貴方の生真面目で不機嫌そうで、其れで居て誰よりも秀麗な其の横顔を見詰めて思うこと。
木漏れ日が柔らかく射し込む午後の日和。立て掛けられた一枚の絵画の様な優雅な井出達で椅子に深く腰を掛け、長い足を組んでは、燻らせた葉巻の煙の隙間か ら古書を読み耽る。
一枚の有名絵画の様な其の優美な様を見ながら、は口にパイをヒト欠片運んで、頬杖を付いた。
あなたの一番好きなものは何ですか?
あなたの二番目に大切なものは何ですか?
一番目と二番目の差は、一体なんですか?
思っていることを口に出したら、貴方は何て言うだろうか。光りを燈さない其の冷たい眼差しで一瞥して、興味も無さそうにまた古書に視線を戻して、この質問 は永遠に闇に葬り去られるだろうか。
声にも言葉にもする事無く、只管に思っていた質問を、今日も胸の中で燻ぶらせているだけの筈だった。
言葉で伝えきれないもの
「 そうね…私はやっぱりクルックシャンクスと友達かしら?
どちらが大切かなんて、私には決められないわ、どちらか一つなんて選べないし、差なんてないもの。 」
グリフィンドールの談話室。眠れぬ夜の帳はとっくに下りていて、見張りの教授の足跡を遠くに聞きながら、とハーマイオニーはそんな話をしていた。
特別な話題でもなく、明日に控えた魔法史のテスト勉強の合間に紡がれた小さな無駄口。
書き留めていくだけの過去の歴史事情を右から左に流しながら、過去の英雄反逆者達が其々に【一番】に求めたものを書き記しながら、ふと、常日頃の疑問が口 を付いて出た。
「 あなたの一番、は何かしら。 」
「 そうだな…やっぱり時間、かな。 色々な人と過す時間、其れが一番。 」
「 あの人と過す時間、でしょう、 」
悪気の無い笑みでそう返されて、言葉に詰る。インク壷に突っ込んだ羽根ペンから滴り落ちる黒い液体を眺めながら、は自嘲気味に笑った。
判っていた、同じ時間を共有する資格を、は赦されては居なかった。
明後日に控えた大型の休暇を取る官僚は少なく無いだろうし、今朝も廊下を通り過ぎた時偶然に休暇を避暑地で過す、というドラコの言葉を聞いたばかりだ。
夜半も過ぎた頃合、本当の家族と共に過すあの人は、気品漂う高価なローブを脱いで重圧なソファーで寛ぎ、妻と呼ばれる人間と共に過ごしているだろう。
仕方の無いこと、其れを判っていてこの道を選んだのだから。
だからこそ、休暇中にルシウスの梟からの手紙を受け取った時は、夢か何かの間違いだと思った。
「 ルシウス、貴方の一番好きな季節は何? 」
「 ………冬。 」
「 やっぱり! ルシウスの銀糸とか蒼い瞳とか、冬の情景に凄く似合うと思うもん。うん。
じゃあじゃあ、好きな色は? 」
「 ……無色。 」
「 透明ってこと? 誰の指図も受けたくないって事なんだ…ルシウスらしいね。
次は一番嫌いな人…って言うと、きっとダンブルドア校長って言うだろうから、これは置いておくね。
えーっとじゃあ…一番好きな
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」
「 …、何が言いたい? 」
返答が単語のみで有っても、何等かの応答が帰ってくればやはり嬉しいもので、ルシウスの機嫌バロメータ等お構いなしに次々と質問していた矢先のこと。
の質問を遮ったのは紛れないルシウスの冷たい一言、反射的に顔を上げれば、鋭利な其の瞳に明らかに冷厳が在った。
しまった、とそう思った時は何時も遅い。誘導尋問に似た会話で、人の心を諮ろうと思っても、無駄な事だ。
特に、ルシウスの心などを。自分はルシウスに対してあまりに知らぬ事が、多すぎるとは改めて思う。
何処から知ってゆけば、わからない程に。
だから単純な質問の繰り返しで全てを知ろうなどと思うこと自体間違っているのだと、後からになってからじゃなくては気付けないほど。
何時奥様と知り合って、どんな成り行きで結婚し、如何云う意図をもって自分に近付いたのか。
其ればかりではない。如何してダンブルドア校長が嫌いなのか、魔法省で何をしているのか、如何遣ってヴォルデモートの支配下から抜け出したのか。
積もる質問の山に押し潰されそうになるが、到底、聞けやしない事ばかりだろう。聞いたところで、ルシウスも自分に明かそうとはしないに違いない。
聞けない事ばかりが胸の中で消化不良を起こし、一度口から紡がれてしまえば、毀れた配水管の様に溢れ出る。
言葉に詰り、視線が大理石の床に向けば、パタンと本の閉じられる音が遠くに聞えた。
魔法を掛けられた様に身動きが出来なくなったのは、ルシウスが次に問うてくる質問の内容をいたく理解出来ているからだ。
本当の事を言わなければ如何なるだろうか。想像するのもおこがましかった。
「 あの… 」
聞きたい事はおろか、言いたい事も、伝えたい事も、本当は多くある筈だが、一体何を如何言葉にすればよいかわからなかった。
聞きたい事を聞いても良いのだろうか、如何聞けばルシウスの機嫌を損ねる事無くこの関係を続けられるだろうか。
聞きたかった、けれど聞けなかった。
