綺麗な色同士は決して混ぜ合わせてはいけない。
もし仮に、混ぜ合わせてしまえばその色の行き付く先は黒に近しい色。
黒は白を拒絶して、全てのモノを覆いつくすだけの光を失った色。
何かを隠すために黒を使用する手法は決してマイナーではない。
綺麗な色同士を混ぜ合わせれば、それは徐々に黒に染まってゆく。
黒は唯、綺麗な光を失おうとして待っている色。




…本当に、黒は全てを覆い隠すと言うのだろうか。







パステルエナメル






唯タダ、様々に着色されただけの顔料。
名のついた馴染みのものから、元来は存在しなかった新しい名前の色のついたモノまで、その種類は最早増加の一途を辿るのみ。
原色を拠り合せただけのその顔料は時に、人々を感嘆させる。
白雪のようなキャンバスに描かれる色彩豊かな絵画が最も代表的な例と言え、唯白いだけのキャンバスに絵の具を落とす瞬間、画家は息を殺すと言う。
その様が誠で有るかの様に、無造作に置かれた真っ白なキャンバスに色を落とすその一瞬、少女は酷く真面目な表情を見せる。
授業では一切見せた事の無い愕く程に真面目なその表情を垣間見た瞬間、我輩の脳裏に描かれていた少女のイメージが一掃された。











「 今日もキャンバスに向かっているのかね。 」




「 はい。もう少しで完成しそうなんです。 」











伏せられた睫の奥底から黒曜石の様な大きな瞳が真っ直ぐに此方を見た。
キャンバスに向かうその毅然とした表情とはまるで正反対の様なあどけない表情が視界に映り込む。
少女の年齢から考察すれば、キャンバスに向かっている時よりも今現在の方がシックリ来る。
けれども、我輩の認めた少女のその毅然とした表情には年齢等と言うカテゴリを超越した美しさを兼ね備えていた。
嬉しそうに微笑む少女が我輩の言葉にキャンバスから瞳を逸らすのも一瞬、すぐさま細い指に掛け置いた筆を握り直してはトレーに顔料を乗せる。
その仕草を横目で見ながら、我輩は何時も決まって少女の斜め少し後ろに立つ。
夕暮れ時の室内に差し込む逆光を受けぬこの場所は、少女の指先から紡がれる美麗な絵画を見るには絶好の場所。
ゆらりと其の場所に立てば、視界に映ったキャンバスに顔を顰める事と相成る。











「 …完成間近なのでは無かったのかね? 」




「 そうですが…? 」




「 …我輩には真っ白いキャンバスが唯置かれているようにしか見えぬのだが… 」











その言葉に少女は柔らかく笑んだ。
何もかも全て思いついた通りだと言わんばかりのその微笑に我輩は舌打ちをしそうになるも、決して不快な気分ではない。
少女は指先に挟み込んだ細い筆を静かにテーブルの上に置くと、脇に置かれていた小さなバケツを手にした。
中には透き通るような水が半分程度入っており、それを確認した少女はテーブルの上から大きな小瓶を取り出した。
テーブルの上に散らかる様に置かれているのは油性の顔料であったが、少女が手にした小瓶は中身が黒い透明水彩。
何に使うのかと眉に皺を寄せながらその仕草を見て居れば、少女はその小瓶の中身をバケツに注ぎ込んで攪拌する様に勢い良く掻き回す。
程好く双方が混ざり合って行くのを見詰める少女に、我輩はふと思い出した言葉を投げた。











「 黒は…全てのものを覆い隠すと言う。キャンバスを黒に染め上げる気かね? 」




「 珍しい事を知っているんですね、教授。
 でも、黒は全てを覆い隠すわけじゃありませんよ。 」




「 為らば、其れは過去の偉人達が吐いて来た戯言に過ぎぬと? 」




「 では、教授が黒い服ばかりを身に着けるのは何かから己を隠す為だと言うのですか?
 それとも、知られてはならない何かが在るから敢えて黒い服を選ぶのですか? 」











屈託の無いその笑みに、ズキリと心の奥底を逆撫でされているかの如き錯覚を覚えた。
刹那に脳裏に浮かんだのは腕に残るデス・イーターの楔。
少女が決して知る事の無い我輩の過去に土足で踏み入れられた気がして、刻まれた皺に更なるモノが加わる。
マトモに返す言葉すら見付からないままの我輩とは対照的に、然して先程の会話内容に意味等持たせなかったのであろう少女はもう一度笑んだ。
見れば二つの液体は綺麗に混ざり合って漆黒の液体へと姿を変えていた。











