マルボロ
カタン、と小さな衝撃音を立ててポケットに仕舞いこんだ紅い箱の存在を視界に認めたの
と、目の前の黒い物体が箱を拾い上げたのは同時期だった。
しまった、と表情が勝手に作り上げたのだろうか、何にせよ拙いと強張った事だけは事実。視線を擡げれば、案の定に嘆息し眉間に濃深い皺を寄せたスネイプの
瞳と克ち合った。
何か言葉を吐こうと息を呑めど、アカラサマの憤慨を浮かべるスネイプは人の話を聞くという許容力に掛けて居るらしく、すぐさまに一方的に喋り始めた。
「 煙草の害を知っているかね、。 」
「 い、一応は知っているつもりですが…あ、あのですね、スネイプ教授此れは… 」
ギロリと冷徹な瞳で見据えられ、出かけた言葉が咽喉奥でにじり潰された様に溶けた。
面倒そうに拾い上げた紅い箱、其れは表面上を薄透明のフィルターで覆われ【Marlboro】と明記されている。見た目から判断するに、誰しもが煙草の有
名銘柄で有る事は一目瞭然。
ホグワーツに通う一介の生徒のポケットから煙草が落ちたという事実、付け加えるなら其の相手がスネイプの恋人で有った為に問題が大きくなったとも言える。
日本では勿論の事、イギリスホグワーツにおいても未成年者の喫煙は厳重処罰に価する。
「 煙草の煙にはニコチン、種々の発癌物質・促進物質、一酸化炭素、種々の線毛障害性物質、その他多種類の
有害物質が含まれている。
喫煙により循環器系、呼吸器系などに対する急性影響がみられるほか、喫煙者では肺がんをはじめとする種々の
癌、虚血性心疾患、慢牲気管支炎、肺気腫などの閉塞性肺疾患、胃・十二指腸潰瘍などの消化器疾患、その他
種々の疾患のリスクが増大する。 」
専門家の様な事細かな煙草の害についての諸見聞が、薄い唇から此れでもかと云う程発せられる。
挙句、其の声色が絶対零度の一定温度で紡がれる為、焔揺らめく暖炉の傍で有るというに背筋に悪寒が奔る程。
後退りしそうな状況下、後ろに有るのは石畳の壁だけで有り、唯一の出口である扉は真逆の方向に鎮座していた。
別段、逃げようという気は更々無いのだが、如何もスネイプはの話を一切聞く気が無いらしく何時終るとも知れない。
「 更にだな、妊婦が喫煙した場合には低体重児、早産、妊娠合併症の率が高くなる。
付け加えれば、受動喫煙により肺癌、虚血性心疾患、呼吸器疾患などのリスクが急激に増加… 」
「 ちょ、ちょっと待って下さい、教授!私、煙草なんて吸って無いですから!! 」
此の侭煙草有害論説に耳を傾けていても埒が明かないと、はスネイプを見上げた。
けれど、其の薄紫の瞳が捕えたのは、先程よりも遥かに不機嫌さを極めた鋭利軽薄な瞳。何白を切るつもりなのだ、と其の表情に刻み込み、挙句には壮大な溜息
まで吐かれる始末。
何も此処までバレて居るというに、嘘を吐き続けなくともいいだろうに。そんな言葉を云いたいのであろう、呆れ果てた様な荒んだ者を見る眼差しを向けられ、
流石のもカチンと来た。
「 此れは煙草の様に見えますが、中身は只のチョコレートです。
私の郷里の駄菓子屋で普通に売っている【煙草に見せかけたお菓子】なんです!! 」
ほら、見てみろと言わんばかりにスネイプの掌からマルボロの箱を引っ手繰ると中身を引き出す。
途端に薫るのは、煙草の葉の苦い風味ではなく、甘いロイヤルミルクのチョコレート風味。一本一本煙草の其れの様なラッピングが施されてはいるが、其の更に
中身は筒状の琥珀色をしたチョコレートの棒。
勝った、人の話を最後まで聞かないからこう云う恥をかくのだと勝気交じりにスネイプの瞳を見据えれば、意外な眼差しで返された。
明らかに悪いのは勝手に誤解したスネイプである。確かに、間違い易いラッピングの施されたお菓子を落してしまったと云うにも日がある筈であるが、確か
めもしないスネイプの方が何倍も悪い。
謝って貰うのは此方の方だと自信満々で居れば、スネイプは更に勝気を瞳に入り混ぜて、口角を少し上に上げ厭味たっぷりに笑った。
「 …つまり、お前は我輩の講義で有ると知りながら、駄菓子を持ち込んだのだな? 」
「 い、いえ…あのですね、決して講義中に食べていた訳では無いですし… 」
「 一年次の最初の講義の際、【菓子類は持ち込むな】と言ったのを忘れたのかね。 」
「 い、今思い出しました… 」
引き攣った笑み、其れを勝ち誇った笑みで返される。
謝るのは結果論的に自分なのだと思い知らされてガクリと項垂れる。規則を見事堂々と公言し破った訳である故に、減点は免れまい。
今日の講義でもネビルが大鍋を爆発させて10点の減点を喰らったと言うのに。
泣きたくなりそうな気持ちを抑えながら、せめて挽回出来る様な点数で有る様にと祈った事も無い神に祈りを捧げようと両目を瞑る。赦されるなら、其の場に崩
れ落ちる事さえも出来ただろう。
「 来給え。 」
「 ………スネイプ教授、因みに何点の減点でしょう? 」
「 減点?寝惚けるのは講義中だけにしろ。最も、そんなに減点を望むならくれて遣らん事も無いがね。 」
「 い、いえ、全面的に遠慮させて頂きます…!! 」
促がされる侭、足を踏み出した先はスネイプの自室。
の掌で行き場を失ったマルボロは其の侭スネイプの手によってポケットに仕舞いこまれ、暫くは出る事も無さそうである。
減点の代わり、静寂した魔法薬学研究室にはチョコレートと同じ位に甘い時間が流れ落ちる。
□ あとがき □
マルボロ…煙草…浮かばねぇ(笑)!
私の中で、スネイプ(というかアラン?)には葉巻を吸って欲しい派なので、物凄く悩んだ結果、こんな悲惨な結末に…(苦笑)
夢とも言い難い程にオチも無ければ山場も無い夢です。
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