漆黒の闇夜に瞬く幾数多の星筋を見ているかの様な、真っ直ぐ、綺麗に伸びる銀糸の髪。
指を通せばさらりと指間を流れ落ち、極上の絹糸の様な感触を与え、末端に行き着いても尚指に髪が絡まる事は無い。
夜風にさらりと靡くルシウスの髪を指先で絡めては、梳かすように弄る事がは好きだった。
出逢った頃から変わる事の無い其の仕草は時を経て、やがての手持ち無沙汰の際の癖へと変化する。
普段は腰上で緩く一つにリボンで結わえている髪を解き放てば、途端にさらりと空を舞って、ルシウスを思わせる香の香りが鼻を付く。
何時も同じ髪型じゃ厭きるだろうから、とが試行錯誤しながらルシウスの髪を自在に結えば、ルシウスは案の定不機嫌そうな眼をしたが咎める事は無かっ た。


何時もと変わらぬ午後の日和。
陽だまりの中、ガーデニングに精を出していたの手掛けた花々が漸く芽吹こうという頃合。
戦ぐ風に身を委ねながら、とルシウスが談笑(の一方的に、だが)しながら、今日も変わらずルシウスの髪を弄って居た矢先。

言葉に言い尽くせない程の重罪を犯した罪人の様な絶叫を、が、した。


「 あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ--------------っ!!! 」


それは、大邸宅マルフォイ家の全ての人間の耳に届く様に、屋敷中に響き渡った。








cut over









この世の終わりでも見たかの様なルシウスの愛妻、の絶叫に、屋敷中の人間が手にした仕事を文字通り放り投げて裏庭に集まってきた。
スケジュールをなぞっていたルシウス直属の秘書官・グルは、左手に分厚いスケジュール帳、右手には羽ペンという井出達で真っ先に大広間から猛突進してき た。
未だ嘗て無い程のスピードで遣ってきたのはグルだけではなく、メイドもコックも秘書官も庭師でさえも、一体何があったのかと言う形相でガーデンに集まる。


「 い…如何されました、奥様っ… 」


皆の代表とばかりにグルが震えた口唇から言葉を紡いだ。
強くなり始めた皐月の風が周囲に舞い、皆の不躾な足で踏み躙られた芝生から切れた葉先が舞い上がり。
はらりはらりと桜の花弁の様に散る其の中、大きな楠木の幹の袂にとルシウスが居る事を確認した途端、皆が一斉に駆け寄る。

見えた情景。普段は薔薇色の頬を持ち合わせたは貧血でも起こした様な蒼白を帯び、真逆にルシウスはの前では珍しく氷徹を帯びている。
一体如何したものかと、其の場に居合わせた全ての者が脳内で自問自答し、ピクリとも動かないとルシウスに問い掛ける事も近付くことも出来ずにその光景 を眺めるしかない。
主が居ながら、奥様の身に一体何が、、、と思っていたが、その内グルが可笑しな事に気付いた。


「 主様…あ、の…ですね、… 」


問うても良いのだろうか、そんな思考を示唆させる様な口調で問うたグルに其処に居た全ての人間がルシウスを見た。
叫び声を上げたのはで有るが故、皆の身に何かが起こったのだろうと、ルシウスよりも先ず先にに視線を送った。
だが、グルの一言で視線を数メートル右にずらしルシウスを垣間見た際に瞬時に思った。何かが、変である。

何であろうか、胸の奥が霧に包み込まれた様に靄が掛かり、何かが可笑しい、違和感を感じる。
そう、何か、が可笑しい。

毎日一回は見るであろう秀麗な主の---------------

其処まで考えて、グルはようやっと胸奥痞える違和感の正体が何なのかを理解した。
毎日嫌がおうでも見なければ為らないルシウスの雰囲気が如何も可笑しいと思っていれば、其れ、はルシウスの絹の如き美麗な銀糸の長さだったのである。


「 …主様…、そ、その… 」


今朝がた皆で朝食を共にした際に見た主は、間違いなく銀糸は腰上まであり、浅黄色のリボンで緩く結えられていた筈。
しかしよくよく見てみれば、何故か今は、肩下で揺れるの漆黒の髪程度の長さしか持ち合わせていない。
未だ嘗て主に仕えて以来、腰上に揺れていた銀糸が10cm以上短くなること等有り得なかった筈だと、グルは記憶の糸を辿る。
如何見ても見慣れない其の様を見て、グルは思う。
もうじき夏になろうという頃合、幾らなんでもあの長さで乗り切るのは辛すぎると思い、妻の眼の前で切り落としたのだろうと。
今年の夏は例年以上の猛暑だと魔法新聞が伝えて居ただけに、イメチェン程度の軽い勢いで遣ったのだろう、と勝手に解釈する。


