先日講義を受けたばかりのマグル学で、マグルの世界には7月7日に七夕と呼ばれる行事がある事を知ったは、脳独り動く階段を上って独りの男を探してい た。
トム・マールヴォロ・リドル。彼は、かの崇高なサラザール・スリザリンの血を継ぐ母親とマグルの父親の間に生まれた。
彼に聞けば、七夕に関する詳しい話でも聞けるかもしれない。そんな単純な理由から、静謐な図書館で優等生面を貼り付けて勤勉に文献を読み漁るトムに聞け ば、ポーカーフェイスを掻き崩し、訝しげな表情を見せた。


「僕にマグルの話をさせるなんて、本当、良い度胸だよね、

トムは目を細め、冷酷な笑みを浮かべる。
パタリと業とらしく音を立てて閉じられた本がローテーブルの上に置かれ、無造作に置き捨てた侭のローブを手に取り、トムが立ち上がる。


「良く言うよ、その良い度胸した女を恋人にしたのは何処のどなたでしたっけ?」

臆する事無く、呆れた表情を貼り付け、玻璃の様な紫の瞳で一瞥する。
澱み無い真直ぐな邪気の様な心地良い視線に、トムは穏やかに微笑んで、エスコートする様にの細い腰に腕を回すと廊下を歩き始めた。
途中は様々な色のタイをした女子生徒から嫉視と羨望の視線を浴び、対するトムは様々な色のタイを締める男子生徒からの苛烈な視線を受け続けていた。ス リザリン寮監督生であるトムと、グリフィンドール寮監督生であるのカップルは、様々な意味で他の生徒からの注目を浴びる存在である。

-------------------で、は何を願うの?」

影で密やかに囁かれる小言に耳を傾ける事無く、七夕と言えば必ずと言って良いほど話に持ち上がる『笹の葉に似せた短冊に願い事を書くと叶う』と云う、子供 騙しの様な慣わしを教授した。
もしも、本当に世界に『かみさま』と呼ばれる存在が居て、一年に一度短冊に書いた願い事を叶えてくれるのだとすれば一体君は何を願うのか。寝所へ向かう最 中、戯れにトムが尋ねてみた。

所詮、ホグズミードに行ける年齢を1歳繰り下げろだとか、ホグワーツで主席になるとか、クィディッチの選手になりたいだとか、有り触れた願いが口から吐い て出るものだと思っていた。


「そう、だな…証が欲しいな、トムが私を認めてくれる証、が。」


少し考えたあと、そう言って、は笑った。
屈託無く微笑んだ其の笑顔に、普段グリフィンドール寮監督生を演じ切っている優等生の顔から、独りの少女に立ち戻った様で、トムは心の奥がズキリと痛む。
トムと同じ様に寮監督生を優等生面を貼り付けて演じ切っているは未だ、2年生。一緒に居れば清廉で明晰な頭脳を誇るをまるで同じ学年か其れ以 上に思えて仕方ない。だが現実は、トムの4つも歳が下の、女とは到底言えない子ども。





-----------------神に願わずとも証なんて、あげるよ、幾らでも。君の全てを僕にくれるのなら、交換条件 で。





空に幾数多の銀色に煌く塵の様な星が連なり一つの河を作り上げ、人がつくりし寓話に人々が翻弄され一つの願いを空に打ち上げる、7月7日の夜だっ た。








センチメンタルネビュラ









(あー…今日が土曜日で良かった、『私は絶対に一日を不毛に過ごす』に100ガリオン賭 ける)


柔らかく射し込んで来る自然の太陽の温もりで眼が覚めたは、昨日の情事の重たい名残を身体に這い蹲らせた侭、ゆっくりと起き上がった。サイドテーブル に置かれた時計を見れば、時刻は既に昼を回ろうとしている。
一体何時にベットに入って、何時に眠れたのか一切憶えていなかった。
紅い花が所々に散った身体をシーツで包み、ベットから起き上がる。ギシリと鳴る重みは一人分、片割れは既にこの部屋を出て昼食にでも向かったのだろうか。

倦怠感と疲労感に押し潰されそうな身体を叱咤して制服を着ようと部屋を見回せば、昨夜トムに剥ぎ取られた筈の制服が壁際のスロープに掛けられ、シャツには アイロンが当てられていた。


