電光掲示板






「 …ルシウスなんて、ダイッキライ。 」





執務室に籠ったっきり、莫大な量の羊皮紙と睨めっこを延々続けているルシウスに痺れを切らせたが、夕闇に包まれた庭を見ながら小さく呟いた。
別段、相手をして貰えないから悪態を付いた訳ではなく、反して言えばそんな小さな事でが堪忍袋をすっぱりと切り落としてしまった訳でもない。
背を預けた小さな彫刻の施した椅子の上に、革張りの小さな手帳が落ちていた。
其れは少し前までルシウスが愛用していたもので、仕事からプライベートに至るまで、様々なことが直筆で記されていた。
日を増す毎に大きく膨れ上がる其の手帳は、次第に羊皮紙の重みに耐え切れなくなって、銀細工の施しをされた金具が弾け飛んで居た。





「 別に嫌ってくれても一向に構わないが? 」





面倒そうに視線も上げずにルシウスは冷たい一言を放つ。
と、同時に机の脇に置かれた銀色のパネルが発光して瞬時に文字を刻み始めた。
ちらりと視線を送ってみれば、小さなパルスが一瞬にして右から左に流れる様に移動して、アルファベットに置き換わり其れが英単語に変化する。
1mmに満たない極薄いパネル一枚で形成された其の板は、客観視すれば唯の板切れに過ぎ無いが、実際は草臥れた手帳の代替品である。





「 …私、此れ貰ってもいい? 」





忘れ去られた様に、視界に認めれば破棄されることが眼に見えている手帳を掌で大切そうに包み込んだが、先の会話を一転させる様な口調で問うた。
長年愛用した其の手帳。
購入した時はマグル製品だと判っていながら、其の完成度の高さに一目で興味を惹かれた。
マグルの者でも上流階級以上の人間が使用するに相応しいほどの値段が付き、至る所に鏤められた高級装飾具が見るからに持ち主の気品と地位の高さを想像させ る。
白金で造られたリングが弾け飛び、所々の皮が擦り切れている其れを大切そうに指でなぞるを見て、ルシウスはふと思い出した。





「 其れを買った日…確か、お前に出逢った日だったな。 」

「 憶えていてくれたんですね。 棄てる様に置いて有るから、もう覚えても居ないと思いました。 」





マグルを絶対嫌悪するルシウスが、最初で最後手に入れたマグルの調度品がこの手帳だった。
何人という秘書を抱えるルシウスが、敢えて予定を書き連ねるだけの手帳を持つ必要は無かった。
己で予定を書きとめずとも、常に居る誰かが瞬時に其の予定を魔法の施されたパルス信号に変換してB5程度の紙に反映する。
電光掲示板の様に後ろ側から発光する其の紙は、一種の手帳の様な役割を果たすと同時に、収納も記述も管理も可能な魔法界式の電光掲示板である。
けれど、に出逢った其の日以来、ルシウスは其れを一切使用しなくなり、代わってとの予定は全て自らが羽ペンを用いて手帳に記す様になった。
との係わり合いが増えれば増えるほど羊皮紙の量は増加を辿り、一枚が十枚に、其れが数え切れなくなるほど膨れ上がってリングが弾け飛ぶ一歩手前で…ル シウスはを妻に迎え入れた。





「 忘れた事など一度も無い。 そして、これは私のものだ。 」





ギシリと椅子が軋んで、ルシウスが優美な立ち振る舞いでの眼前に歩き出る。
上から見下ろす様に酷薄な薄蒼の瞳を真っ直ぐにに向けて、一気に掠め取る様に掌から手帳を取り上げた。
あっ…と小さく聞えたの声も最早ルシウスの鼓膜を振わせるだけの音にしか過ぎず、行動を抑制させる効果は一切持ち合わせて居なかった。
案の定、が手帳を取り返そうと指先を伸ばしたところで、其れは空しく空を抉るだけのものに代わって静かにゆっくりと力なく指先が戻る。
手帳を取り上げたルシウスは、其の侭何事も無かったかの様に椅子に腰を落すと仕事を再開した。





「 …もう使わないなら、くれてもいいのに。 ルシウスのケチ。 」





取り上げられた手帳に未だ未練が有るのか、は冒頭の様に溜息混じりに小さく呟くと、今度は夕陽を背に向けて仕事をこなすルシウスに悪態を付く。
丈の高い椅子に座る背丈の低いは、量の足が地面に密着せずに僅かに浮いている。
其の両足を前後に揺らしながら、眠たそうな薄紫の瞳でルシウスを見返せば、一瞬ルシウスの動きが止まる。
先と同じ様にとルシウスの視線がぶつかって、次の瞬間、ルシウスの手の中から革張りの手帳が放られた。
ゆっくりとした半円を描いて、軌跡をなぞる様な正確さで、其れは再びの手中に戻ってきた。





「 …くれるの? 」

「 貸すだけだ。 必要に為ったら返してもらう。 」





返して貰った所で、現時点で電光掲示板の発光パルスを手帳の代わりとしているルシウスには何の意味も成さないだろうに。
況して、羊皮紙を束ねている銀のリングは半数以上が弾け飛び、見た目的にも悪い。
其れを敢えてルシウスが使い続ける訳も無く、其れは間違いなくの持ち物になった事を現した。
僅かに残っているリングを壊してしまわない様に、壊れ物に触れる仕草では指先だけで羊皮紙を捲る。
ページを捲るたびに飛び込んでくる懐かしいルシウスの達筆な文字。
彼の其の字でなぞられた過去の日付と予定を見れば、嘗ての懐かしい想い出がの心を満たしていた。
物語でも読む様な速度で一枚一枚丁寧に捲り、最後の一枚を捲って手帳を閉じようとした刹那、走り書きの様な文字を見つけた。
日付は婚姻を交わした其の日、ルシウスがに告げた言葉其のモノが其処に記されていた。





「 …此れは読んでも良かったの? 」

「 お前の関知せぬ事など何一つとして書いては無い。 手帳等無くとも、私は其の言葉を忘れぬからな。 」





気だるくなる様な詰らぬ永い道でも、お前とならば楽しめそうだ。




あの日の言葉は、の心とルシウスの手帳に刻まれている。









□ あとがき □

電光掲示板…で、思いついたのが魔法界で使用される手帳の代わりという…(笑)
ルシウスぐらいの人物になれば、絶対に手帳とか予定でいっぱいでぶちきれてそうです(苦笑)
魔法界の様な手帳が有ると本当に便利でしょうねぇ…私は全くそんな事はありえませんが。



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