成しかズキズキ痛み血がうっすらと滲んでいる気がする。
それでも自分と同じ様に疲れ切っているハリーに迷惑は掛けられないと、有り難くも拒否の言葉を告げようとした矢先にもう一つ視界に物体が眼に入る。
太陽を逆背にして普段よりも眉間に皺を寄せ、逆光で土気色が更に色濃く現れ不機嫌オーラ全開で仁王立ちをしているセブルス・スネイプ教授。
余りの壮絶さにハリーへの返信も途中だったことをすっかり忘れてしまい、言葉を失くしてしまう。
ジロリと一瞥する様にを見たスネイプは、瓦礫の中から子犬を摘み上げるように抱えると一言も言葉を吐かないままグラウンドを後にする。
残されたのは、勝利に沸いていたグリフィンドール寮の歓声等初めから無かった様に唯静寂に包まれたグラウンドに残された面々。
「 絶対ハリーに悪いことした…。 」
「 我輩よりもポッターなぞに手当てされたいと?
毒を仕込んだ切屑が指に刺さったと言うに、もう少し遅かったら手遅れになっていた。
非礼を詫びたければ後で好きなだけすればいい。 」
「 …箒に毒を仕込むなんて反則ですよ。
厳正なクィディッチの試合に泥を塗る様な真似を…黙認したんですか? 」
「 我輩の知る範疇では無かった故、クィディッチの試合に泥を塗ると言うよりはこの我輩に、だな。
後で其れなりの処分を下す故、案ずる事は無い。
この美しい指先が毒で腐食して居様モノなら即座に黙殺だ。 」
薄暗い地下室のスネイプの自室に、二人だけの声が静かに聞こえていた。
マダム ポンフリーは本日休養で不在である事を知っていたスネイプは、抱えたをそのまま自室へと運び込んだ。
為るべく指先に衝撃を与えぬ様にゆっくりとソファーに座らせて、「絶対に動くな」と命じると其の足で毒消しを調合する。
スネイプが怒り心頭で見詰めていたのは、ハリーでも怪我をしたでもなく、その指先に痛々しく刺さる木屑。
一般人が見れば唯の木屑に過ぎない其れは、薬学に長けたスネイプからすれば裸同然で毒を仕込んで箒にしていた事が容易に見て取れた。
刹那、脳裏に過ったのは箒の所有者への罰し方とうろたえる事もせず立ち上がろうとするを抱いて自室で解毒作用を施す事。
冷え切った地下室へ続く廊下でその旨を告げるスネイプの口調は淡々としているモノの、その形相は凄まじいものが有ったと言える。
何せ己の監督する寮の生徒が、己が最も愛する少女の身体を傷つけ毒を盛ったと言うのだから。
「 …っっ…!! 」
「 もう少し我慢し給え。
薬が完全に染み込めば後は傷が完治するのを待てば良い。 」
言葉を吐いたスネイプが、腫れたの小指に柔らかく唇を落とした。
咄嗟のコトに慌てて身を引きかけるでは有るが、足首をしっかりとスネイプに捕まれ更には「動くな」と言われている為に其れも叶わない。
足の甲への口付けは忠誠の証。
傷口のある甲の部分を避けて労わる様に小指の爪にキスを落とすスネイプに、は何時か習った中世西洋史の一文を思い起こしていた。
そうして、それを今置かれている状況下に当て嵌めて考える。
ソファーに腰を落としたの足を、跪付いたスネイプの足の上に乗せて居る様は正に女王様と彼女に忠誠を誓う騎士。
普段は絶対的に上に居る立場のスネイプが、その自尊心を砕いたかの様に生徒であるに跪き足の指先に口付けを。
何処か背徳的な感情に埋もれながらも、自分が上流階級の貴族になった様な気分にさえなる。
知らず知らずの内に頬が朱に染まり、恥ずかしさから身を引き掛けもするけれどスネイプが其れを許さない。
「 安心し給え。この美しい指先に掠り傷一つ残さずに完治させてみせる。 」
意味深に、されど確信的に口角を歪めたスネイプはさらりと滑らせる様に細い指を撫ぜた。
傷が完全に癒える迄の数週間、はこうしてスネイプと普段の立場を逆転させた様な状況下に置かれながら治療を施される事と為る。
又、後日明らかになる事であるが…スリザリンの名チェイサーが一人、何かの理由でその役を降ろされた挙句に膨大な量の課題提出を命じられたらしい。
スリザリンチームはあの日の試合の後、スネイプ教授からの叱責を延々食らったとの噂が流れたが、クィディッチのチームメイトは誰一人としてその内容を公言した者は居なかったと言う。
□ あとがき □
唯、スネイプ教授を跪かせて口付けをさせたかった…それだけです(笑)
絶対に跪いたりしない様な自尊心の塊の様な教授を敢えてこうさせてみたかったんです。
それにしても…箒に毒を盛るって意外と難しい気がしてなりません(汗)
チェイサー的にはハリーを狙ってのことでしょうが…墓穴を掘りましたね、チェイサーさん(苦笑)
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