パチンコ
「 …死にたくなったら、何時でも私が貴方を殺してあげる。 」
無邪気な笑顔の奥に、ほんの一瞬陰りが見えた。
橙の太陽の元で無垢な微笑を湛えるは其の脚で、力いっぱい紅に染まった地面を蹴った。
誰の物とも既に判別が付かなくなった、緑の大地に滴り落ちた朱を邪魔臭そうに見詰めるヴォルデモートがゆっくりとの方に向き直る。
紅く焼けた空と同じ、紅蓮深紅の透明度の高い瞳。
映し出される全てのモノが紅く紅く染まり切ってしまうような錯覚を憶えさえ、瞳に魔力が存在するなら間違い無く其の言葉は彼の為に有る様な揶揄だった。
「 お前が、私を…? 失笑させるな、お前如き魔力で私が敗れるとでも思ったか、甚だしい。 」
茜色の空、翻る漆黒のローブは闇に溶け込もうとする全ての生き物の魁の様に空に良く映えたコントラストを齎した。
風は無い。雨も無い。唯其処に広がるのは緑の平原と所々に朱が織り交じった草木と、原型を留めるのがやっとな骸達。
誰も、誰もヴォルデモートを止める事は出来なかった。彼が最初で最後、傍に置きたいと願い愛した女でさえ、ヴォルデモートの野望を阻止し得る有力な碇には
為らない。
彼の野望は果てしなく、そして闇に包まれていた。世界を、全てを、疎ましいと思う全てのモノを、壊したかった、唯其れだけの事。
突然耳元を風が過ぎ去った。次いで、はらりと二三本の漆黒の髪が攫われて、紅い大地に舞い降りる。
心の臓が高鳴る。気配は感じられない、唯一瞬、ヴォルデモートが其の腕を振り上げただけで意図も簡単にの首際を刃が走りぬけた。
心の臓が、高鳴る。ドクンと、其れは涙が出そうな程嫌な音。
ヴォルデモートの傍に居る事に慣れない頃合より、四六時中聞いていたのにまだ聞こえ慣れない其の音。
ヴォルデモートに殺される事よりも、この音を彼に聞かれる事の方が何よりも恐ろしく、何よりも情けなかった。
「 魔力では私の方が劣りますけど…マグルの世界には其れは其れは便利な代物があるんですよ? 」
平常心を保とうと、小さく息を吸って吐かない侭は言葉を紡ぐ。
微少にも愛しいと感じる人間にさえ平然とした面持ちで刃を向けるヴォルデモートは、が発した【マグル】の言葉に事の他嫌悪感を表情に表した。
死喰い人を含めた彼の配下が言葉にしては為らない禁忌の単語、其れに幾許か近い意味合いを持つ其の言葉を平然と面と向かってヴォルデモートに吐けるのは今
のところだけだった。
赦されている、其の言葉には多少の語弊が生じるが大まかに言ってしまえばそんな特権を彼女は持ち合わせていた。
酷薄な紅蓮の瞳に怪訝の色を浮かべて、真っ直ぐに此方を見る。
水墨白淡の瞳が其れに答える様に綻んで、笑った。
其れから、ヴォルデモートと同じ色彩のローブのポケットに片手を突っ込んで、ごそごそと何かを探る様な素振りを見せた。
一体何が現れるのやら。そんな一瞥をくれて遣りながら、ヴォルデモートは呆れた様に其の場で腕を組む。
もう直に日が暮れる。小煩い魔法省の人間に嗅ぎ付けられるのも時間の問題だと忙し無く動く死喰い人を他所に、ヴォルデモートは唯景色を其の視界に入れる様
に愛しい者の一挙一動を見ていた。
「 …貴方も昔は…持った事がありますか? 」
細く白い、少し力を入れ捻じ伏せれば簡単に折れてしまいそうな脆い腕。
其れとは酷く対照的な硬質を帯びた物質がゆっくりとポケットから取り出され、陽の光りを浴びて紅く鈍く光った。
最初は毒薬か、其れとも強力な魔力の施された闇の道具が出現するのか、兎に角魔法界に於けるあらゆる闇に覆われたモノを想像していた。
けれども取り出された代物はヴォルデモートの期待を良くも悪くもきれいに裏切ってくれた。
非科学的な魔法とは異なる、其れは酷く有り触れた一丁の拳銃だった。
何処から手に入れたのか、の懐より取り出された其れは夕陽を浴びてキラリと鈍くボディを光らせ、硬質な筒の奥には人を一瞬で殺める事の出来る鉛が詰
まっている。
清廉な印象を齎す横顔を視界に入れながらも、其の少女が握る拳銃は少女に見合った様に酷く小さめスレンダーなボディ。
