| 未だ夜の帳が落ち切らぬ薄暗闇に大空が包み込まれる時分。 地下に吸込まれている大木の根の様に根付いた荘厳な城に似た建物がゆっくりと地上に姿を見せれば、幾百人もの瞳がじっとその建物を見上げ、主の帰還を待ち 侘び感極まる様に皆足早に扉へと向って歩き出す。 不夜城の如く夜空に浮かび上がるかの城は、魔法界に於いて其の名を知らぬ存在は誰一人として居ないかのヴォルデモート卿が根城にしている中枢。闇路、と人 は呼ぶ。 一人、また独りとデス・イーター達が音も立てずに地を這う様にゆっくりと移動しながら厳かに開かれた門扉の前に立ち、主へ帰還の喜びを告げようと息を吸 う。今日は、主が予てから仔蠅の様に鬱陶しく思い、早々に消し去ろうとしていたマグル保護活動一派の資金源でもある、貴族の殲滅に成功した。 さぞや主もお喜びになるだろう。 デス・イーターの誰しもがそう思い、貌を覆い隠す仮面を取り去る。 一日地下に在り続けた居城、張り詰めた冷厳な空気のなか、居城内部デス・イーターの纏う外套の擦れる音しか聞こえないだろうと想像していた矢先、澄んだ子 どもの怒声が、ひとこと。 「だって私凄く楽しみにしてたんだよ!?私の梟が命がけでホグズミードから持ってきてくれたんだよ!? 其れを無断で………許せない 「お前のモノだと何処に書いて在った?私には安っぽいラベルしか見当たらなかったがな。人に取られたくなければ名前でも書いておくんだな」 「ひ…、開き直る気!?人のケーキ勝手に食べておいて…何が、『私は、マグルの次に甘いものが嫌いだ』よ!人の分のケーキまで食べる悪の帝王が何処に居る わけ!?」 「気晴らしだ、偶々私の部屋に在ったのが悪い。ケーキの一つや二つ、子どもじゃあるまいに、いい加減…」 「……………もういい、其れなら山のようなケーキ買ってきてくれるまで一言も口利かないから!!!」 堪忍袋の尾が一本ブチリと壮大な音を立てて焼き切れたと同時、荘厳な石造りの扉を思い切り蹴り飛ばす様にして閉められる音ががらんどうの玄関に響き渡り、 主であるヴォルデモート卿と其の愛しい子ども…基い、恋人との喧嘩の終始を見入り声を掛けそびれた従者達は、一斉一様に胸の前で十字を切りたくなった。 想像せずとも手に取る様に判る。薄紫の双眸に漆黒の絹髪を携えた主の恋人――――は小さな顔を河豚の様に大きく膨らませ、『例のあの人』と戦々恐々と されるヴォルデモート卿を睨み上げ、可愛らしい顔をふんっと背けたのだろう。 一方のヴォルデモート卿はたかがケーキ一つで機嫌を損ねた恋人に頭一つでも下げて謝れるような器量良しでも無い為、他の手段は何か無いものかと試行錯誤し ているのだろう。我が主人ながら…、とデス・イーターの誰しもが胸を痛めた。 そんな最中、主の代りにの機嫌を少しでも治めようと石礫が僅か落ちる扉の隙間からが消えた室内に堂々と入っていく。主と言えば、一瞬の沈黙を護っ た後に薄く笑みを浮かべた。そうして具に踵を返すと、茫然自失で立ち尽くす従者の小脇を、まるで銅像と擦違うかのように無表情無言で通り過ぎる。 「主様、ご報告が御座います。例のマグル保護活動家のシュナーク家を殲滅致しました。」 美麗な美貌には不似合いな隠者の表情を浮かべた従者、ルシウス・マルフォイが、水泡越しに聞く様な声で報告を告げれど、足を留める事無くヴォルデモートは 「そうか」と返した。 尚も外世界へと繋がる扉への轍を描くヴォルデモート卿の足取りに、ルシウスは秀麗な眉目を寄せて再び問う。 「主様、どちらへ」 「Knockturn Alley」 「でしたら、誰か従者を 「よい、偶に独りで月を見るのも悪くない。」 