毀れた弓






「 …





愛しいあの人が一番多く紡ぐこの言葉、単なる英単語の組み合わせでしか無い単純な言葉の羅列がこうも心に鈍痛を与えるのは、この言葉を紡ぐ彼の所為だろう か。
まるで壊れ物を扱う様な、音だけでも大切にしていると伝わりそうな、柔らかい音が漏れ聞える。
普段は感情を露わにしない彼、漆黒のローブを身に纏い、ホグワーツの中で彼を知らぬ者は居ないと言われている程多方面で顔が知られている。
教える魔法薬学は難解を極め、其れだと言うに毎回の如く出されるレポートにスリザリン贔屓。挙句の果てに、陰では引見根暗減点魔と陰口を叩かれる教師、セ ブルス・スネイプ。
其れでも、其れでも次第に彼に惹かれていったのは偶然とも言える逢瀬を目撃してしまったから。



あれは酷く冷たい夜だった。冷たくて、けれど清く澄んだ月が明るい夜。
如何にも寝付けなくて、少しだけならバレる事は無いだろうと気分転換も兼ねてローブを羽織って部屋を出た。
窓から見たホグワーツは雪景色から春未だ浅い景観へと姿を変えてゆく途中で、窓際、冷たく凍った硝子越しに思わず頬を貼り付ける様に見入ってし まっていた。
月に魅入られて、声を殺すのも忘れて、呆然とした感嘆に似た言葉を発するまで約5秒程度だった様に思えた。





「 …Professor Snape…? 」





雪が溶け落ち、ようやっと緑の赤子が見え始めたクィディッチ競技場横、視界の開けた丘の頂に彼を見つけたのは、間もなくだった。
其処は一見見落としてしまいそうな陰りの場所。
夏には脚の長い草木が茂って漸く其の位置が正確に判る様、地面に広がる風紋が緑の水面を彷彿とさせる場所である。
其の場所に、恰も草木の絨毯の上を渡る様に立ち竦むスネイプが、月の光りを浴びて浮いているようにも見えた。  漆黒のヴェールを纏った広大なる大空と薄灰色の陰を纏い金色琥珀に輝く月と、緑の絨毯を敷き詰め風に戦ぐ大地と柔らかく少しだけ春の香を運ぶ風と。
口から飛び出した言葉が疑問系を帯びていたのは、夜闇の丘陵に一人で立つスネイプが、普段とは全く異なる空気を纏い酷く美麗な存在に見えたから。





「 …… 」





彼がゆっくりと振り返る。
背に月光りを浴びていた彼が、ゆっくりと此方に向き直る様に踵を返し、端正な其の表情を外気に晒した。
遠目故、良くは判らなかったけれども、先と同時に息を呑む。
無表情で何時も米神に深い皺を寄せ、怪訝そうに瞳を顰め生徒を罵倒することしかしない、あのセブルス・スネイプが柔らかく笑んだ気がした。
いや、正しく言えば笑んだのではなく表情を崩した、という方が正しいだろう。
よく良く見れば端麗な其の表情、普段は怒気に包まれている為に見つける事も困難では有るが、表情を崩したスネイプの其の様は酷く麗姿だった。
彼の表情を突き崩す、何かが其処に有った。此方からでは丁度クィディッチ競技場のポールが邪魔をして良く見えない。
如何にか眼を凝らして其の正体を知りたいと、窓枠に添えた手に力を入れて乗り出す様に窓枠に触れた其の瞬間、信じられないものを見た。


小走りで走り寄った生徒を、スネイプが其の腕で抱き留めた。



其れだけでは、無い。
走り寄った少女のローブの裾から零れ落ちる様に靡いていたのは、彼が最も嫌悪すると言われていたグリフィンドールのタイだった。
叫び出しそうな言葉を殺す様、両の手を慌てて口元に落して、腰が抜け落ちた様に壁伝いに其の場に崩れ落ちた。