(……何処の若奥様よ、アンタは。)

溜息が零れそうに為るが、相反しての表情は酷く穏やかなものだった。
例え魔法一つ唱えるだけの簡単なものだったとしても、との情事の後、トムは必ずが起きる前にの衣服を綺麗に整え置いてくれる。
其れだけではない。次は此処に、とが部屋の中央に置かれたテーブルに視線を移せば、の好きな果物とブルーベリーティーが添えられている。一体何処 まで甲斐甲斐しいんだ、あのフェミニスト男は、と嘆息したくも為るが別に持成しを受けるのは嫌いではないため、本人に言った試しは未だ嘗て一度も無い。
他の女性に如何しているのかは知らないけれど、トムがに見せるこう云う優しさを満喫しても尚許される存在と言うものは酷く居心地が良い、と常日頃思 う。


(あ、若しかしたらホグズミードに行ってるのかも…)


素肌の上にシャツを一枚羽織っただけのはしたない恰好で、は有り難く果物に手を伸ばし、乾いた咽喉をブルーベリーティーで潤す。
グリフィンドール寮監督生、傍から見れば生真面目で通っているが、恋人の部屋で一夜を過ごし寝起きの姿にシャツを羽織っただけで軽い朝食を食べている 等と誰が想像するだろう。
そんな姿を一般生徒が見れば、其れこそ落胆と失望と嫉視侮蔑の対象に切り替わる。だが、この部屋は主、トム・マールヴォロ・リドルは部屋に特注の魔法錠を 施し、トム以外の人間には外側からは決して開かない造りに為っている為そんな野暮な事を案じる必要も無い。

悠々自適でのんびりとクランベリーに手を伸ばしたは、ふと普段と異なるものを机の上に認めた。


(…紙……と、鍵?)


--------おはよう、。監督生室で仕事があるから先に行ってるね、起きて朝食を食べたら鍵掛けて、おいで。-------


渓流の水面の様に流麗な文字で認められた短い手紙と共に、小さく歪な形状の銀色の鍵が置かれていた。
果物が入れられた籐籠の裏に存在を隠す様に置かれて居る其れは、が視線を横にずらした処で気付かれるような代物でも無く、籠の中に並べられた果物が体 積を増し籠の縁から果物が上部へ突き出なくならない限りは見付けられない。


(私が食欲無かったら如何するつもりだったんだろう)


手紙と部屋の鍵なら、もっと眼に付く場所に予め置いて置けば良いのに、態々『見付けてくれなくても別に問題ない』様な風体で置き去りにしたのだろう。何時 もならばトムが外側から施錠をして出掛けると言うのに、何で今日に限って鍵を置いていったりしたんだろう。

考えれば考えるほど、益々以って意味が不明。
トムらしい書体で残された手紙を綺麗に四つに折りポケットへ仕舞いこむと、制服を着込みローブを羽織って、はブルーベリーティーを飲み干した。
錠を落とし、部屋を出れば灼熱の太陽を髣髴とさせる痛々しい陽射しに眼を眇め、深い群青に似た濃蒼の空を見上げて監督生室へと気怠い身体を押して向かっ た。





「おはよう、相変わらず不機嫌そうだね、


誰の所為だと思っているのよ、言い掛けた言葉は咽喉奥に沈殿した。
剣呑に開いた扉の先、刺し込む陽射しを遮断する様に引かれたカーテンによって作り上げられた無彩にも等しい光景の中、辞書程もある量の羊皮紙を書連ねて居 るトムの、手の動きに伴って揺れる漆黒の束が鮮やかに目を惹いた。
が後ろ手に扉を閉めると、「グリフィンドール寮の日誌も用意しておいたよ」と文句の付け様の無い笑みを以って言われれば、悪態の一つも吐きたくなる。
確かに元気良く活発に動けるほど体力が回復している訳では無いが、折角の晴天の土曜日。遣りたい事などいっぱいあると言うのに如何してこんな閉め切った部 屋で監督生日誌を書かなければ為らないのだろう。