直ぐ、戻る。 黒を纏ったヴォルデモート卿は完全に落ち切った夜の帳に溶け込むように、消えた。 姿確認出来なくなるまで主を無言の侭見送った従者は、皆一様に居城へと入 る。光りを嫌うヴォルデモートが掛けた魔法燭台が作り出す、薄白い燈火の下で見る大理石の柱はとても美しく、何度見ても飽きが来ない。今宵は満月、天窓か ら黄金の薄が夜天に波打つ。 ゆっくりと其れを見上げたルシウスは、 「まさか、本気でケーキを何十個も買ってくる訳では…」 深々と拡がる夜天色の静寂と、琥珀色の球体。仄暗く、冷やりと、夜気を引き連れて天球に佇む姿を視界に映しながらら、如何か主が間違った気だけは起こさぬ 様にと振り仰いだ。 Many Happy Returns ![]() 宵闇、人目を憚る様に漆黒のローブで全身を包み込んだ人間が蔓延して居た所で、誰も不審 に思わず見て見ぬ不利をするのがノクターン横丁。擦違う人がかのヴォルデモート卿で在る事を知る由も無い人々は、其れでもヴォルデモート卿から発せられる 凄絶な魔力に気圧され、彼の行く先を阻もうと云う据えた根性のある輩は誰一人として居なかった。 深夜に為れば為るほど混み合うこの場所で自然と出来る道筋、其れを好意と素直に受け取ったヴォルデモートは、深夜とは言え一通りの面構えを備える様々な闇 ショップに混じって、あの子どもが好きそうな菓子やらケーキ やらを売る店は無いだろうかと月夜の散策を始める。 さて、何を土産に帰ればあの子どもは喜ぶだろうか。 子どもだと言えば真っ赤な顔して怒り、直ぐに機嫌を損ねては甘い菓子の一つでころりと機嫌を直す風体は、まるで子どもじゃないかと常々思う。まぁその子ど もに終始振り回され、こうして深夜に独りケーキ屋を探しているのだから、私とて人の事は言えまいが。 行く宛も見付らぬまま徒然に歩を進めれば、見知った煉瓦造りの小屋が眼に留まり、色とりどりに咲き綻ぶ艶やかな切花が視界を被った。 「久しいな、此処へ来るのは何ヶ月振りか」 最後に来たのは…そう、側近の従者が婚姻の契りを結んだ際に、『お花贈ってあげようよ』と言ったの言葉に同調した際だ。あの時はどの花が婚姻に向いて いるとか居ないとか、季節柄だとか色合いだとか、一切判らず店主に適当に見繕って貰った気がする。 思いながら見詰めたシースルーに似た魔法幕に包まれたウィンドウの中には、色彩形影豊かな華々が絢爛さを競うかの様に、艶かしい姿や可愛らしい振る舞いで 鑑賞者 の瞳を誘っている。 艶やかに嬌を振りまく気位の高い様華、一種のまほろばに似た泡沫の美しさを持つ様な華、人の手を借りずとも大地に直接根を張る天衣無縫の様な華もある。 値札と云う低俗な標が無いだけに、大方どれをとっても多少は値が張るのだろう。挙げれば其れこそキリの無い中で、そういえば昔が好きだという花の名前 を聞いた事が有った様な無かった様な気がした。 曖昧な記憶を呼び起こそうと、店内にある花と名を一つずつ視界に入れれば、様々な華が独自の方法で誘い掛けるように見詰めているようで、花特有の強かさを 感じずにいられない。 さて、どれだったか。黒い髪を頬にはらりと落とし、紅蓮の双眸眇めながら選定するように熱心に花を見詰めるヴォルデモートに、歳を召した老女が折れた腰を 戻しながら声を掛けた。 「今日はどちら様に差し上げる花をお探しでしょう。」 にっこりと微笑みながら慇懃に一礼した老女は、相手がヴォルデモートだと直ぐに気が付いたようで、彼が良く献花に捧げる白百合を手に取る。