Person on duty early morning








忙しない朝の雑踏。
朝食の時間に間に合わず、殆ど毎日朝食抜きで講義を受けるほど低血圧で有名だったの姿を、最近大広間で見つける様になった生徒は多い。ホグワーツに入学 してきた時は1限目を棒に振って担当教師に絞られる事も少なく、朝が苦手だと言っていたが朝食の時間に間に合っていると云う事、其れ事態が可笑しいと 言えば可笑しいことなのだが、其れ以前に朝食に姿を見せるように なったは普段と変わらぬ麗姿の侭。

夜の帳が流れ落ちてきた様な見事な珠塗りの長い髪を真っ直ぐに背に垂らし、眠気など微塵も感じさせない硝子球の様な薄紫の瞳は酷く穏やかな色を浮かべてい る。

「 でね、結局昨日は布団の中で、梟便で送られてきた"週刊魔女の文庫"の文学作品賞を読み耽っちゃったよ。 」
「 あ、私も其れは読んだわ、ラストが凄く泣けるのよね。 」

隣に置いたハーマイオニーと仲良く歓談しながら、は桜色の口唇を湿らす香ばしい滴を求め、珈琲カップを傾けた。
基本的に朝食時には好きな飲み物を飲んでも良いとされているため、は眠気を醒ます役割も込めて、粗く挽いた珈琲をブラックで呑んでいた。
話に花が咲きすぎたのか、視線を投げた器の中身が空になっていることに気が付いたは、ゆっくりと租借しているハーマイオニーに言う。

「 私もう行くわ。 次の魔法薬学の講義でね。 」
そう言うと、自分の朝食の8割を残しては席を立つ。

「 あれ、、もう行っちゃうの? 」
「 うん、ちょっと用事が有るから、また後でね。 」
パンを口に含んだ侭通り過ぎるにハリーが声を投げてもは立止まる事無く、少し慌てた素振りで大広間を後にした。

最初に異変に気付いたのは、何時も共に寝起きしている同室のハーマイオニーである。
ある日の晩、何時もの様に他愛無い話で深夜を越えようかと言う頃合、何時もなら「もう少し」と懇願するが、別の懇願をしてきた。
「明日貴女が起きる時間に私を起こして欲しい、どんな手段を使っても構わないから」
言葉に、ハーマイオニーは困った。普段ハーマイオニーは一応、自分が起きるときににも声を掛けているつもりでは居た。勿論其れに本人が気付いていない だけであるが。だから今更起こしてくれと頼まれたところで、普段起きてないのだ、起こさせる自信が無い。
どんな手段を講じても構わない、其れはある意味で非常に有り難い言葉ではあるが、一方で如何なる手段を以ってしてでも起こさねば為らない責任が生じるとい うことだ。
背に冷たい汗を掻きながらも朝を迎え、超特大の吼え目覚まし時計を鳴らしてやれば(勿論ハーマイオニーは耳栓済)、意外にもは一発で目を覚ました。

あれだけ低血圧で朝起きなかったの心中に一体何が起きたのか、薄々感づいていたハーマイオニーは人差し指を唇に付け、"知らない振りをしていましょ う?"そう、ロンとハリーに言った。


切れ長の双眸と相俟って涼しげな印象を醸し出している黒眉を顰めつつ、 は誰も居ない廊下を早足で温室へ向っていた。
勿論としては、捲れるスカートの裾も構う事無く疾走しても良かったのだが、出来ない理由が在る。


「 条件が三つある。 一つ目、朝食をきちんと食べること。二つ目、廊下を走らないこと。三つ目、朝七時三十分までに温室に来ること。 --------------以 上だ。 」


「 遅れました、スネイプ教授! 」
「 構わん、我輩も今来たところだ。 今日はヒロハセネガの植え替えを手伝って貰う。 要領は何時もと同じだ。 」
「 はい、判りました。 」

が駆け込んだ温室の先には、全身で墨を被った様な黒い外套を身に纏い、朝から不機嫌オーラ全開のセブルス・スネイプが仁王立ちでヒロハセネガの鉢を 持っていた。
朝露に濡れる温室の土の上にしゃがみ込む様な形で座り込んだは、自室から用意してきた簪で背に垂らした髪を一つに結い上げると、ヒロハセネガの鉢から 苗を片っ端から引き抜いて畑の畦に均等に植え直していく。

会話がある訳でも、此れといったノルマがある訳でもなく、とスネイプは互いに一定の距離を保った侭静寂の中に身を置いて只管に作業をこなした。

ハーマイオニーが云うところの"変わった"というのは、実はこの為である。
敵対するグリフィンドールの生徒がスリザリン寮監督の手伝いをすると言うのは傍から見れば、罰ゲームか何かを遣らかした仕置きであるか、嫌がらせのどれか しかない。だがは、スネイプから直々にこの提案をされた時、両手を挙げて叫び出したい位に喜んだ。恋人であるスネイプと、朝から逢えるなんて此れ以上 の喜びは無い。


