菜の花
黄色の雨が降る。
殺伐とした空気が淀んだ水溜りの様に空を漂う其の最中…嗚呼、どうか。
豪雨が黄色い花に触れ、竜巻の様な強風が其の細い身を薙ぎ倒す様に吹き付ける中、空に黄色の雨が降る。
其の雨が、誰の肩にも優しく降ります様に。
はらはらと優美に舞う華の様に、ゆっくり柔らかく、包み込む様に。
後悔も慟哭も総てを受け入れ、母がそうしてくれた様に絶対条件の安心を齎す様に。
「 泣きたいなら、泣けばいいのに。 」
聞こえる筈の無い声が、そっと鼓膜を掠めた。
消え去った温もりを求めて、何度も何度も空を抱き締めては空に君を乞うた。
どうかもう一度だけ、其の温もりを身体で感じて、其の温度を心に刻み込んで。
君があの日言った、最初で最後の其の言葉が、今でも僕を締め付ける。
泣きたいのに泣けなくて、全てを棄ててしまえば楽だと判っていながら出来なくて、挙句君を傷つけたと云うに。
其れでも君は唯ただ笑って、そして痛嘆にくれる僕よりも酷く嘆いた心を押し隠して言った。
其の声に、救われた。
「 …君の上にも、黄色の雨が降ってるのかな。 」
末広がった様に見えるのは、一面の菜の花が敷き詰められた絨毯の様な草原。
何処までも果てしなく続く水平線の袂まで、何処までも何処までも黄色の帯が連なって、淡い太陽の陽射しを乱反射させながら風に揺れていた。
突然前触れ無く吹き荒んできた偏西風に乗った雨が、黄色の花に降り注いでは、儚い命を根こそぎ奪っていった。
風に煽られながら、雨に打たれながら、腐り切ってしまうほどに根に水分を吸収しながら。
其れでも菜の花は唯ただ、静かに其処に居て、自然の流れに逆らう事無く身を委ねて黄色の雨を降らせた。
寒さからではない、確実に震える掌を誰かの瞳から隠す様に堅く握り締めた。
ザアザアと下衆な音を立てて直下に降り注ぐ雨は僕の髪を濡らし、身体に痛いばかりに殴り掛ってきて、まるで叩き付ける様に舞い上げた菜の花を降らせた。
此の侭此処に居ても、は戻っては来ない。
そんな当たり前の事を思いながら、其れでも尚現実を受け入れない様に震え続ける掌を握り締め、僕は空を仰ぎ見る。
「 僕は君を忘れない。 だから君も…僕を憎むことで忘れないで居て欲しい。 」
最後に抱き締めた身体は酷く冷たくて、酷く温かかった。
如何し様も無い位に焦がれた想いの果てに待つのは、冷たく固まった身体と、もう二度とは名を紡いでくれぬ桜色の唇。
君を失ってもう、どれ位になるだろうか。
雨が降る度に想い出した様に、惹かれる様に此処に来る。
最後に君を失った場所だからこそ、雨に打たれるなら此処が良いと…君を殺めた僕が。
訪ねる資格など持ち合わせて居なくて、此処に来てはいけない筈なのに。
其れを判っているから、だから僕は限り無く無表情に近い笑顔の仮面を嵌めて、唇を歪ませる。
君が見ることの出来なかった、Voldmortではなく、Riddleの僕を、君に。
あの頃の僕は、暗く澱んだモノを吐き出せば全てが綺麗なモノに変わると本気で思っていた。
この穢れた世界で唯独り…唯一無二、僕の心の声を受け止める事が出来た君は、もうこの世界に居ない。
淀灰色の空の下、一点の汚れなく真っ白な心で微笑む事の出来た君は、もう居ない。
僕が唯一心を許し、恋慕を憶えた君は…、遠くへ逝ってしまった。
「 君の上にも、黄色の雨が降るといいね。 そうしたら…また僕等は同じ空間に居られる。 」
此の綺麗で残酷な世界の中で、僕に愛しさと優しさだけを残して、君は逝ってしまった。
守り抜いて生きたいと、本気で思った筈なのに…毀してしまう事を恐れて自分で壊してしまった。
後悔しても時既に遅い。
温もりの感じられなくなった君を抱き締め、初めて後悔という言葉を知った其の瞬間に、どれ位ぶりだろうか。
紅蓮の瞳が透明な何かで覆い尽くされた。
気だるい雨が深々と降り注ぐ其の最中、舞い上げられた菜の花が見せた黄色い雨を見詰ながら。
泣きたいならば泣けば良いと笑って言った、君は…逝ってしまった。
今年も此処に、黄色い雨は変わらずに降ると云うに、菜の花を見詰て微笑む君だけがこの景色に足りない。
「 …誰の肩にも優しい雨が降れば良いだなんて…君は本当に… 」
リドル。
誰の肩にも優しい雨が降ると良いね。
幸せの黄色い雨が、誰の肩にも降れば良いのに。
そしたらリドルも私も、みんなみんな幸せに為れるのに。
黄色い雨が降る。
願わくば、一番最初に君の上…幸せの黄色い雨が降りますように。
□ あとがき □
菜の花…黄色…という事で、何故か雨に結びついてしまった訳ですが(笑)。
菜の花の平原に暴風が舞い込むと本当に黄色い雨が降ります…というか、ぶっちゃけ菜の花じゃなくても降りますが(笑)
黄色は幸せを齎してくれる色なんですよね。
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