違う、と一瞥で 制すると、老女はやんわりと問い直す。 「珍しいですね、貴方様が献花以外の花を召されるなど」 「…いや、私は華を買いに来た訳では無い。」 きっぱりと否定の言葉を述べれば、老女は驚いた様に瞳を見開いた。花屋に来て花を買う以外に花を見る…曰く、かのヴォルデモート卿が、贈る宛の無い花を愛 でに来たのだと知れ渡れば、一体何人のデス・イーターが腰を抜かす事だろうか。彼等の遠くない未来を想像し脳 裏に描きながら、老女は目尻の皺を更に深く刻み込ませて微笑んだ。 「残念で御座います。貴方様に花を贈られる女性は、さぞや幸せなことでしょうに」 「ケーキを買って来いと言われたにも関わらず、食えぬ花を買って帰ったら、それこそ私は城を叩き出される。」 「まぁ、貴方様に花を贈られて叩き出すお方が…!わたくしも是非一度、お逢いしてみたいですこと」 「止めておけ、気も強ければ口ばかりが達者で据え所無く可愛げのない18歳の子どもだ。」 「…その子どもに、お惹かれになったのですね。」 咎める訳でも無く冷かしや冷遇する訳でも無く、老女は柔らかな微笑を浮かべる。 何とも返答し辛い会話内容にヴォルデモートが沈黙を守れば、老女は愉しげな笑みを目の際と口許に刻み、「あぁそういえば」と何かを思い出した様に杖を一つ 振る。 店内の奥からふわりと白いボックスが浮かび上がりながら此方へと向かい、老女の手の上にすとんと着地する。 掌に乗る程度の小さな白いボックスを、老女は恭しい仕草で開き、ヴォルデモート卿へ差しだした。 「………蘭のクッキー?」 「左様でございます。 先ほど姪に作った私の手作りでみすぼらしいのですが、貴方様の大切な方の機嫌が少しでも静まって下されば。 ノクターン横丁の菓子屋はもう全て閉店してしまいました。ケーキでは無く申し訳有りませんが。」 「………………………」 他人から好意で貰った品を無下に突っ返す事等幾度と無く繰返してきたヴォルデモートであったが、白いボックスの中から仄かに馨る高貴な蘭の花、其れが混じ られたクッキーに少なからず興味を抱いた。砂糖を入り塗したような如何にも甘味がかった香りではなく、艶めいた蘭の香りが鼻腔を擽れば、必然と味を試して みたくも為ると言うもの。 この老女は、夜半過ぎ頃からはこうして生花を売っているが、夜はダイアゴン横丁で定食屋を営んでいるため、味の保証は確定済み。だが、何と言って受け取れ ば良い。無言の侭受け取るわけにも行かず、暫し悩んでいれば、老女が申し訳無さそうに破顔した。 「差し出がましい事を致しました。残り物を貴方様に差し出すなど 悲しげに沈む声。皺枯れた瞼に覆われた瞳が今にも雫を零しそうに潤み、差し出した手を引き戻そうとした矢先、確かに感じたあの子どもの香り、出来すぎた偶 然に失笑した。 「ちょっとヴォルデモート!人様から好意で頂いた品物を受け取らないのは人間失格だって教えて貰わなかった!?」 深夜とは言え夏の熱い乾いた風に見事な黒髪を棚引かせ、数人のデス・イーターと同じ様に漆黒の外套を纏った小さな少女―――は、赤煉瓦造りの小屋の前 で立ち尽くすヴォルデモートを指差さん勢いで咎めた。 「…あら、まぁ………」 驚いたのは老女である。 突然一陣の風と共に、文字通り舞い出でた華奢な少女は、外套のフードを面倒そうに引き剥がし、端麗な容姿に幾つも青筋を立ててヴォルデモートに詰め寄っ た。 清冽な表情を崩す事の無かったヴォルデモート卿をちらりと視界の端に入れ、其れから薄く笑った。