「 スネイプ教授、申し訳有りませんがこの部屋の床に耐水魔法を施しては頂けませんか? 」




「 耐水魔法…?構わぬが一体何をしようと言うのかね? 」




「 それは見てのお楽しみです。 」











柔らかく笑んだ少女に感化されるように、我輩は懐から杖を取り出すと室内の床に耐水魔法を施す。
ゆらりと空間が歪んだ様に変化し、一瞬でこの空間は魔法で遮られた異空間と化す。
施し終ったとばかりに杖を懐に仕舞い込めば、その瞬間に少女はあの表情を見せた。
我輩の心を奪ったキャンバスだけを映し出すその毅然とした高貴なる表情。











「 全てを覆い尽くすだけの黒が生み出す魔法…ご覧に入れて見せますよ、教授 」











笑んだ少女が、手にしたバケツを振り上げる。
一迷する事も無くその手中の漆黒の液体を白雪のキャンバスにぶちまけた。
はっと息を呑む隙さえ与えないその機敏すぎる行動を逃さぬ様に瞳で追った我輩は、空いた口が塞がらなぬ様な笑えない状況。
真っ白なキャンバスに何故に態々黒を投げつけるのかと示唆すれば、答は己が身に漆黒を染み込ませて行くキャンバスに有った。
見上げれば、其処には黒を背景に白に近い線だけで描かれた画が浮かび上がる。
心の奥底に眠った侭の様な風景画が一面に広がり、それは白と黒だけを使用して描かれている。
キャンバスは白ばかりで、其処に色の付いた顔料を落として画が描かれていくのだと信じ込んでいた己が…酷く滑稽で小さな人間に思えた。











「 黒いキャンバスに白い線か…確かに魔法だな 」




「 詳しく言うと…これは白じゃなくてパステルエナメルなんです。
 キャンバスもパステルエナメルの色素に近い物を選びました。
 …見方が変りましたか? 」











笑んだ少女は普段通りの表情に戻った。
少女が描いていたのはこの部屋の窓から見える有り触れた景色。
けれどその風景画は普段我輩が見慣れている様な物とはまた一味違った雰囲気で心を震わせた。
あの日と同じ。
少女に対する見方が変ったあの日と同じ魔法に、自ら片足を突っ込んで望む様に堕ちて行く様。











「 未だ名を聞いて居なかったな。名は何と言う? 」




「 …です。
 グリフィンドール寮三年、です 」











少女の表情に一瞬だけ陰りが走った。
授業で何度と無く顔を付き合せていると言うに、我輩が自分の事を知らないと思ってでも居たのだろうか。
”グリフィンドール”という単語が酷く弱々しく耳に付く。
我輩が少女の名を紡がなかったのは別段少女の事を知らなかった訳でも何でもない。
お互い名を告げて、少女が我輩を恐れる様であれば…我輩に少女の名を止める必要など無いとそう思っていた。
つい、先程までは。











「 …1つ、頼み事をしても構わないかね。ミス




「 何でしょうか、スネイプ教授。 」



「 得意とするのは風景画だけかね?
 我輩はこの部屋でを見て以来風景画しか見た事が無いのでな 」



「 いえ…基本的に何でも描きますが? 」



「 portraitを頼んでも構わないかね?
 …お前になら…キャンバスに描かれても異存は無い。 」











その言葉に愕いた様に瞳を見開いたはすぐ様に微笑んで”喜んで”とそう告げた。
漆黒のキャンバスにパステルエナメルで描かれた風景画の様に、我輩もに見詰められてみたいと思ったのは浅はかであっただろうか。
それでも…、もう少し少女と過ごす時間が長くなれば良いと思ったのもまた事実。
と我輩二人だけの放課後は、もう暫く続く事と為る。











□ あとがき □

名前変換少なくても萌える事が出来るか…!?という自分への挑戦ではないのですが、名前変換少なくて申し訳無いです(汗)。
知り合い以上恋人未満という微妙な関係を書きたかったのでこうなってしまいました(苦笑)
これから恋愛に発展していくんでしょう…。
こう言う微糖が最近妙に好きな稀城です(笑)




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