白鷺






「 早く来て、パパ! 湖に花嫁さんが居るの! 」





芽吹いたばかりの新緑の大地に覆われた閑静な静養地に、スネイプが妻であると娘を連れて来たのは一昨日のこと。
久方振りに纏まった休みの取れたスネイプは、魔法薬学の講義を全員のレポート提出にて休講と云う形で補い、ダンブルドアに一週間の休暇届を申請した。
滅多に休暇届など出したことの無いスネイプからの申請にダンブルドアは一瞬愕いた様に瞳を大きくしたが、理由欄を見て納得したように微笑んで其れを受理し た。
と結婚し、娘であるが生まれてからもホグワーツでの寮暮らしは変わることは無く、スネイプがに逢えるのは長期休暇位である。
初めの内こそ、が小さいのだからと何かしらの理由をつけて休日には必ず家に帰っていたスネイプも、連日の学会発表やレポートの採点に終われ自分の時間 を作ることも侭為らない。
に申し訳ないと思いながらも、仕事を優先すれば怒りの矛先はからではなく娘であるからスネイプに向けられていた。
今年で5歳になるスネイプの娘は、容姿頭脳共にに相似しているものの、肝心の性格はスリザリンの血を引くスネイプを生き写したように捻くれ方が酷似し ている。
己が己を苦手とするスネイプにしてみれば、娘の性格が己と同じと云う状況下は賜ったものではない。
不貞腐れたように他方を見、に似た桜色の唇をきゅっと噤んで頬を膨らませて怒る様は非常に可愛らしいのだが、怒ると機嫌回復させる事に困難を極めるの はスネイプ家随一。
・スネイプ双方が一旦機嫌を損ねると回復させるのに困難を極めると云うに、双方の血が混ざり合っているは子供ながらに機嫌を損ねると手を付けられ なくなる。
理不尽な事で機嫌を損なわれればスネイプもも注意はするのだが、今回は明らかにスネイプ側に非がある為に、もスネイプもお互い顔を見合わせては苦 笑いをするしか対処法が無い。




事の発端は一ヶ月前に遡る。
前回帰省した際にと約束した日に避けられぬ学会が入ってしまった為、学会に欠席する事が赦されぬ時点で結果的にとの約束を破ってしまっていた。
今回は其の穴埋めとして、を連れて魔法界ではなくマグル界の郊外に在る避暑地に旅行に来たと云う次第である。





、走ると転ぶから此方に来なさい。 」





スネイプの服を掴んで我先に誘導せんと小さな足で駆け出したを、慌ててスネイプが後ろから抱き上げた。
4歳になっているとは言っても、不慣れな土地で好奇心旺盛なは何かを見つける度に足元を確認せずに鉄砲玉の様に飛び出してゆく。
嘗てのがそうであったように、平衡感覚に少々欠けるは覚束無い足取りで転ぶ事が実に多く、今まで何度怪我をしそうに為ったか数え切れ無い程。
普段は杖がある為に多少自由に行動させているのだが、今はマグル界に居る為に其れも侭為らない。
何か有ってからでは遅いと、スネイプは先陣切って駆け出したの小さな身体を掬い上げるように腕で拾い上げ、の足が向いていた方に歩き出した。
久方振りに抱き上げられた事に上機嫌になったは、先程よりも一層楽しそうな声をあげてスネイプの首に両の手を回す。





「 あのね、最初にパパに見せるかママに見せるか凄く迷ったの。 」

より、我輩に先に見せてくれるのかね? 」

「 うん。だってね、本当に花嫁さんなんだもん。 」





早く早く、とスネイプの服を引っ張りながら急き立てるを見ていると、嘗てのの様だと苦笑いを殺しながらスネイプは速度を速めた。
子供の朝は極端に早い。
今日もは太陽が昇り初めた頃合に覚醒し、一人ベットを抜け出してスネイプとの寝室に遣ってきた。
目的は勿論、二度寝をする為ではない。
帰省中は決まってよりも早く起き、ベット上で独り古書を読むスネイプに構って貰う為である。
休日位しかの相手をして遣れないと云う事や、偶の休日位に充分な睡眠を取らせて遣りたいと考えたスネイプは、笑顔で部屋に入ってきたと連れ 立って室内を後にした。
外は新緑の季節と有ってか、朝方でも気温が若干高く、上着を羽織らずとも充分に過ごせる程度に土壌が暖められていた。
其れでも、に風邪を引かせては為らないと、小さな身体を柔らかく引き寄せる。
擽ったそうに身を捩るも、嬉しそうに表情を零す様は本当に母親であるに似ていた。
大きな薄淡紫の瞳で無邪気に笑う様は、何度見てもホグワーツ在籍中のの面影をスネイプに思わせて。
将来…と同じ様に成長を遂げれば酷く可愛らしい少女に為るであろうが、其れは其れで父親として心中複雑な気持ちだとスネイプは未だ先長いの 未来を案ずる。
我ながら馬鹿馬鹿しいと思いつつも、ホグワーツに入学してくるであろうが出来る事ならばとは異なるスリザリンに入学して欲しいと切に願って。





「 パパほら見て、あそこだよ! 」





水辺に到着して直ぐ、は湖畔の奥に翳りに為っている岩場を真直ぐに指差してスネイプを見上げた。
嬉しそうなの笑顔につられて苦い笑いを零したスネイプが、朝もやの中の湖を直視する。
大分早い時間だからか周囲に人の姿や話し声が見られず、聞こえるのは風に戦ぐ木々のざわめきや細く囀る鳥の声のみ。
ホグワーツの中とは暗転したかのような静けさが心地よいと感じた瞬間、普段なら力いっぱいはしゃぐ筈のが心成しか声を押さえ気味で喋っている事に気が 付いた。
一体如何したのだろうかと思った瞬間、其の意図を理解し、スネイプも幾分小さな声でに話し掛けた。





