二枚の硝子の板を折り重なるようにして立て合わせただけの世界。
それは、合わせ鏡の様に無限に時と空間が連なるだけの世界。
それぞれが関係を持って連鎖するように唯只管に同じ世界だけを繰り返す。
映り込むのは何時も何時でも同じモノにしか過ぎなくて
合わせ鏡の中心には決して行き着くことの出来ない真理が隠されていると言う。
合わせ鏡と言う狭くて広い世界の中心に在る心理は人それぞれ異なるモノだから
だからこの世界は面白いと嘲うのだろう






合わせ鏡






深い漆黒に彩られた闇が辺りを支配する深夜零時。
低く喉を震わせるた様に聞こえるのは、遠くで鳴く梟の劈く遠き声。
背から腰に抜けて消える微かな恐怖心と冷気を気合で押し殺しながら、は懐に隠し持ってきた二枚の鏡をゆっくりと取り出した。
音がしない様に、誰かに気づかれない様に。
ヒタリヒタリと静かに響く石畳を登り切り、決して立ち入ってはならないとダンブルドアが言っていた部屋の扉をそっと押し開いた。
明かりも燈さず、人伝いに聞いただけの道程を手手繰りで歩み寄ると、最奥の小さな椅子と机が出迎える。
静かに腰を落として、指先の感触から木だと判る机に二枚の鏡を合わせる様に置く。
ゆっくりと深呼吸をしたら、徐々に瞳を閉じて完全なる闇の世界を作り上げて。




-------------未来の自分が映る合わせ鏡



そんな陳腐なモノに興味を惹かれたのは、今の自分が落ち毀れているからと言う訳でもなければ、前途多難な未来を見て今から気合を入れ直す為でもない。
単なる興味、好奇心。
一言で言えばそんな類の感情と呼べるだろうか。
ハッキリと言ってしまえば、未来の自分がどの様に鏡の奥に映ろうが、其れは如何でも良い事。
重要なのは、このホグワーツでそんな馬鹿げた事態が本当に起きるのだろうかと言う事実。




もう一度、大きく深く深呼吸。
流石に魔法使いと有れど、「禁断」と呼ばれるこの部屋で深夜に合わせ鏡をすると有れば其れだけのリスクが伴う。
況してや半人前以下のこの身上であると言うに、事もあろうに善からぬ者を呼び寄せてしまったら如何責任を取ればよいのだろうか。








やっぱり止めよう。
暫しの躊躇の後、そう思い直して両手の内側に置いた二枚の鏡をピタリト重ね合せようと指先を動かす。
その瞬間、小さく何かが耳を霞めた気がした。
何の音だろうかと、キツク閉じたままの瞳をうっすらと開いて見る。
鏡を重ね合わせるまでは決して瞳を開いては行けないと言われている事等すっかり記憶から抹消されている様に、其れは極自然の行為で。










「 駄目だよ、瞳を開いたら。そう教えて貰わなかったのかい? 」










背筋に一つ、冷たい雫が落ちたと同時に、瞳の奥に映り込んで来た紅蓮の瞳と克ちあった。
息を呑む暇も叫び声を挙げる一瞬の隙すら与えず、ヒッと息を咽喉奥で殺して鏡の中から瞳が離せなくなる。
硬直した様に身体が動かず、其れでも瞳は双方の世界を映し込んで螺旋世界を形成する虚像から離れない、離せない。
闇夜の中、見える筈の無い鏡にやんわりと浮かび上がる朧気な陰は、直に人の顔と形を形成し、数秒と経たぬ内に紅蓮の瞳の彼が居た。





------悪魔を召喚してしまった。





そう脳が思考すれば、背筋に漂うのは後味が悪すぎる恐怖感とこの先己を待つであろう未来。
ダンブルドアに怒られるとか、寮の点数が減点されるとか、そんな陳腐なレベルの問題ではない。
よりにも拠って属性どころか存在すらも不確かな悪魔を呼び起こしてしまったのだ。
退学程度で済めば其れこそツイテイルと思わなくてはならないだろう。










「 失礼だね。僕は悪魔じゃない 」



「 じゃあ、差し詰め魔王?…でなければ、貴方は誰? 」



「 僕はリドル。Tom Marvolo Riddle 」



「 リ…ドル…? 」









心で思った事が、喋っても居ないのに言葉となって音を伴った声で響いた。
ニコリと笑んだままの彼の仕業だろうか、良くは判らないけれど其れこそ気にしている場合ではない。
此れを如何すれば良いのか頭は最早パニック寸前、辛うじて動くのは指先、意識、声と成り果てる心の感情。
コチコチコチ…とカウントダウンするかの様に少しずつ、けれど確実に時を刻み始めている時間が脳内で響き渡る。
ピクリと小さく動いた両指先が、触れた鏡をトンと押した。
力を入れて此れを壊せば、何とかなるかも知れない。
そう思って指先に力を入れれば、其れはふっと息が吹きかけられた様にその場に凍る。