【ルシウスの一番はなに?】
そう告げれば、何と答えるだろう。
無常にも落ちてくる重たげな沈黙。時間は無為に過ぎていくばかりで、背に射し込む陽の光りが競り立てる様に煩く感じられた。
黙り込んだ侭いても駄目。そう思い、は何とか口を開く。
「 ルシウスの…一番たいせつなものって、なに? 」
言葉と共に顔を上げれば、憮然として、それでも倫理を伴って腕を組み直すルシウスを見た。挑むようにして見下ろされ、漸く上がった頭を再び垂れそうになる のを堪えて。
ガタリと小さく椅子が悲鳴をあげ、ルシウスがの元に歩み寄って、か細い手首に指を掛けた。
弱々しい抵抗を見せた手は強い力で掴み取られたまま、胸の辺りでもがいている。今のの心を波紋を表すように。この逢瀬が見つかってしまったら自分はと もかく、ルシウスは全てを失いかねないと言うのに。
何故にこうも固執するのか、と繰り返した自問自答は計り知れないほど多い。
「 …其の侭返そうか、。 お前の一番大切なものは何だ? 」
蒼穹の瞳に真っ直ぐ見据えられて、はたと気付いた。
答えを欲しがった相手に、聞き返すのは卑怯だろう。そう判っていてルシウスは敢えてに問い返した。
喉元を締め上げられた様に短い息を詰まらせるの様子を、ルシウスはただ見守る。
お前こそ何が欲しい、これ以上私から何を奪い取るつもりなのかと、問い詰めてやりたい衝動に駆られた。
妻子が居ようが家庭を持とうが、出逢ってしまった其の日から、自分の心はもうとうに、のものとなっていた。
その自覚はあった。
だからこそ、家族が心待ちにしていた休暇を【仕事】という名目で片付け、秘密裏の逢瀬をしている。
逢いたくはなかった、逢えば逢うだけ深みに嵌ってしまうゆえ。
逢いたかった、逢えば貴方と時間を共有出来るから。
「 残酷だね、ルシウス。 判っていて敢えて答えないし答えさせないつもりなんでしょう? 」
「 残酷なのはお前だ、。 私よりもお前の方がどれだけ未来への可能性を兼ね備えているか…
知らない訳でも無いだろう 」
言葉に籠る恐ろしい程の激しい感情は時に、容赦ない力と為ってを襲う。
言いたい事はわかっているだろうに、一体如何して。
歳相応の男がに与えるだろう、愛の言葉も独占欲もその重みも与えないのは、もしかしたら自分の為なのだろうか。己惚れなのか、真実なのか、それすら区 別がつかなかった。
嘘だ、本当は判っている。自分の、為なんだろう。魔法省高官という立場と妻子もち、そして其の子どもの同級生との戯れ。上げればキリが無いほどの業罪を背 負うことになるだろう、その彼の為に出来る事は少なかった。しかし確実に一つはある。
「 …お前が望めば…私は、 」
喜んで家族と地位を棄てるだろう。
耳元で囁かれた言葉は残酷なほど。愛していると抱締められるよりもよっぽど重たい言葉。
ルシウスは切れ長の両瞳を閉じ、解れた結い紐から毀れてくる銀糸を煩そうに手で払い除け、深呼吸をする様に再び眼を開いた。
どう足掻こうが、もはや無駄だろうに。忘れる事もできず、手離す事も出来やしない。
年端もいかない子どもに恋をした、其の日に一番たいせつなもの、そんな物は摩り替わってしまっていて。
憂いを帯びた様なその声を、薄紫の裏に潜む眼差しの強さ、頑なさ、脆さを脳裏から消し去ってしまえるなど、叶う筈が無い。
「 今は…いまは、 」
「 …今は? 」
「 …今だけは、こうして… 」
其々の一番大切なもの、其れが重ね合わさったところで、現実に叶う日が近しい訳でも無いのならば、口にするだけ辛くなる。
この距離が縮まることは当分無いだろう。同じ場所を同時に走る平行線の様な二つの想いが本気で交われば、今以上に沢山の人が傷付く。
其れを知っていて、逢瀬を止めることが出来ない時点で、二つの平行線は徐々に近付きはじめているということだろうか。
「 今だけはこうして貴方の傍に居させて。 」
桜色の唇が、ゆっくりとルシウスの唇を塞いだ。有無を言わせぬとでも言うように。
二人きりの今だけは、何も考えずにこうしてこの場所で。
言葉で伝えきれない沢山の想いは留まる所を知らず、誰人に知られることも無く、泡沫の様に消えたとしても。
其れでも声にも言葉にもする事なく、只管に想っていた日々のことを思えば、今の状況は少なからずマシだと言えるだろう。
背中に回された暖かい腕にはキツク力が籠められてきて、強く抱きしめられる幸福感に、不覚にも酔わされてしまう。
一番になりたいと思った事は数え切れないほど。
一番に為りたいと本当に思っているのはお前ではなく、私の妻子だと言えば、お前は笑うだろうか。
胸の中だけで呟いた声は溜息に変わり、空虚な室内に響いて、空気をわずかに乱し、消えていくばかりだった。
後書き
結局のところ、ルシウスの一番もヒロインで、ヒロインの一番もルシウスだということです。
切ない話にするつもりは無かったのですが、切ない話になってしまいました…。
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