掌に収まりきる其れは、隠し持つには丁度良かった。
「 …其れを、如何した。 」
「 お守り代わりです。私よりも魔力の強い人に出遭っても即効性が有りますから。 」
拳銃を握りながら無邪気に微笑む少女。
其れを見れば、まるで其の拳銃がレプリカである様な錯覚さえ憶える。いや、そう思ったのは寧ろヴォルデモートの臨みだったのかもしれない。
純真無垢なこの少女にだけは、其の白く細い手を鮮血で汚したくは無かった。出来る事なら傍に置くだけで精一杯、この様な穢れた場所に連れて来る等考えただ
けで吐き気がする。
其れでも、少女は自らの意志でヴォルデモートの傍に居る様に為って、彼が出かける際には必ずと言って良い程着いて来る。
勿論其れを咎めた頃も有ったのだけれど、言えばキリが無い程は死喰い人の眼を掻い潜ってはヴォルデモートの隣りに引っ付いて来る。
最初は単なる寂寥感から来るものだとばかり思っていた。
しかし実際は、先述の言葉通り、ヴォルデモートが誰かの手によって殺められる位ならばいっその事 ---------
「 紛い物じゃ有りませんよ。 」
微笑んで、は水平線に沿って真っ直ぐに腕を伸ばしてトリガーに指を掛ける。
唯、一瞬。
ヴォルデモートが先にの首間際を刃で抉ったのと同じだけの極僅かな時間、銃口から熱を伴った鉛の弾が発射されたと悟ったのは全てが終った後だった。
辺り一面に立ち込めるのは暗雲を髣髴とさせる灰色の煙に、火薬と硝煙の微かな香り。氷か何かが弾け飛ぶ様な軽い音がして、眼の前に高く聳えていた針葉樹林
の枝が静かに地面に転がった。
突然の軽快音と銃口から発せられた鉛の弾に、弾かれた木の枝。静寂仕切っていた辺り一面に其れが響いて死喰い人が一斉に騒擾した。
「 成る程な。 確かに此れならば私を掃滅出来そうだ。 」
そう言い棄てると、ヴォルデモートはばさりと漆黒のローブを翻し未だ呆然とし切っている死喰い人に一瞥をくれると其の侭己の屋敷に向かって踵を返した。
風靡く草原、独り取り残された様な真新しい骸の転がる中に、はゆっくりと手にした銃を置いた。
流石にもう銃口から硝煙は上がっていないが、未だ若干の熱を帯びている。
鈍い銀に光る其れは、見る見る内に朱に染め上げられて、やがては没した様に全てが飲み込まれて、逝った。
---------- 最後の弾、だったのにな。
骸の陰に沈んだ嘗ての同胞を見ては、小さく溜息を漏らしてもまた、踵を返した。
籠められていた銃弾は最初で最後の唯一発のみ。
辛くなったら、何もかも終わりにして楽な道に進みたいと思ったら、迷う事無く米神に付き付け自ら打ち抜く覚悟で持っていた。
最初は本当、其れだけの理由から持ち合わせ、其れでも棄てられなかったのは唯切っ掛けを喪っていたからに他ならない。
ヴォルデモートに出逢って、愛されて、次第に溺れていく自分に恐怖を感じて持ち歩く様になった。
必要の無い物だと知りながらも、ヴォルデモートの足手纏いに為る位なら自ら命を落しても構わないと。
邪魔に為れば問答無用冷酷無比なヴォルデモートはを切り捨てる、其れは痛い程に実感していた。
けれども其の時は、ヴォルデモートさえも身の掃滅を覚悟した時では無いだろうかと、予感した。
誰かに愛しい人を奪われる位ならば、其の前にこの手で。
「 早く来い、置いて行くぞ。 」
愛しい人の声に向かって自然と早足に為る。
明日も変わる事無く、隣に居れたら其れだけで幸せだと、は風にローブを靡かせながら振り返ったヴォルデモートの腕に包まれながら思った。
明日もこの地に、厭味な程に紅い太陽が昇る。
□ あとがき □
パチンコって拳銃の隠語なんですが…ちょっと無理ありましたかね(笑)?
物凄い微妙で判り難かったと思うので此処でちょっと懺悔も籠めまして…
ヒロインが拳銃を持っていたのは、誰かに殺されるヴォルデモートを己の手で殺してあげる(←此処ポインツ)為です。
…結局、使う日は来ないのですが(苦笑)
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