トムの真横に置かれたGryffindorと金で箔押しされた日誌を魔法で手繰り寄せる。


「お生憎様、私はトムに鍵を返しに来ただけだから。」
「……鍵?」
「鍵掛けてって言ってたでしょ? …って言うかね、トム。置手紙するならもっと判り易いところに置いてよ、危うく見逃すところだったんだから。」


徐に手を差し入れたローブのポケットから、掌にすっぽりと隠れて仕舞う小さな銀の鍵を取り出したは、「置いた事すら忘れたの」と誇示する様に鍵を揺ら 揺らと動かした。
光りに色味の無い室内。僅かに進入してきた太陽の恩恵を受けて銀の鍵が余る所無く映し出される様に光りを反射した。取りに来ないトムに痺れを切らした が、小さな鍵をトムに向かって投げようとした矢先、トムは羽ペンを置いて両手を顔面の前で組んだ。

如何やら理解していないみたいだね。

そっとトムは紅蓮の双眸を眇める。 普段そうするよう、酷く柔らかに。
幾ばくか離れたその位置から、不機嫌指数が上昇しつつあるに声を投げる。


「其れ、特注品なんだ。この間ホグズミードに行った時に発注したものなんだけど…150ガリオン位したかな?」
「へぇ、そう。じゃあ失くさない様に気を付けてね。」


投げ渡そうと思った小さな鍵の付加価値を知ったは、掌の中に包み込むと、傷を付けずに手渡そうと態々トムの眼前まで歩いた。
鍵の上方を指先で掴み、トムの掌に落とそうとすれど、一向に手を差し出す様子の無いトムには知らず知らずに眉間に皺を作り上げた。150ガリオンもす る鍵を投げ置いても構わない、という暗黙の返答なのだろうか。
為らば、と広げられた羊皮紙の上に置こうとすれば、トムの右手に制止される。一体何なのだ、と溜息を吐きかければ、


------------------此れは君のだよ、。」

波響にも濁らず、低音が張り良く大気を振動させる。
受け取る事すら拒否出来ない様、柔らかく微笑んでトムは首を傾げた。受け取ってくれぬのだろうか、そんな思いを乗せた様な仕草に、は呆れた様に苦笑し て、告げる。


「私の記憶が正しければ…トム、こう云うの嫌いじゃ無かったっけ?」
「嫌いだよ、誰かに縛られるなんて面倒な事、大嫌いさ。でも、君になら良いよ、


くつくつと笑み声を零し、トムが答える。
呆気に取られるを尻目に、更に極め付けとばかり、

「返されても困るよ?が丁度昨日、星に祈ったばかりなんだから-----------------

そうだった、とが昨日悪戯交じりに答えた願いを思い出した。
お互い各々の寮監督生、監督生室で顔を付き合わせる事も数え切れないほど、そうでなくとも世間に露見した恋人同士なのだ。トムの自室に入り込む事など何の 画策も必要ない。だからこそ、何故トムが鍵を必要とするのかが判らず、如何して部屋の鍵を自分に渡すのかも判らなかった。
此れからホグワーツに居る間中、トムの部屋から出る時に使われるのだろうか、この無駄に150ガリオンもする銀の鍵は。そんなことの為に150ガリオンも 掛けて鍵を作ったのだろうか、この男は。そんなもの、紛い物の魔法で造った錠で充分だと云うのに。
鍵を渡すと云う行為即ち、相手のプライベートに侵入しても良いと認められる証だ。
そう考えれば、泣きたいような、でも笑いたいような、そんな困惑にも似た心地に為った。

だから無下に突っ返す訳にも行かず、トムの眼前に突き出した鍵を無言の侭ローブのポケットに仕舞いこんだ。




「そうだ、トムは何を星に祈ったの?もう一日経ったから時効でしょ?」

戸惑いと嬉しさを打ち消すようにそう問うて、だから『人に教えたら叶わない』なんて子どもみたいな嘘を吐いても無駄だよ、とは笑った。
一呼吸置いて、トムは柔らかい苦笑交じりにこう返す。


--------------------が、僕の渡す『証』を受け取るように。



7月7日の夜、ホグワーツの空で祈りを捧げた二人にかみさまが願いを叶えたのか、其れとも願わずに叶った陳腐な望みだったかは誰も知らない。

























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(こう云うリドルとヒロインは書いていて楽しいです。反発するマイナスとプラスみたいで)
(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/7/8