ハーモニカ
何処からか風に乗って流れてきた繊細な音に、急いでいた筈の足が自然と止まる。
眼を凝らす様に耳だけに全神経を集中させて音の正体を探るべく、ゆっくりと周囲を見回す様に鼓膜に流れる音の出所を探す。
初めは、泥を弾く喧騒に鬱陶しさを感じて足早にこの場を立ち去りたいと願っていただけだと言うに、喧騒に混じって届いた繊細な音に心が揺さぶられて止めら
れなくなる。
魔法界では聞いたことの無い、何処の何にも似付かない其の音の正体が知りたくて、夕焼けの空の下で何時までも音の出所を探していた。
「 …ハーモニカか… 」
足を止めた道から数えて二つ目の通り、楕円形に広がる噴水の下でショールを身に纏った幼い少女が居た。
鈍い銀が水を得た様に賛美な戦慄を奏でる其れは、脳髄にまで語り掛けるような柔らかい音。
少女が操る音は、自我を持った様に自由に動き回り、微笑みながら語り掛ける様に耳に届く。
普段音楽等聞かないスネイプであるけれど、其れでも足を止めて聞き入ってしまっているのは、何も少女の奏でる音が素晴らしいからだけではなかった。
伏せ目がちに長い睫に影を落して、僅かに翳りながら見える薄紫の瞳に魅入られてしまったから。
何時の間にか幹線上に広がって出来上がった人だかりに紛れ込みながら、いち観客として少女の紡ぐ音に聞き惚れる。
名も知らぬ異国の音楽。其れでも少女が奏でる音は何処か懐かしく、温か味に包まれていた。
------------ あの子、口が利けないんだって。
隣で囁かれる言葉に自然と少女に注がれる視線の意味が異なった。
桜色の唇の隙間から零れ落ちる空気は、微かな漏れと共に、幾つもの小さな銀の口に吸い込まれて、柔らかい音となって紡ぎ出される。
歌い囁く様に音を創り出す少女の甘く切ない音色に耳を傾けながら、口が利けないと言われている少女に視線を流して。
金を稼ぐ為に演奏している様に見受けられない少女に対し、観客は其の演奏の完成度の高さからか、数枚の札を投げては去って行く。
独り、また独りと観客が去って行き、ピタリと音が止んだ時には足を止めて音を聞いている人間はスネイプ一人だけに為っていた。
「 見事な演奏だ。 」
ばら撒かれた幾十枚もの札を拾い集めては、噴水の横に置かれている鍵の掛かった募金箱に其の全てを入れる少女を前に、声を掛けた。
突然声を掛けられた事に吃驚したのか、少女は一瞬たじろいた様に身を引くが、直ぐに柔らかい笑みを作り上げて微笑んだ。
まるで、「ありがとう」と言葉で伝える代わりとでも言う様に。
「 東洋の音楽かね? 」
会話が続くとは思わなかったのだろう、少女は即座に困惑の表情を作り上げた。
勿論スネイプさえも、会話を続けようと思った訳ではない。
息を吸っては吐き出すのと同じ行為をするように、自然と口から言葉が零れていた。
声を出せぬ少女にしてみれば、会話という行為を求めることは酷く残酷な事に思え、言葉を発した後に少女の困惑に気付いたスネイプは続け様に言葉を連ねる。
「 あぁ、喋らなくて構わん。 頷いてくれるだけで良い。
久し振りに東洋の少女を見たのだよ。 我輩には余り馴染みが無いので珍しくてな。 」
喋るという行為を強要しなければ、少女はまた柔らかい笑みを浮かべた。
スネイプの問いに対して頷き、言葉を発せずとも意図が読み取れるほど少女は多彩に表情を変化させていった。
初めはお互い立ち尽くした侭、傍から見ればスネイプが一方的に喋り続けていると云う奇妙な光景を周囲に映し出していたが、其れもやがて終焉を迎える。
夕闇が迫り、人の波がいよいよ多くなって来た頃合、噴水の影に隠れる様に鎮座する木製のベンチに少女がスネイプを誘導した。
如何やら、もう暫くスネイプとの会話に付き合ってくれるらしい。
普段はホグワーツ一口数の少ない教師だと言われているあのスネイプが、言葉の返らぬ会話を一方的に続けるなど、誰が信じられるだろうか。
当の本人でさえ、声の発せぬ少女に対して此れ程までに入れ込み自然と言葉が浮かんでくるなど信じられぬ事だった。
他愛無い話に少女をつき合わせて、スネイプが少女の元を離れたのは夕闇が僅かな星に彩られた時分。
「 実に見事な演奏だ。 何回聞いても飽きぬ其れが、ハーモニカの奏でた音だ等と…今でも信じられぬ。 」
其れから、スネイプは事有る毎に少女の奏でる音楽を聞きに足を運んだ。
少女が演奏している間は其の素晴らしい音に聞き入り、演奏が終了すれば、決まり毎の様に少女を近くのカフェに誘って一方的な会話を続ける。
初めて出逢ったあの日から一月も経たない内に、スネイプは少女の名や、遠い異国の国から母方の都合でこの地に来た事、当面はこの地で暮らさなくては為らな
い事を知った。
喋れぬという行為がネックになるかと思いきや、スネイプとの係わり合いの中で、其れは然程重要な意味を持たなかった。
其ればかりか、は言葉を介さないというハンデを有効活用する様に、くるくると変わる表情で其の意志をスネイプに伝えた。
「 何時か…、我輩の国をに見せたい。
其のハーモニカからどの様な旋律が流れるか、酷く興味をそそられる。 」
何時の日にか、二人の間には到底実現し得ない様な約束が生まれた。
スネイプの郷里…つまりは魔法界にマグルの少女を連れ帰るなど、周囲の人間に漏れでもしたらどうなるだろうか。
実現する事は不可能な其の約束、スネイプの言葉には心から嬉しそうに笑った。
想いを口にする事は酷く簡単で、だからこそ、其の言葉を慎重に選ばなくてはならないのだというに…時既に遅し。
スネイプは何時の間にか出来上がってしまっていた恋心を押し隠す事に苦痛を感じ始めていた。そんな、頃合。
「 遠くへ引っ越すだと…? 」
暫く経って、唐突に告げられた別れに、スネイプは思わず眉間に皺を寄せる。
生まれたばかりの感情が、殺伐とした生活の中で微かに見えた安らぎが一瞬で壊れていった様な気がした。
毎回聞き惚れ、感嘆の溜息を零していたの奏でるハーモニカが、別れの一曲を空に奏でた。
聞けるのが此れで最後に為るのだと思えば、と過した日々が酷く胸に染みる。
何も無い侭ならば、気付けずに居た筈の感情、其の隙間を埋めるだけの時間…其れは息が出る程悠遠だった。
一点の曇りも無く、綺麗な藤色の瞳に真っ直ぐに己を映して別れを告げるに、スネイプは唯見送るしかなかった。
最後にが吹いたハーモニカの音、透明で蒼然とした空に…ゆっくりと消えて逝った。
其の後。
ホグワーツに響く柔らかなハーモニカの音色にスネイプが気付いたのは、と別れて直ぐのこと。
組み分け帽子の儀式の際に二人が再会するまで…
静かに静かに、ホグワーツの大地にハーモニカの音が響く。
□ あとがき □
ハーモニカ…(笑)
連続で難しい題で如何しようかと思いましたが、此処はもう、オーソドックスにこんなネタにしてみました(笑)
ちなみに…私はハーモニカが吹けやしませんが、皆さんは如何でしょうか。
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