出来れば関わりたくは無かった。先に在るものが"別れ"だと知っていたから、敢えて自分から近付く事をしなかった。
人に誇れる物なんて一つも無いし、監督生でも無ければ頭脳明晰の秀才でもないし、クィディッチの選手でも無ければ、才色兼備でも無い。
何処にでも居る様な、ふっと視線を逸らせば大勢居るような生徒の中に埋もれてしまうのが眼に見えているほど希薄な存在。
別に其れ以上の存在に為る事も望まなかったし、彼の眼に映る様な自分に為りたかった訳でも無かったから、私は彼を取り巻く女の子の群れに混じる事無く淡々 と日々を生きてきた。


元来寮と学年が違うのだ、自ら望んで行動を起こさぬ限り、出逢いが為される事など無い。




-------------------------無い、筈だった、昨日までは。






パーフェクトブルー









今日も例外無く蒼穹が広がる。私の日課は、ホグワーツの屋上に登って飽く事無く空を見上 げること。
満足げに笑んでから、箒を呼び寄せクィディッチ競技場丘上から一気に上昇気流に身を任せて巨大な湖上の様な佇まいのホグワーツ天辺に舞い上がると、柵や支 えなんて無い屋根の一 角に無造作に腰を落して、空からの風に髪を靡かせていた。
特に遣る事も無く、悔恨する様に蒼い空だけを写し込んで溜息を吐けば、酷く珍しいモノを真下に見付ける。


「あーぁ、可哀相に。今日も逃げてるんだろーか」

クィディッチの試合で箒に跨り颯爽と大空を駆け抜けながらスニッチを掴む姿は何度も見掛けているけれど、彼が走るところ等一度も見たこと事など無い。寧 ろ、自己中心的勝手な想像で、彼……スリザリンの貴公子、トム・マールヴォロ・リドルが走るなんて有り得ないと思っていたのだ。

だから遥か下方で濃い夜色の髪を風に靡かせながら走っているリドルを見付けて驚き、リドルの遥か後方、約100M後ろの角を曲ろうとしている女子生徒の群 れを見て納得した。様々な色のタイと様々な種類の女の子が必死に彼を追っている。

如何遣って撒くんだろうか、些細な興味から暫く下方を見詰めていれば、ふとリドルが上を見上げた。
まさか誰かが自分を視ているとは思っても居なかったのだろうリドルは一瞬驚いたような顔をしたが、其れ以上に吃驚したのはの方だ。何百Mはあろうかと 云う高さのホグワーツの上に登り、興味本位で見詰めていた自分を見付けたリドルは画策でも思いついた様に紅蓮の双眸を眇め、自身の箒を呼び寄せ飛び乗る と、女子生徒が角を曲る其の瞬間に空高く舞い上がっていた。

「…え?」

嘆息を飲み込み、前方に目を遣る。要した時間は一瞬、流石はスリザリンのシーカー。蒼い空と橙の太陽を背に、空から降り注ぐ光を浴びて無数の宝石のように 煌く髪を其の侭に、リドルがと対峙していた。
リドルは広大なホグワーツの中庭を走っていた真っ只中だと云うに息を あがらせる気配無く、何時も女子生徒に向けている柔らかな笑みを真っ直ぐにに向け、

「追われているんだ。暫く、匿ってくれる?」
「え、あ……こんな場所で良ければどうぞ」
「ありがとう、
「如何して、私の名前……」
「グリフィンドール3年、。得意教科は意外にも魔法薬学。あの魔法薬学教授を唸らせる程の才能に満ちたレポートを書くことで、一部の人間には君は 有名だ。一度君のレポートを僕も見てみたいと思っていたんだ。」

微笑を浮かべる優雅な表情に、は見蕩れた。此れが女子生徒の心を鷲掴みにして離さないスリザリンの貴公子の秀麗な笑みだ。
呆気に取られるを余所に、リドルはの隣に座ると何事も無かった様に真正面の空を仰いだ。見事な青空だ、そう呟いたリドルの独り言など、の耳に は届いていなかった。

「ねぇねぇトムは何処に行ったのかしら」「消えたの?」「まさか、ポートキーなんてこの辺には無いわよ」と女子生徒が眼下で慌てているにも関わらず、我関 せずといった風体で涼しい顔をしている。意外だ、彼は何時でも女子生徒に優しく拒絶することなんて無いと思っていたのに。



