ポラロイドカメラ






「 …写真は撮らないのかね。 」
「 厭ですよ。写真撮ったら魂吸い取られるじゃないですか。 」





の部屋、片隅に忘れ去られた様に埃を被ったマグル製のポラロイドカメラを見付けふとした疑問を口に出して、固まった。
よもや15にも為ろうとしている少女の口から吐かれる言葉ではないと同時、スネイプの心理の中には少なからず、

女というものはむやみやたらに想い出と称して出来事を写真に収めたがる

と云う先入観を持っていたために其の驚きもひとしおで。
況してや、流行だの想い出だの記念日だのと日毎行事を増やしていく幼い恋人は、何時でもスネイプとの時間を欲しがっていた記憶が有る。
そんな折、埃を被ったポラロイドカメラを見付けて、ふと思った。
恋人と言う関係に落ち着いてからも其れ以前も、は一度として写真を撮りたいと強請った事が無い。
別段、スネイプが写真を撮る事が好きだと言う訳ではない。唯、一度も写真を撮った憶えどころか、の所有する写真を見たという記憶が無いのだ。





「 先日、マグル学の講義でポラロイドカメラで写真を撮ったであろう? 」

「 えぇ、確かに撮りました。…私以外は全員。 」





提出が明日に迫った魔法薬学のレポートを書き上げながら、分厚い辞書からようやっと視線を剥がしたはそう言って、にっこりと笑みを作った。
此処で、【良かったな、魂が抜けずに】と軽口を叩ける様なスネイプではない。軽口よりも先に、先程脳裏を過った妙な疑問が更に心中で大きく膨れ上がってし まったのだ。

思い返せば、先日行われたホグワーツ生及び教職員強制参加の遠征園遊会が有ったが、ダンブルドアの映していたカメラの映像の何処にもの姿は無かった。
一週間に渡り、朝食の際大弾幕の上に映し出された映像は魔法界のカメラで撮った滑らかな動画映像で、生徒は自分の姿を見つけては嬉しそうにも哀しそうにも 十人十色の歓声を上げていた。
映るつもりが無かったスネイプでさえ、何時撮られたのかしっかりとフィルムに姿を納められているというに、思い出してみてもやはりの姿は無い。





「 何故、写真に撮られるのが嫌いなのかね。 」

「 …私が何時、写真に撮られるのが嫌いだと言いました? 」

「 何年お前と一緒に居ると思っている。あの表情を見れば判る。 」





言えば、は申し訳無さそうに肩を竦めて小さく息を吐いた。
良くも悪くも、付き合いが長ければ長いだけ、相手に興味関心を抱いていれば抱いているだけ些細な感情の変化も手に取る様に判ってしまう。
写真一切の事を問うた時、僅かだかの細い肩越しから覗く髪が身体の振動によって揺れた気がした。
そして一瞬、只管に走らせていた羊皮紙の上を滑る羽ペンの音が止まった。直ぐには、刃先に羊皮紙を引っ掛け止む無く止まった様な素振りを見せ、先刻と 変わらぬ様に課題を進めていたが其の一瞬をスネイプは見逃しては居なかった。
長い睫に縁取られたけぶる様な淡紫の瞳が僅かに揺らぎ、硬直した様に刹那だけ時を止めて、間近にあったスネイプの瞳を見つける。
そうして、先刻の様にゆっくりと確かに淡い華の様に柔らかく笑んだ。





「 嫌いと言うか、苦手なんです。 其処にカメラが有るって思うだけで如何しても身構えてしまって… 」

「 意外だな。 お前はどちらかと言うと事有る毎に写真を撮りたがるイメージが有る。 」

「 写真…嫌いな理由がもう一つ有るんですよ。 」





二人で存在しているという事を証明出来るものを一つも持っていないのは悲しい事だろうか。
写真に二人の存在を証明されなければ為らない関係の方がよっぽど悲しい事じゃないだろうか。




そう言って笑った
切なく苦い確信がスネイプの胸を一気に駆け抜けた。
一瞬にして心に刻みつけられた、美しく柔らかな微笑。 歳相応の無邪気な笑みとは裏腹の、けれども誰よりも無垢な子供の様な穢れない笑顔。
其処から溢れるのは、紛れ無い哀しい程の純粋な愛と一途な想い。
脆く壊れ易い儚さをも秘めたその微笑を、半場陶然と魅入られた者の様に、唯見詰めた。
この一瞬の微笑み、写真などに収めてしまうのは勿体無いと、確かに頷いた。





「 其れともあれですか? スネイプ教授も【他人から見た証明】が欲しいですか? 」

「 …馬鹿馬鹿しい。 写真縛られた関係など要らん。」





聞き取れぬ位に小さく言い放った其の言葉の後、漸くレポートを終えたのか、は分厚い辞書を閉じて羊皮紙を端から巻き始めた。
其れを丁寧にスネイプの机の上に乗せ、外から滔々と零れ落ちる淡雪を見詰める。
もうじきこの雪が溶ければ、淡い桜色の花が一面に咲き誇ってけぶる木漏れ日の待つ春が遣ってくる。
今年でもう、何度目だろう、この部屋でスネイプと共に春を過ごすのは。
こうして幾つもの季節を見送り、遣って来る季節を受け入れて、変わる事無く日々を過ごし年月を過ごしてゆく。
疑問に思うことも無かった。写真になど残す必要は無かった。
其の一瞬、一瞬を心の中に痛い程鮮明に焼き付けていく事が、同じ時等二度と過ごせる訳等無いのだから写真に等収めず居た方が其の時を貴重に過ごせるのでは ないだろうか。





「 そんな心配そうな顔しなくても大丈夫ですよ。 逢いたくなったら写真を見る前に此処に来ますから。 」

「 誰もそんな心配はして居らん。 」





それから漆黒のローブが重たそうに揺れ、が視線を窓から外して振り返るまでの数秒で、スネイプはの元へ遣って来た。
さらりと風に流れ、落ちてきた漆黒の前髪を柔らかく掻き揚げてやれば、視線は上手く定まらない侭には頬に紅を走らせてスネイプを視た。





「 何時まで経っても慣れませんね。 スネイプ教授に触れられると… 」

「 触れると、如何なるというのかね。 」





細く白い顎に詰冷たい指が掛かる。其の侭促される様に上を向かされ、頬に掛かった髪が肌を滑って背に流れた。
足りない身長、上から覆いかぶさる様にスネイプの端正な顔が近付いて、は咄嗟に薄紫の瞳を堅く瞑った。
慣れ親しんだ香草の薫りが鼻を擽り、抱すくめられる様に腰に腕を添えられ、ゆっくりと桜色の唇に唇が重なる。



写真になぞ、収めるのが勿体無い。
記憶に焼き付いて離れないのだから、想い出す必要も、無い。






□ あとがき □

写真を撮るのが嫌いなのは何を隠そう、稀城彩歌です(笑)
滅多なことが無い限り写真は撮りません。相手を撮るのは好きですが、被写体になるのはちょっと…(苦笑)
スネイプ教授とのツーショットなら問答無用で映りますが…!!



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