はさみ






「 スネイプ教授、今日は強行手段を取らせて頂きます…! 」





バタンと乱雑に開かれた魔法薬学研究室の扉から忙しなく現れた独りの少女は、決意を固めたような意を薄紫の瞳に宿して開口一発目にそう言った。
毎度毎度凝りもせずに良くもまぁ遣って来るものだと、スネイプは重ね置いた大鍋の隙間から立ち上がった。
講義終了後、魔法薬学研究室は予想外の失敗が立て続けに生徒間で巻き起こり、堪忍袋の尾をブツリと切り落としたスネイプが生徒全員を寮に叩き戻して今日の 講義は異例の速さで終了した。
学年の異なるスリザリン寮少女、は勿論この事実を知らない。
けれどこの膨大な量の焦げた大鍋と室内に立ち込める匂いに感付くであろうと一瞥をくれてやれば、其れ等にはさも興味無さそうに何時もの微笑みを表情に湛え てはス ネイプの眼前に躍り出た。





「 見て判らぬか、我輩はこれ以上は無いと言う位に忙しいのだ。お前に構っている無駄な時間は無い 」

「 大丈夫です、カンマ一秒で全てが解決しますから! 」





熱でも有るのかと疑う程に酷く嬉しそうな微笑みを湛えた侭、は懐から愛用する杖を取り出してゆっくりと宙で振った。
何が巻き起こるのかとスネイプが怪訝そうに瞳を細めれば、魔法は一瞬で事を終え、何事も無かったかのように落ち着きを取り戻していた。
結局何も起こらなかったではないか、と不機嫌を露わにして溜息と共に吐き出そうと意気込めば、左手に微かな違和感を憶える。
一体何の変化が、と左手を持ち上げて確認しようとする前に、先と同じ微笑みを湛え更に嬉しそうに表情を崩したが己の左手をゆっくりと持ち上げた。





「 …一体何の真似かね 」

「 見て判りません?運命の紅い糸です。 」

「 あれは眼に見えないのでは無かったかね。 」





が持ち上げた左手、其の薬指には毛糸か何かの極細い繊維で縒られた紅い染色の糸が綺麗に巻き付けられていた。
の指先にだけ、巻き付けられていれば然程問題は無かった。しかし厄介な事に、の指を巻き付けていたモノと正反対部分の糸先はしっかりとスネイプの 左手の薬指に巻き付けられていた。
先ほど感じた指先の違和感、其れは間違い無く巻きつけられた紅い糸に在る。


紅い糸で繋がれた指先と指先、心と心まで繋がれたとそう思っているのか、眼前のは酷く嬉しそうだった。
がこうしてスネイプの元に押しかけてくるのは何も魔法薬学研究室だけではなかった。
或る時は講義で使用する薬草全般を飼育している温室や、スネイプの自室にさえ顔を出す様に為っている。
勿論、スネイプは何時も怪訝な表情をし苦い言葉を吐き棄てつつも特別な用事が無い限りはを寮に追い返す事は無かった。


にこうして想いを告げられ始めたのは、最近の事ではない。
は実に素直にスネイプに己の想いを告げて来る。そして可笑しな事に、告げるだけ告げてはスネイプの返事を求めては来なかった。
しかし其の理由はスネイプに全てが在って、彼がの想いをまともに取り合う事が無い為に、は自分の気持ちが完全にスネイプに通じては居ないとそう 思っていた。
事実は唯スネイプが認めようとしていないだけで、十二分に伝わっているのだが。





「 スネイプ教授が認めてくれないから、敢えてこうして眼に見える形にして…って、あ゛−!!! 」





とスネイプを繋いだ紅い糸、其れは然程の距離は持って居ないけれども、スネイプとの間が空いている為に緩やかな半円を描いて空に浮いている。
結ばれる運命の二人は、生まれた時から紅い糸で結ばれている。戯言にも似た其の逸話、遥か昔にホグワーツの講義で聞いた記憶が有るとスネイプは思う。
其の時はさして興味関心を抱く事も無く、況してそんな話をする人間が己の傍に現れるとは予想すらしなかった。
こんなにも無邪気に微笑いながら小さな子供の様な行為を遣ってのける、そんなの目の前で、スネイプは傍に置いてあったヒキガエルを刻んだばかりの鋏で ブツリと其れを真っ二つに切り落とした。


元は一本だった紅い糸が、今は二本に分断され、とスネイプの指に申し訳程度に絡まっている。
一方はスネイプの薬指、もう片方はの薬指。繊維が綻ぶ事も無くスパリと鋭利な切り口を晒した侭に、紅い糸はもう二度と繋がる事が無い。
少しはを傷つけてしまっただろうか、とスネイプがの薄紫の瞳を覗けば、予想外にもは悲愴な表情を宿しては居なかった。
それどころか、次の画策を練る様に瞳奥には更に新たなる焔が燈って居る。





「 今回は失敗しましたが、次こそは覚悟して下さいね、スネイプ教授! 」

「 如何でも良いが、早く魔法薬学のレポートを終え給え。 また居残りさせられたいのかね? 」

「 じゃあ其の時までに何か考えておきますね! 」

「 そう云う意味では無い! 待ち給え、…ッ! 」





言うが遅く、スネイプの言葉は無人と化した魔法薬学研究室に響き渡った。
一体何をしに来たのだろうかと頭を抱えそうになるスネイプは、一先ず片手で持っていた運命の紅い糸を断ち切った鋏を机の上に置いた。
忘れているのか態となのか、は分断した紅い糸が巻きついた薬指を其の侭に、糸を解く事も無く風を切って部屋を出て行った。
あの調子では絶対今日中にレポートは上がるまい。それどころかレポートそっちのけ状態で新たなる画策に打ち込むに違いない。
決して劣等性ではない。如何して其の情熱を傾けられないのかと日に日に頭を抱える始末。





「 …贋物の紅い糸等…何の意味も無い。 」





プラリと空に垂れている紅い糸、其れは未だスネイプの薬指に絡みついた侭。
片方の指先で其れを揺り解こうとすれば、意図も簡単に其れは解けて掌にゆっくりと落ちる。
本当に軽い繊維、運命の紅い糸等と云う重いモノとは程遠い。
小さな子供が大人の恋愛に憧れを抱いて其れを真似する様な行為、そんなちっぽけな気休めの様な行為を本当に無邪気に行えるほど、は未だ幼かった。
其の幼さが、未だスネイプの理性を保たせている。
本当はもっと昔に惹かれていた、其れを言い出す其の日はがホグワーツの生徒で無くなる日。





「 次はもう少しマトモなものを考えて来給え。 」





掌の中の紅い糸は、其の言葉と共にスネイプのローブの中に仕舞われた。
の走り去った扉を一瞬だけ視界に入れたスネイプの表情、其れは微かに和らいでいた。








□ あとがき □

運命の紅い糸を…ヒキガエルを刻んだ鋏で切捨てるスネイプ…。
しかも其の断片を懐に仕舞う………ちゃんとした鋏で切ってあげようよ…(笑)
スネイプがヒロインを好いていつつも、卒業まで取り敢えずは我慢するという結末です。
私の夢の中でヒロインをゲッツするのを我慢するのは珍しい…。




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