トランキライザー






それは、私を深く深く狂わせて逝く。
身体を蝕み、思考を狂わせ、心を腐敗させる。
ギシギシと音を立てて壊れ逝く様はまるで一つの喜劇を見ているように客観的に映る。
いけない、と脳で理解していてもそれは身体に支配された私には如何する事も出来ない。
手を伸ばし、掴み取っては無くなったと泣き叫ぶ子供の様に何度も何度も私は其れを求め続けて。
無限に繰り返される行為の中で、とめる術を知らぬまま此処まで来てしまった。
気付いた時には既に、後には戻れない状況だった。











「 スネイプ教授、私にとって教授は麻薬の一種かもしれません 」



「 …其れ程までに思いつめるのならば、魔法薬学辞典等読まぬほうが良い 」











普段よりも言葉少なげに読書に没頭していたが、古代文字の羅列されたその文面から瞳を逸らしスネイプの方を見た瞬間、紡がれた言葉は其れであった。
同様、レポートの採点に終われ羊皮紙を延々見続けていたスネイプであったが、その言葉に溜息を漏らす様に言葉を返してやった。
は元々読書の趣味がある。
グリフィンドール寮生で有りながら魔法薬学を得意とする彼女が魔法薬学系の本を読むことは珍しくない。
しかも、さらりと読み流す程度にしか閲覧することの無いが、本を読みながら何かを語りかける事事態が珍しい事である。
見ただけでも重そうなその本をパタリと閉じたは、そのまま机の上に置き去りにするとふわりと笑って見せた。











「 違いますよ、教授。
 私にとって教授と言う存在は、麻薬のようなものだと言いたかったのです 」




「 その辺に生えている草同然とはな。
 我輩も堕ちたものだ 」











スネイプの言葉に愕いた様に顔を上げたは、そのままスネイプの元へと歩き出した。
その様を認めたスネイプは、手にした羽ペンを静かに机に置くとを迎え入れる。
の小柄な身体を抱き抱えるように机と椅子の僅かな隙間に置き、己に向かい合わせるカタチでその膝に抱く。
空気の僅かな揺らぎで揺れたの柔らかい髪が、スネイプの頬を優しく撫ぜた。
大人しめな香りを放つその薫りを脳内に認めながら、スネイプはさらりと流れた美しい髪に唇を寄せる。
そうしてそのまま、淡い桜色の唇を塞ぐ。
恋人同士の甘い一時が、暫し夢現に繰り広げられた。











「 …ほら、やっぱり麻薬なんですよ 」




「 それは如何云う意味か説明願えるかね? 」











未だに不可解なの発言に疑問符を浮かべるスネイプは、白く細い顎を長い指先で掴み上げながらそう問う。
強制的にクィと顎を上方に向けられたの頬に、黒髪が被さる。
漆黒の髪に淡い栗色の瞳。
年端も無い少女ながらに柔らかく微笑むその表情がより一層際立って表現され、奇妙な妖艶さえ醸し出して。
その少女が悪戯心を持った妖精の様に真っ直ぐに此方を見れば、その感情は勘違いや錯覚等ではなく現実のものとなって押し寄せる。











「 私、スネイプ教授の傍に居ると麻薬付けの患者の様になってしまうんです。
 求めても、求めても未だ足りない。
 愛しても愛されても、未だ足りない。
 この腕の中に抱いていてくれるときでさえ、私は教授を求めてしまう。
 教授を欲するという欲望を、自分で止める事が出来ません。 」




「 それは満たされていない、という事に成るのかね? 」




「 いえ、麻薬であると同時に、精神安定剤でもあるのです。
 如何しようも無い位に求めてしまうけど…
 教授の傍に居てその愛に包まれていると、言葉では言い表せない位に心が落ち着くんです 」



「 ならば心行くまで溺れるが良い。
 生憎我輩は如何しようも無く求められ様が苦痛とも邪魔だとは思わぬ故。
 精々、理性と煩悩の狭間で足掻き給え 」











耳元で囁かれたその声に、の身体から力が抜ける。
スネイプの言葉はにとって絶対以上の効力を齎す。
それが己が望まなかった事であったとしても、の脳裏に届いたその甘美な旋律はの思考を狂わせて逝く。
もう既に、スネイプ無しの生活に戻る事はできない。
一度麻薬に手を出した人間が、簡単にその思考を飲み込まれ、求めても永遠に満たされる事の無い破滅の道を辿るように。
その内身体が麻薬に慣れてきて、更に強く、深く求めてしまう。
満たされていても満たされていないと心が拒絶し、身体は果てない愛を求め続ける。
現状のままでは満足出来なくなり、何もかも全て貴方に依存してしまうその時が訪れたとしても…











「 スネイプ教授は私の傍に居続けてくれますか? 」




「 お前を愛する事が我輩の精神安定剤となっている間はな。 」











お互いがお互いの精神安定剤に成り切れている内は、幸せは絶え間なく訪れてくるのだろう。
そしてそれが途絶えたその時。
愛を乞うその感情が禁断症状となって襲い掛かり、求め続けた分だけ苦しみを味わう事になる。
私にとって、スネイプ教授を愛するという事は麻薬に手を染める事と似ている。
けれど、唯一つだけ似ていないのは…
スネイプ教授は私を毒づけても決して己は毒づくこと無いという事。
だから私は安心して貴方に溺れることが出来る。
麻薬と精神安定剤は紙一重。
出来るならば…その天秤は攣り合ったままで居て欲しい。
どちらにも傾く事無く水平を保ち、願わくば今の状況のまま…時が過ぎ行く様にと。









□ あとがき □

スネイプ教授が麻薬であり精神安定剤でもある。
ちょっと微妙であり暗めの話になってしまいました(苦笑)
麻薬と精神安定剤は紙一重だと思います。
どちらがいいとも悪いとも云えませんが、大事なのは”溺れない事”だと思います。
人間、何にでも溺れすぎると現実や世界が見えなくなってしまいますからね。



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