クレヨン






最近ね、風景画を描き始めたの。












に似合いの淡い桜色のキャンパスから、の照れたような微笑とともに様々に彩られた景色が広がった。
満開の桜、そよぐ草原、漆黒に彩られた闇夜、満面の水を湛えた湖。
そこから広がる景色は、全てが慈しみ、好きだと言っていた景色であった。
初めは子供の走り書きのような絵から始まったものが、ページを捲る度に少しずつ上達してゆく様が客観的にも感じ取れる。












「 今日はね、ルシウスの部屋から風景を描こうと思うの。 」








「 私の部屋から見える景色を、か? 」








「 うん。何時でも、何処に居ても、ルシウスの部屋から見える景色を忘れないように 」












そう微笑むと、は用意してあった椅子に腰を落とすと白紙のページを開き、窓を眺めてはキャンバスを横にしたり縦にしたりしながら、配置を決めているかのようだった。
さしてすることも無い私は、の描いて行く景色を拝見しようと傍によって見る。
すると、其処には昔一度だけ見たことのある懐かしいものが静かに置かれていた。












「 クレヨン…か。
 沿う言えば一度もこれで何かを描いたことは無かったな。 」












様々な色が不規則に並べられ、色の減り方も疎らではあるけれど、余程丁寧に使っているのか、それらは全て折れることなく箱の中で静かに使われるのを待っていた。
コンテや鉛筆で下書きをするものだとばかり思っていた私は、が細い指に行き成りクレヨンを持って描き始めたことに少々驚かされる。
よくよく思い出してみれば、の描いた絵に、余計な下書きの線など皆無で。
さらさらと滑らせるように線を描き始めるは、そのままキャンバスと外に広がる景色を交互に眺めながら私の独り言に返事を返してきた。












「 ルシウス…クレヨン使ったこと、無いの? 」






「 あぁ…手が汚れるからな。
 幼少時代は専ら色鉛筆を使っていた記憶しかない 」







「 クレヨンで描くとね、塗り方一つで色んな表現が出来るんだよ。
 ルシウスがクレヨンで描いたら…きっと綺麗な景色が広がるね。 」












ふわりと微笑んだは、淡い空色のクレヨンを掴んで、晴れ渡る空を真っ白いキャンバスに描き始める。
目の前で、幸せそうにクレヨンでキャンバスに命を点すを見ていると、心なしか、自分も描いて見たいと言う衝動に駆られる。
もう何年絵など描いていないのだろか。
幼少時代は仕方なしに描かされていただけであったけれど、今はあの頃とは真逆にも、描いて見たいとさえ思う。
さて、それなら何を描こうか、何が描けるのか、と頭を悩ませる。
この部屋から見える景色を忘れないように、と言ったの言葉が頭の中で蘇る。
その一瞬、頭を過ぎるある景色に…私は…












「 私も描いて見る気になった。
 一枚遣せ。 」












その言葉に驚いたように大きな瞳を更に大きく見開いたは、刹那に瞳を緩ませて、クレヨンを触っていた指をハンカチで綺麗に拭う。
見開き一枚分捲ると現われた真っ白なページに手を添えて、金の金具を労わる様にそっと切り離すと、それを私に渡した。
何色を使うのだろうか、と興味があるのか私がクレヨンに手を伸ばしている場面を見つめるに、少しばかり照れ臭い様な気持ちに苛まれる。












「 気に留めるな。
 お前は自分の絵を描けばいい 」












そう促して、一色のクレヨンを持ち去ると、の後ろで、静かに描き始める。
傍に有った大き目の絵画の額を裏返して組んだ足の上に置くと、初めて触るクレヨンの柔らかいようで硬い感触に仄かに笑みが漏れる。
纏わりつくような独特のクレヨンの成分を気に留めながらも、白いキャンバスに走らせれば、描かれる情景に、感嘆する。
指先の力一つ一つでこんなにも変化するクレヨンに興味を覚えるうちに、手を汚すという行為には更々興味が衰えていった。












どれだけ時間が過ぎたのかも定かではないけれど、気がつけば辺りは夕闇に包まれ始めていた。
ふと顔を上げれば、作品は完成できたのか、キャンバスの上に緑のクレヨンが転がっていて、その横では伏せるように寝息を立てながら夢の世界に入っているようだった。
ちらりと横目で見てやれば、真っ白だったキャンバスには、窓から見える景色が見事に表現されている。
気にも留めなかった部屋から見える当たり前と化した景色が、こんなにも綺麗で鮮明にの瞳には写っているのかと思えば、何だか申し訳ないような気分に苛まれる。
庭と空を基調に描かれたその風景の下には、クレヨンで書いた為か稚拙にも取れる字で、こう走り書きがされている。







− My Favorite Place and Lover Birth Place −






その文字に小さく苦笑して、私も黒いクレヨンで、自分の描いた絵にこう認める。







− Remenber Memory's Place −






と。
手にした黒いクレヨンと、先ほどまで使っていた真っ白なクレヨンをそっと箱に戻すと、そっと蓋を掛ける。
静寂の中に眠る愛しい恋人を抱き上げて、私は静かに寝室へと向かった。
残されたその部屋には、の描いた風景と、私が描いた風景だけが置かれていた。












真っ白いキャンバスに、真っ白のクレヨンだけで描いた風景。
一本真っ直ぐに引かれた水平線の下は、白で上塗りされて、その上を大小様々の不恰好な丸が浮遊する。
唯、それだけの絵画。
けれど、それは私とが初めて出会った雪原の情景で。
今でも色褪せる事の無いその景色、真っ白の中で出会った一人の幼い少女。
掛替えの無い出逢いをくれたその場所は、鮮麗に脳裏に焼きついて消え失せる事は無い。












私が”クレヨン”で何かを描いたのは、先にも後にもこの情景だけである。









□ あとがき □

クレヨン、書き難い題でした(苦笑)
稀城はクレヨンは余り好きではありません。
理由はルシウスと同じなのですが…同じような理由でコンテも苦手です。
何かの情景、絵を描くときは専ら4Bの鉛筆ですね(苦笑)
最近絵を描いてないなぁ…とスケッチブックを引っ張り出してきて、絵を描こうかと思っている稀城はやはり単純でしょう(爆)
因みに。
今は物凄い種類のクレヨンがあるのですね。
「 エメラルドグリーン 」「 バレンシアオレンジ 」「 オリーブグリーン 」
時代の移り変わりって…凄いですね(笑)



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