「 かっ、髪を切られたのですね、良くお似合いで… 」


と言った瞬間。
気付くべきだったのだ。一番最初にルシウスを眼にした際、あからさまな程の不機嫌オーラを全面に押し出していた主から放たれる空気を。 だが、時既に、遅し。
言ったがその瞬間、ルシウスがゆっくりと振り返り、整い過ぎた其の顔に在る鋭利な両眼をキツク左右に引いた。
間違った発言をしてしまった、グルがそう思った時には既にルシウスは愛用の杖を手に構え、グルに矛先を向けていた。
其れを見たは慌ててグルの前に走りより、小さな身体でグルを庇う様に両手を広げて杖を手にしたルシウスに噛み付く勢いで物を吐く。


「 止めて、ルシウス!悪いのは私なんだから…っ 」


悪いのは、私。
そう言うに当人達以外の全員の頭の中には疑問符が浮かび上がり、一体どうなっているのだろうかと首を傾げた。
皆の視線を一新に集め、半場後退りしそうなは一つ大きく息を吸い込むと、自分が叫び声を上げる事に為ってしまった成り行きを離し始めた。

全ての始まりは、が楠木に背を預けながら古書に眼を落としているルシウスの銀糸に触れている時だった。
丹念に世話をし、手入れをしてきた紫陽花が柔らかな紫色に身を染め、花弁も満開に近しくなって来た為、リビングに飾ろうと園芸用の鋏で茎を切り始めた。
魔法で遣れば良かったのだろうが、幼い頃より母親が杖ではなく鋏で草木花を紡いでいるのを見て育っている為に、花を紡ぐという行為に相応しいのは考えるま でもなく鋏。
桜色の唇から小鳥の囀りの様な鼻歌交じる頃には、の元には艶やかな紫陽花の花束が出来上がっていた。

が紫陽花搾取に精を出している頃、ルシウスは其の様子を視界の端に留めながら、細い指先で古書を捲っている。
ふわりと風が舞い、ルシウスの髪と古書を舞い上げた、矢先。


「 あっ…ルシウス、動かないで、木の枝に髪の毛引っ掛ってる。 今切ってあげるね。 」
「 …鋏など要らぬ、指で千切れば良い。 」
「 ダメだよ、折角綺麗な髪なんだから、大人しくしててね。 」
「 ………………………………………… 」


鋏を持つが紫陽花畑からパタパタと音が聞こえそうな足取りで掛けてきて、意地悪そうに絡むルシウスの銀糸に鋏の刃を宛がい、柵から開放させてあげよう という矢先。


「 あっ… 」


一層強い風が吹いてきて、鋏を持ったは其の侭ルシウスの胸に抱込まれる様に倒れこんだ。


「 …転んだりしたら如何する、刃物がお前の肌を傷付けでもしたら… 」
「 だ、大丈夫だもん、刃は開いて無いし、それにこうしなければ切れな… 」


不幸と言うものは、何時何処で誰に何の権利を持ってして訪れるものか判らないもので。だからこそ、予測が不可能になる。
鋏を手にしたままルシウスの腕に抱かれたというのなら、其の反動で枝に絡まった銀糸がプツリと切れるのを見たのなら、無用な鋏等地面に落とせばよかったの だ。
ルシウスも、の身を案じるならば…最悪の事態を考慮しようとしているのなら、から鋏をとりあげるべきだった。

がほら、今刃先が開いたでしょう?と言った其の瞬間、再び風に舞い上げられた銀糸は空気にふわり、と浮いたのである。
開いた鋏を閉じようとした瞬間と、鋏の刃間に吸い込まれるようにして銀糸が流れ込んできたのは同時。


「 …あ、 」

が鋏に向って流れ落ちる銀糸を認め、そう声を出した時には既に鋏は、じょきん、という音を立てていた。
そして、とルシウスの眼の前をスローモーションの様に大量の銀髪がサラリ、と落ちた。

その瞬間、の身体に一気に悪寒が駆け抜け、血の気を引いたように蒼白になる。一瞬にして、やばい、と脳より先に本能が教えてくれた。
柔らかい芝生の上で風に巻き上げられ一本一本綿毛の様に拡散していく銀糸は、紛れない、今までルシウスの頭から生えている髪の毛の先端。
たっぷり10秒くらいはお互い硬直したというに、其れでも風に巻き上げられ続ける髪の毛を見れば、カナリの量が削がれたのだと客観的に知れた。

感触を確かめる様に不揃の己が髪に指を掬い入れ、風に流す。如何見ても、何度と無く己が手で触ってみても、右半分が無い、足りない。
ルシウスは咄嗟に、脳内に右半分の髪は短く、左半分の髪は長いという情け無い己の後姿が過った。
間抜け等といった言葉では済まされない様な事態に、ルシウスは無言での指先から鋏を奪い去ると、邪魔なモノを扱う様に無造作に左半分の銀糸を掴んで一 気に刃先を閉じる。


