通勤電車






空は何処までも果てしなく続く地平線の様に唯真っ直ぐに蒼を敷いて其処に在った。
手を伸ばせば簡単に届いてしまいそうな程に透き通った雲を眺め、背を柔らかく照らす陽だまりに身を温められながら立ち尽くせば、両手に感じる重み等大した 負担にも為らない。
マグルの世界時間に合わせて時を刻む時計の秒針でさえ鬱陶しく感じてしまうほどの静寂。
耳を澄ませば、遥か遠くから此方へとゆっくり進んでくるホグワーツ特急の汽笛が耳を付きそうな気さえ起きてくる。
何も無い、広大な平原の中に凄然と立つホームに身を置いて、は独り静かにホグワーツ特急を待ち侘びていた。





「 何故フルーパウダーで帰らんのかね、ミス 。 」





混沌とした地底から湧き出た様な低い声が鼓膜を掠め、声の主が誰かを確認した時既に彼はの隣に居た。
其ればかりか、さも当たり前の様にの腕から重量のあるトランクを取り上げると代わりに片手に携え、己の手にしていた簡素な籠を手渡す。
真っ白い布巾で蓋をするように包まれている籠からは、焼けたばかりの甘いパンの香りが芳ばしくも甘やかに鼻を擽る。
そっと指先を忍ばせて、味見をしようとするに冷たい一瞥をが飛び、暗黙の内にパンは永いホグワーツ特急の車内で食べる様にとの意図が伺える。
鼻先を擽る誘惑に耐えながら、はもう一度空を仰ぎ見る。
何処までも透き通ったこの空の下、確実にホグワーツ特急が此方へ向かってきていた。





「 私、昔から電車に馴染みが無いんです。
 郷里は凄い田舎で、其れこそ二時間に一本の割合でしか電車が動いてないんですから。 」

「 其れならば、郷里に帰ってから好きなだけ電車に乗れば良かろう? 」

「 判ってないですね、スネイプ教授は。 」





言葉と共に、スネイプの眉間に二三本の皺が刻まれる。
怪訝そうな瞳で睨み返されるのは日常茶飯事の事、今に始まった事ではない。
理由が他に有るならさっさと喋れと言わんばかりの目付きでの瞳を見据えるスネイプに、苦笑を押し殺しつつ、は言葉を続けた。




「 車両の数が重要なんですよ。
 私の郷里を走る車両は多くて三両…間違っても、ホグワーツ特急の様に何両も連なって走ることは有り得ませんから。 」

「 車両の数等如何でも良かろう? 電車に乗りさえすれば良いのではないのかね。 」

「 ダメですよ。
 緩いカーブに差し掛かったときに、遥か遠くに最後尾が見えるのって中々体験できないんですから。 」





だから何時も最前尾の席に座るのかね。

漸く的を得た解答を見出したスネイプが問えば、返答は微笑みに変わって戻ってきた。
麗かな五月の風が、ゆっくりとの夜色の髪を掬い上げては其の身体に返し、柔らかい其の髪は時折スネイプの頬を擽る。
スネイプとを覗けば、此処には平原と空が在るだけ。
敢えてホグワーツに到着する前のホグワーツ特急にが乗りたかった理由は、この景色を独り占めする為と、一番前の席を死守する為。
元々、最前尾よりも最後尾を好む人間が多いホグワーツに於いて、最前尾を取る事は難困な事ではない。
其れでも、態々時間を掛けてホグワーツよりも大分遠いこの箇所まで来て、誰より先にホグワーツ特急に乗り込むのはがホグワーツに入学してから習慣付い てしまったこと。
そして其れに、何時の頃からかスネイプが付き合うように為った。





「 三両の電車等、見た事も無い。 」

「 多くて三両ですからね。 一両で走る事も有りますよ? 凄い田舎だから仕方ないんです。
 あ、でも、スネイプ教授が好きそうな野草はそこ等中に生えてますよ。 」

「 最近はマグルの世界にしか生息せん珍種の野草が多数発見されている。
 の郷里にも何か有るやもしれんな。 」

「 でしたら一緒に来て下さい。 私ご案内しますよ? 」

「 …方向音痴のお前と行動を共にして、更に道に迷ったら如何するのかね。 」

「 そうなったら魔法で何とかすれば良いじゃないですか! 」

「 …マグルの世界では魔法は使っては為らぬと何度言えばお前は理解するのだ…。 」





果てしなく続きそうなとスネイプの攻防戦の向こう側で、ホグワーツ特急が真っ白い煙を上げて汽笛を鳴らしながらゆっくりと近付いてきた。
真綿の様な白い煙は、成層圏に漂う雲と交じり合う様に吸い込まれては空に溶けて、波状の淡い色彩だけを空に残して朧気な情景を作り上げる。
ホグワーツ特急が走り寄る其の軌跡の様に水平上に延びる其の線は、ゆっくりとけれど確実にとスネイプの元へと続いていた。





「 じゃあ私、地図書いて案内します! それなら道に迷っても平気ですよね? 」

「 …我輩は一度歩いた道は忘れぬ故、お前に頼る事も無い。 」

「 じゃあ行きだけ案内しろってことですか? 」

「 お前は我輩の手伝いでもしてい給え。 独りで帰らせてみろ、途中で確実に方向を失うであろうが。 」





徐々に近付く白い軌跡。
白い軌跡とホームの距離がゆっくりと、けれど確実に縮まって行く様に、とスネイプの距離も徐々に縮まってゆく。
不毛な言い争いはあれど、其れでもはスネイプに微笑いながら話をし、スネイプは怪訝そうな表情を崩さない侭であれど返答を返す。


ホグワーツ特急が到着するまで、後、僅か。
何処までも続く真っ白い軌跡は、二人を乗せて静かに閑静な郷里へと近付いてゆく。









□ あとがき □

電車、三両が最高なのはウチの地元です(笑)。
なので、今都会にいる稀城は15両とか云う電車が信じられなくて信じられなくて毎日吃驚していますが…やはり慣れるものですね。
此れが普通になってしまったら、田舎に帰ったときにかなりキツイです…(笑)


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