永きを生き過ぎた老人の様な眼差しでかのヴォルデモート卿 に対して侮蔑に近い暴言を吐いた少女を見詰め、視線を戻すようにヴォルデモート卿を見る。 呆れたように表情を崩したヴォルデモートは老女の手から白いボックスを掴み挙げると、傍まで歩いてきたにずいと差し出した。 「お前に、遣るそうだ。」 「……蘭のクッキー!?え、これ若しかしてお婆さんの手作り?私にくれるの?有難う!」 会話をする気など微塵も無い様、浮雲の様にポンポンと言葉を紡いだは白いボックスからクッキーを一つ掴み挙げ小さな口へ入れては頬張り、白磁の頬を和 らげて舌鼓を打った。 「凄く美味しい、有難う、お婆さん」とまるで孫娘に近い歳の子どもからの賛美に気を良くした老女は、硝子ケースの中から一輪の花を手折り、花模様を散らし たの簪の上に静かに差し込む。 夕暮れに似た茜色の百合に似た花、もヴォルデモートも名など知る由名も無いが、老女は敢えて名を伏せる様に花の名前を告げずに居た。淡く透通りそうな 薄紫の瞳、夜の帳の様な漆黒の艶髪、存在を欠く様に薄花の花弁は僅かに綻んで薄っすら影を落とし、まるでエカルラートのようだ。 「帰るぞ、用事は済んだだろう」 先程までを見詰めていたヴォルデモートから、冷厳な響きが聞こえ、其の声の余りの冷たさに驚いた様に老女が狼狽の色を浮かべるが、当のは気にする 素振りなど一切無く無理矢理抱き上げられた事に不機嫌になりながらも大人しく腕に抱かれている。 外套を翻し、音も無く現れた時と同じ様ゆっくりと消え行くヴォルデモート卿の肩越し、は老女に小さく手を振り、「今度は明るい時にお邪魔します」と頭 を下げた。そんなに、逆に深々とこうべを垂れ慇懃に一礼した老女は、側近の男に数枚の硬貨を渡されるもやんわりと拒絶する。 独りまた一人と暗闇に沈むデス・イーター達を全て見送り、今日はもう客は来ないだろうと軒を下した。 「おやまぁ」 硝子ケースの脇、確かに30本近く在った筈の薔薇の切花が一本残らず跡形無く消え、代りとでも言う様に薔薇30本どころか300本は買えるだろう代価が鎮 座しているのを見つけた老女は、酷く不器用で素直とは程遠い彼の去った小道を見据え、嬉しそうに微笑んだ。 カツカツと大理石を踏む硬質な靴音が止み、閉められた扉の音と共にベットの上に投げ落とされたが抗議の声をあげる前に、上から柔らかな薔薇の花束が 降って来た。 「思い出した、お前は"Many Happy Returns"が好きだったのだ、と」 ヴォルデモート卿の掌がの頬を優しく撫ぜ、慈しむ様に見詰めれば、紫紺の瞳は擽ぐったそうに瞬いた。 「だって素敵な名前じゃない?薔薇の品種には疎いけど、この種類の薔薇は名前も馨りも色味も全部好き」 甘く柔らかく落とされた玲瓏な声が空気を揺るがす。 白い肌に映える桜色の唇がゆっくりと象る微笑みは、灯かりを僅かに灯しただけの暗闇に暗い影を伴って描かれた。 見るものが見れば背筋を震わせるだろう冷たく見える恍惚とした妖艶な微笑は、舞い落ちる花弁によって鮮明に引き立てられる。 「私、幸せだよ、ヴォルデモート」 「そうか」 「そう。だから多くの人が嘆き悲しみ悲嘆にくれ貴方への復讐心を滾らせようとも、私は願うの。」 抱すくめる様に背後から抱き締めた反動で、ベットの上の薔薇が儚く散る。 愛していると告げた言葉が、舞い上がる薔薇の花弁に溶け消えた宵闇、静かに僅かな星屑の様な光りだけが引き立てていた。 [ Back ] (C) 2002-7 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2007/4/10 |