*     *     *





「 スリザリンのレポートお持ちしました、スネイプ教授。 」
「 …あぁ。 」





偶然にも目撃してしまった出来事、其れから今まで、有りとあらゆる手段を講じてスネイプとグリフィンドールの少女の事を調べ上げた。
、現グリフィンドール寮所属の三年。
家は名門家、将来有望を約束された魔法使いの一族の末子で有り、淡い紫色の瞳が特徴的な少女。
家柄と瞳の色が人とは多少異なってはいるが、成績も運動神経も容姿でさえも飛び抜いて凄いとは言えなかった。
何処にでも居る様な極普通の少女、流れ込んでくる情報はたかが知れていて、この瞳に映る少女も極普通の生徒と言う印象しか持ち合わせて居ない。


そして当たり前と言えば当たり前、生徒と教師との恋愛が赦されている訳でもない学び舎ホグワーツに於いて、彼女とスネイプの関係を知る者等誰一人としてい なかった。
勿論、この眼で目撃するまではスネイプととの接点等見つけられる筈は無い。けれど、逢瀬を目撃した其の日から、僅かでは有るが二人の関係を匂わせる様 な出来事を偶然にも見掛ける様に為った。
二人の関係に気付いていなければ、其れは勿論の事極日常の風景にしか映りこまないのだが。


二人を追い始め、一番最初に抱いたのは優越感。誰も知り得る事等不可能なスネイプとの関係を唯独り、自分だけが本人の関知せぬ水面下で知っている。
脅しのネタ、醜聞の類は其れこそ売れば高く売れるだろうと腹の内、酷く良い情報を手に入れたとほくそ笑んだ。
二つ目、抱いたのは疑問感。にしか開かない其の心、彼女には何と愛の言の葉を紡ぐのか、其の端正な指先で触れ逞しい腕で抱き締めながら眠るのだろう か。
錚錚なる能力を持たない、如何して其の少女がスネイプの心を射止めたのか不思議で為らなかった。
三つ目、そうして姿を追う内、恋慕が胸を競り上がった。気づいた時には誰より先に、スネイプの姿、声、仕草全てに心を奪われ瞳を奪われている自分に気が付 いた。
人が恋に落ちる切っ掛けなんて、所詮大した物では無いと笑っていたあの頃の自分が今の自分を失笑する。





「 …何をしている。用が済んだのなら寮に戻り給え。 」





息を殺していたせいで咄嗟に言葉が出なかった。一向に動かない踵に、不機嫌そうに眉を顰めて羊皮紙から顔を挙げ、退出を促すスネイプ。
現実は変えられない。目撃したあの日から今でもずっと、心は奪われた侭だというに、当のスネイプとは別れた気配等欠片も掴めぬ侭。


意を決し、僅か与えられた夢の逢瀬から現実に戻ろうかと思った矢先、背後の扉が軽快なノック音を零した。
入室を許可するスネイプ、入れ違いに退出しようとした瞳に飛び込んできたのが、羊皮紙の束を抱えた
再び、息を呑む。吐き出すことさえ忘れた様に、自分の中の空気が全て凍った気がした。
は自分以外の人間がスネイプの地下室に居た事等気にも留める様子は無く、小さく一礼してからスネイプの傍に羊皮紙の束を置いた。
刹那、スネイプの冷たい視線に射抜かれた。
無言の視線の中、【未だ、居るのか】と皮肉めいた言葉が聞えた気がした。
スネイプにとって、己の研究に没頭する時関よりも大切な時間が、この少女と過ごす時間なのだと。
一分一秒さえ惜しいのだと、痛い程に痛感させられた。





「 …失礼、しました。 」





冷たい廊下に、自分の声だけが響いた。
感情を殺す様、視界に何も居れずに唯、スネイプの地下室から遠退いて寮に向かう。
果てしない其の距離は、まるで自分とスネイプとの距離を現して居るに他ならなかった。



例えば…、恋の神様になって恋の矢をこの手の中に握り締めているとしたら。

迷わず、地下室の扉を開いて眼の前の二人に毀れた恋の矢を放って遣るのに。



心の中で呟いた願いは叶う事無く、静かに斃れて逝った。






□ あとがき □

此れは夢か…(笑)!?でも毀れた弓でこんな内容しか思い浮かばず、一回思いついたらそれ以外思い浮かばない…!!
如何も私は、キャラ×ヒロイン←邪魔者が大好きらしく…(苦笑)ちょーっと第一主観者の女の子可哀想ですが。
其れより、見られちゃ駄目だよ、教授!!



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