「 そろそろ時間だ。 戻ろうか。 」
「 はい、でも未だ半分くらい残ってしまってますね。 」
「 続きは明日で構わない。 」
「 判りまし………さぶっ! 」

温室に鍵を落とし、一歩外に出た途端真横から強く吹き込んできた風に身体を煽られる。纏ったローブさえも引き剥がされそうな威力を持つ北風に身体を強張ら せれば、酷く呆れた声が降って来た。

「 …寒いのかね、それだけ雪だるまの様に服を着込んでいるにも関わらず。 」
「 だって未だ雪降ってるんですよ? さぶいに決まってるじゃないですか! 」

あぁ寒い、喋ると口の中が寒い、と独り言の様に呟きながら両手で両腕を摩擦しながら引き腰で歩くの姿にスネイプは苦い笑いを押し殺した。

「 そんなに寒いものかね。 冬だ、仕方の無いことだろう。 」
「 冬とは言え、寒いもんは寒いんですー。 あぁ、人肌が恋しい。 」
「 人肌、か、 」

の言った何気無い一言を繰り返し僅か黙考した後、自分の羽織っていた外套の数だけは多いボタンを外して、上から放るように掛けてやった。

「 寒いのだろう、それで少しは温まるかね。 」

冬枯れの吹雪吹き荒ぶ野山のど真ん中、絶対零度を伴った雪礫が白を伴った暗灰色の空から引っ切り無しに落ちてくる。其の真っ只中で、自分 も新雪に身を嬲られているというに、薄白く霧が掛かる息を吐きながらスネイプがそんな事を言うものだから、暫しの巡視の後、は静止した。
華奢な身体に掛けられている、足りぬ背丈の所為で重たげな印象に為っている外套から香ってきたスネイプの香りと優しさに、心が熱くなる。香りに抱かれる様、スネイプの外套を 抱き寄せ、そしてふわりと、花弁が懐柔するような柔和な笑みを形造って微笑んだ。

「 有難う御座います。 」
「 今日は雪が多い、この分では後数時間で1M位は積もりそうだ。 」

普段はきっちりと外套の中に収められていて土気色の骨張った右手が、の頬に添う漆黒の髪に触れた。触れられた反動で、音も無く髪に積もった真雪が零れ落ちて地面に 落下する。先程はキチリと簪で結わえられていた艶のある髪は雪を含んだ風に嬲られ、スネイプの指の隙間を心地良く滑っていく。
掌を擦り抜けて行く髪の毛の様に雪の中を駆け出したに、幾ばくか離れたその位置からスネイプは声を投げる。

「 スネイプ教授が風邪引きます。 」
「 良い、我輩が風邪を引けば魔法薬学は中止になり、お前が看病に来てくれるのだろう? 」

びょうびょうと鳴る吹雪響にも濁らず、独特のバリトンが張り良く大気を振動させる。
は振り返る事無く、肯定も否定の言葉も述べない侭にしゃがみ込むと、降り積もったばかりの綿雪を両手で拾い上げて灰色の空に舞い上げる。

------------- 遠くに、朝食終了の時を告げる鐘の音が彼方の空に、聴こえた。

冬の凍気をふんだんに孕んだ北風が、二人の体躯をなぞって緩やかに、だがしかし確実に体熱を攫っていく。


「 行こうか、直に一限目の講義が始まる。 」

スネイプから投げられた声に、が振り返り、立止まる。聊か早足での元まで足を進めたスネイプを待って、二人どちらからとも無く掌を重ね合わせ、深 雪の中をホグワーツに向って歩き出した。

「 手、霜焼になりますね。 」
「 あぁ、 」

外套から出された素肌を蹂躙する様に凍て付いた雪礫が張り付き、氷点下を下回る温度故に肌の温度で溶け落ちることの 無い雪は、折り重なるようにして絶え間無く空から降りて来ては掌に降り積もる。互いの掌の温もりで寒さが和らぐため内側は良い、だが剥き出しの手の甲は熱を奪われ皸た状態に晴れ上がっていた。
其れでも、繋がれた手は寒さに凍えようとも離される事無く、吹き荒ぶ風に煽られる木立ちの様に頼りなく揺らいでいる。

「 明日は、晴れると良いですね。 」
「 あぁ、そうだな。 」

温室からホグワーツへと続く平原に、二つの足跡が折り重なるようにして一本の道を形成する。其れは昨日も今日も、明日もきっと変わらずに。






















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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/3/25