「隠れてしまって大丈夫なんですか?」

隣から掛かる声にゆっくりとリドルが瞼を上げる。橙を見詰めた侭此方を向こうとしないに映らぬ自分の顔、今は好都合だと思った。

「大丈夫だよ。僕も偶には息抜きしないと、あれにばかり構っていると僕が壊れてしまう」

酷い科白を言っていると云うのに、リドルは冗談でも話している様に柔らかな笑みを絶やさないまま。
特にとの会話を望んでいる訳でも無いのだろう、リドルが何も語らないからも口を閉ざした侭空を見詰めていた。水平線と見間違う程に酷く綺麗に晴れ 渡った空。棚引く雲なんて一つも無くて、正にパーフェクトブルーだ。




「君は何時も此処で空を見ているの?」

破られた沈黙は突然だった。話し掛けられた事に驚いたが隣を見れば、リドルが目を細めて、視線を向ける。
額に散った暗い髪をかきあげながら、吹き込んで来る春の香りする風に柔らかく表情を和らげて、リドルは真っ直ぐにを見た。
普段は自分から喋り掛ける事を好まないスリザリンの王子様。そんな植え付けられたイメージが一気に崩落する。リドルが他人に進んで感情を見せる事など珍し い。

「えぇ、見てます。此処は誰にも邪魔されない場所だから。」
「失念だったよ、君が此処に居るならもう少し早く気付くべきだった。」


え、今なんと?
脳裏に浮かんだ疑問符に答を返す前、リドルは落ち着けた腰を擡げると、返したばかりの箒を呼び寄せてひらりと空を舞った。翻る漆黒のローブ、さらりと流れ 落ちる夜色の髪、真っ直ぐに此方を見詰める紅蓮の双眸。
だが直ぐに、「トムぅ、何処ぉ、もう喧嘩しないから出てきてーっ!」と下方の方から聞こえる騒ぎに眉を顰める。甲高い女子生徒のヒステリック染みた声は、 静寂に包まれたホグワーツに厭味なほど良く響いた。
蒼穹に囲まれた厳正な空気を割く様に鳴り響く悲鳴染みた嬌声に、リドルの表情は徐々に険しく重いものになる。此れ以上此処に居続けたら時間と共に比例して 声は大きく内容は酷いものになるだろう。
判っていたからこそ、リドルは箒を手にして空へと舞い上がったのだ。

「次は独りで此処へ来るよ。君と最高の空を見ながら、他愛無い世間話でも。如何かな、


如何かな、そう聞いておきながらが一瞬伏せた瞼が上がる頃には其処にリドルの姿は無く、数名の感極まった黄色い声に混じって空気に溶ける様な、先程ま で隣から聞こえていた声がする。
あぁ、もう行ってしまったんだ、返事も聞かずに。
痛む心と後悔する理性、そうしてあのリドルと知り合えた事に悦ぶ心が在った。
下方のリドルは女子生徒から、待ち焦がれた様に我先にとリドルに抱き着いたり首に腕を回した り口付けを強請ったりと、熱烈な歓迎を受けている。其れに訳隔てなく平等に作り笑いの様な柔らかい笑みを与えながら、ゆっくりと大聖堂の方へと足を進めて いた。



「勿論、お待ちしております、スリザリンの貴公子」

聞こえる筈等無いと判っていながら、去り行くリドルの背に向かって小さく呟けば、恰も声が届いたかのようにリドルがゆっくりと上を見上げ秀麗な顔に薄く笑 みを浮かべた。まるで答えを聞かずとも判っていた様な、策士の笑み。
取り巻きの女の子達はリドルが何処を向いているのか然して興味が無いのか気付いていないのか、しきりに話し掛け続けている。
驚いたが其れでも見送る様に小さく手を振れば、振り返す様に紅蓮 の双眸を細められ、視線を元に戻してリドルは去って行った。



明日、リドルにもう一度逢えるだろうか。
思い馳せながら、真正面を見据える。其処に在るは、雲ひとつ無く晴れ渡るパーフェクトブルー。


この完璧な蒼い空の下、二人は、出逢った。

























(リドル@スリザリンのシーカーは捏造です。…多分。)

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