じょきん。


男にしては潔すぎる其の音と、ひらりひらりと芝生に落ちる銀糸に、は顔面蒼白に為って、


「 あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ--------------っ!!! 」


グルを含めたマルフォイ家に仕える人間は皆、呆然とせざるを得ないものだった。
勿論、絹の様な銀糸を携えた主の髪がの長さと同じ位に為ってしまったというショックに似た感情が湧きあがるも、の身に降りかかった幾重もの不幸に 静かに黙祷を捧げたい気持ちにさえ為る。
ルシウスの銀糸を誰よりも大切にしていたのは紛れないであり、髪の持ち主であるルシウスよりも大切に丁寧に扱い、愛しんでいたのである。
ハッキリ言って、如何見ても悪いのはではあるが、マルフォイ家に嫁いで以来初めてではないだろうかと云う程の落胆振りに気の毒にも思えてしまう。


「 奥様、そんなにお気を落とされずとも。 主様も潔く適度な長さに為られました故… 」
「 なんだ、貴様、今までの私の髪は、長すぎて目障りだとでも言いたいのか? 」
「 い、いえ、決してその様な意味ではっ… 」


を元気付けようとしたグルの発言は空回り。
に元気を齎すどころか、温度低い、冷えた声が頭上から降って来た。振り返れば主の凍て付いた両眼に晒されると直感的に悟ったグルは勿論、振り返る事等 出来るわけが無い。
の落ち込みを取り戻すどころか、主の機嫌を損ねる事等あっては為らない失態。銀糸を無残にも鋏で切り落とされた主が憤慨しないのは勿論、相手が愛妻で あるが故。

グルは左手に分厚いスケジュール帳、右手には羽ペンという情け無い姿に今し方やっと気付いたと言わんばかり、左手に羽ペンを持ち合わせて暫し考え込む。
如何したものかと思い耽っていた矢先、思い出す。短くなってしまったのならば、もう一度長く伸ばせば良いのだと。


「 主様の髪は直ぐに伸びますよ、奥様。 生憎主様は髪が伸びられるのが早そうですので… 」
「 …一度ならずニ度までも罵倒するか、貴様。 それは私がエロいとでも言いたいか? 」
「 け、決してその様な… 」

「 あ、そっか!助平な人は髪が伸びるのが早いって言うもんね!! 」


瞬間、空気が凍りつく。さーっと引いた様な空気に、え、違うの、等と言いながらルシウスとグルを見比べたは、何故、そんな事を言う気になってしまった んだろうかと思案する。後から後悔しても、遅いのだけれど。
今にもグルの首根っこを掴んで張り倒そうと云う勢いを持つルシウスの酷薄な表情に、明らかに意味深気な雰囲気が漂う。
何か悪めいた、自身にとってとっても都合の良い解決方法を見出した時の、其れ。
薄く開く口唇から、言葉が毀れる。

「 そうだな…きっと毎晩が努力を講じれば髪等幾らでも生えて来るだろう 」
「 えっ…? 」
「 お前が為した責任だ、お前が切った半分…そうだな、二日に一回にしてやろうか 」


目を細めて、視線を向けられる。口元には普段は感じられない下衆染みたものさえ感じてしまうのは、の気のせいだろうか。
命じる事に慣れた、傲慢無残な声を見やる。それに答える為に、薄く口唇を開こうとすれば、遮るように口角を歪ませるような、笑み。
は一瞬で取り返しのつかない事態に為ったと改めて思い知る。
毎晩、を逃れたにしても、朝方まで身体を受け渡してはくれないルシウスとの夜伽を二日に一回の周期で行ったら、頑張るどころか精根尽き果てるだろう。


「 い、いえ、今まで通り週に一回…せ、せめて週末の三回にして頂けたら有り難いのですが… 」

「 では今夜からだな、覚悟しておけ。 」


鋭い両眼を細く竦ませを見たルシウスの視線に、ぞっとするくらいの心地良さを感じた。
は半場掠め取られるようにしてルシウス家の面々の前からルシウスの手によって抱き去られ、周囲に人が居た事さえ忘れているようなルシウスは自室へと 戻っていった。
引き攣った様な笑みをが見せたのを最後に、其の日の夕食にはルシウス独りが顔を出し、誰一人としてルシウスに奥方の動向を聞いた者は居なかった。

ルシウスの口車に上手く乗せられたは案の定、ルシウスの髪の毛が元の長さに戻るまで夜伽の数を増やしに増やされ続けた。
だが、此処は魔法界。ルシウスは魔法界でも指折り数える強大な魔力の持ち主。

--------------魔法で直せば一瞬で元に戻るだろうに。

そうが気付くのは、紫陽花が散り、冷涼とした夏が遣ってくる頃合の話。












































後書き

先日、私のプロジェクトがカットオーバー(コンピューター・システムの開発が終了すること)だったんですが、その時に思いついたのがこれ。
カットオーバー違いです(笑)



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update 2005/6/3