が言っていた花嫁とは、此れの事かね? 」

「 うん。真っ白で花嫁さんみたいでしょ? 」





が満面の笑みで指差した方向には、静かに水面下に足を伸ばした一羽の鷺が居た。
柔らかな太陽の光を全身に浴び、淡蒼の水が乱反射する輝きを其の身体中で更に冗長させるように白が際立った鷺は、稀に見られる純白の鷺だった。
一見空に浮かぶ雲と折り重なってしまえば姿を見失ってしまう程に穢れ無き白を纏った鷺は、確かにの云う通りに純白の布を身に纏った花嫁のような井出 達。
付け加えるならば、鷺の直ぐ真上に聳える大木が散らした紅い華が水面下をゆっくりと漂い、花束の上に佇む花嫁を髣髴とさせている。
マグルの世界に住まう鷺は決して珍しくは無いけれども、ここまで純白の鷺は珍種に近いだろう。
事実、スネイプですら此処まで見事な鷺は今まで目にした験しが無い。
今この瞬間にしか眼にすることの出来ない希少さに悔やみつつも、如何しても形として残せるものを取りにペンションに戻る気には為れなかった。
一瞬でも眼を放した隙に幻影の様に鷺が舞い上がってしまう事を恐れつつも、感嘆の瞳で鷺を見つめるを此処に独り残せば、感情に流されるまま湖の中に入 りかねない。
スネイプが負うには重過ぎる重圧が、疼くスネイプの両の足を其処に硬く留まらせて居た。





「 あっ…! 鳥さん、居なくなっちゃった…。 」





水辺に辿り着いて数分しか経たない頃合。
過敏な感覚神経が流石に人の気配に気づいたのか、純白を纏った鷺は一声高く鳴いて両の翼を大きく広げた。
ひらりひらりと舞い降りる羽だけを残し、一瞬にして空に舞い上がった鷺は、羽に纏わりついた水滴を太陽の光に反射させて光を纏って優美に空を飛翔ける。
細くしなやかな身体で大きな翼を自在に操って蒼い空に溶け込む鷺は、滑らかに翼を動かして空を散歩する様にゆっくりと遠退いて行った。
飛び立った鷺が作り上げた水面走る螺旋に鷺が落とした水滴が交じり合い、更に鷺の白い羽が太陽の光を拡散させて光の波状を作り上げ。
夢現のような其の光景に瞳を奪われたスネイプとは、お互い何も言葉を発しない侭、何処かへと帰ってゆく鷺を視線で追う。





「 鳥さん、ウェディングドレスを着たママみたいに綺麗だったね。 」

「 あぁ、そうだな。 」





消え入った鷺を想いながら愛妻を想えば、が耳元でそう告げてきた。
確かに、言われてみれば純白のウェディングドレスを身に纏った人の姿は穢れ無き粉雪のような鷺に近しいと言える。
事実、スネイプとの婚姻の際、はレースをあしらった純白のドレスに身を包んだ。
実際問題、鳥である鷺ととを見比べること自体間違っているのかもしれない。
しかし、のウェディング姿を見た際も今日鷺を見た瞬間も言葉を失殺する程美麗であった事に間違いは無い。
何時かはあの日のの様に、も誰かの元へ遣らねば為らんのかと思えば、必然的にを抱きしめるスネイプの腕に力が篭った。





「 ママ、あのね、真っ白い鳥が居たの! すっごい綺麗な鳥さんだったよ! 」

「 あら良かったわね。ママも一緒に見たかったわ。 」

「 本当に本当に綺麗だったんだよ! ね、パパ。 」





何時の間にの姿を見つけたのか、腕の中からすり抜けるように降りて行ったは淡いショールを抱いたに抱き付いた。
ねぇねぇ、と服の裾を引っ張りながら先程の光景を一生懸命に話すの話を聞きながら、は残念そうに澄み渡った空を見上げる。
空は一点の淀みも無く晴れ渡り、若干の千切れ雲が風に軽く棚引いてるだけ。
がしきりに話す【白い綺麗な鳥】は何処にも見当たらない。





「 純白の鷺が居たのだよ。 滅多に拝めぬ希少価値の高い品種だ。
 此処が魔法界でないのが悔やまれる。 映像として収める事が出きれば、次の学会において… 」

「 セブルス、の前で仕事の話は駄目よ。 約束したじゃない? 」

「 あぁそうであったな。 悪かったな、… 」





詫びの言葉と共に、スネイプがに語り掛けようとすれば、やはり未だ朝が早かったのかに捕まりながら小さく船を漕いでいた。
先まではあれ程元気にはしゃぎ回っていたと云うに。
苦笑しながらを抱き上げようとしたの腕を制し、頬に口付けを落とすと、スネイプはガクンと崩れ落ちそうな小さな身体を抱き上げる。
スネイプが器用にを片腕で支え、残りの手にが指を絡めた。
柔らかく照らし出す太陽の陽射しを背に受けながら、ゆっくりと三人はペンションへの道を歩く。





中途半端に伸びる二つの影の遥か後ろで、親子を見守る様に純白の鷺が大きく翼を羽ばたかせた。
純白に彩られた鷺が落とした数枚の羽は、花嫁を祝福する花弁の様に緩やかな弧を描きながら蒼白の空に舞っていた。









□ あとがき □

白い鷺を見て花嫁のようだと思ったのは、紛れ無い昔の稀城です。
田んぼに良く鷺が来るのですが、本当に真っ白な鷺を見たのは数回しかない記憶が…(苦笑)
鷺って全国各地に居るのですかね?ちょっと調査不足ですが、気に為ります…(笑)


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