「 駄目だよ、其れを壊したら君はもう二度と、向こうの世界に帰れない。 」



「 …向こうの…世界…? 」



「 そう、君が居るのは二枚の鏡が作り出した虚像の世界の中心。
 瞳を開けたら駄目だと言われているのに、君は此処を通過する前に瞳を開いてしまった。
 …だから君は、合わせ鏡の世界(此処)から出る事は出来ない 」










思考が止まる。
此処まで来れば「如何したらいいのだろう」ではなく、「如何にも出来ないだろう」に変る。
つまり、二枚の合わせ鏡の中に作られた世界には閉じ込められてしまった事になる。
紅蓮の瞳の彼が居る其の場所に、意識だけの自分がポツリと取り残される形で、唯タダ其処に居る。
絶望と、混沌の入り混じった不可思議な感情に支配された心は、もう二度と元の世界には戻れない事への追悼からか無性に可笑しな哂いさえ起きて。










「 君は面白い。此処で立ち止まった人間を見たのは初めてだよ。
 最も、立ち止まれば生きて戻る事なんて不可能だからだろうけど。 」


「 貴方が…、貴方が私に声を掛けなければ私は眼を開けたりしなかった…! 」


「 そう、君が僕を呼び覚ましてくれたんだ 」










意味が判らない。
キツイ眼差しで彼を睨んで見ても、彼は怯むどころか酷く面白そうな眼差しを向けるだけ。
酷く無邪気で悪意の欠片も無いようなその瞳に見据えられれば、何だか此方が一方的に悪いとさえ錯覚させられてしまう。
結局、はこの合わせ鏡の世界から出る事が出来るのだろうか、それとも出来ないのだろうか。
グルグルと回る思考と共に、一緒に瞳も回りだす。
螺旋階段の天辺から地底まで一気に雪崩堕ちるかの様な感覚に全身が包み込まれ、深い深い闇の世界に堕ちる様。






-----だから、責任取って僕が君を戻してあげるよ。










差し込む朝日で瞳が自然と開いた。
先の出来事は夢か幻か、思い出そうとして身体を起こせば、胸元に置かれていた二枚の鏡が滑り落ちる様に身体のラインを撫ぜた。
伸ばした指先を綺麗に擦り抜けた二枚の鏡は、冷たい石畳の上で凛とした音を奏でながら氷の薄膜の様に壊れ逝く。
全てのモノが永い眠りから解き放たれ、目覚め時を刻み出すかの様な其の音は、小さいと言うに何時までも心に響き。
心地よくも感じるその音色に耳を傾ければ、微かな記憶の奥底で誰かが呼ぶ声がする。










…君だけは生かしておいてあげる。
 この世界の果てを見た君を、もう一度螺旋世界の中心に招いてあげる。
 だから其れまで…精々人生を愉しんでおいで 」










クスクスと楽しそうに笑う声が低く遠くに聞こえた。
痛む頭の片隅を抑え込む様にして上半身を起こしたの表情を、心配そうに覗き込む教師陣の姿。
明瞭にならない視界と思考の果てで、如何やらは誰かに操られて此処まで来たらしいという事になっていた。
事実は大幅に異なる事だけは理解できるも、自分が何をしていたかの記憶は全く無い。
唯、酷く懐かしくて心地良い響きの声に何かが覚醒されただけ。




合わせ鏡と言う狭くて広い世界の中心に在る心理は人それぞれ異なるモノだから
だからこの世界は面白いと嘲うのだろう
合わせ鏡の奥底の螺旋の世界の片隅で願った本当の願い
表裏を併せ持つ人間だけが立ち止まる事の出来る其の狭間で少女は一人の青年と出会う
互いに同じ意思を持ち合わせたモノだけが、其処に辿り着く事が出来る




再会するのは数年後。
Load Voldmortと名を改めた彼と、もう一度あの合わせ鏡の真ん中で。








-----だから其れまで、人生を愉しんでね、僕だけの












□ あとがき □

…途中で何が書きたくなったのか判らなくなったという有り得なさ(笑)
書きたかったのは、リドルと合わせ鏡の中で出会う…だったんですが、連載書けるんじゃないのかと思う位に話が進んでしまった為に、こんな不発でドボン。
失礼致しました(苦笑)
リドルがもう少し上手く描写出来る様になったら…連載(と言うか、続きか?)を書きたいと思う稀城でした。




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