誤魔化すくらいなら、嘘を吐き続けて。









凍った空気の中、身体の芯から氷徹するような感覚に晒される。
防衛本能の様に厚めのダウンジャケットを羽織った身体を自ら抱締める様に両腕を回して瞳を閉じる。
少しだけ寒さが和らいだ様な気がした瞬間、煽る様に吹き荒ぶ氷の礫から瞳を護るように薄っすらと明けた視界の先に、見ては為らないものを見た。

はっと飲み込んだ息が喉奥に冷たさを齎し、家路への道を急いで居た筈の両の足は地面に貼り付けられた様に動かず、押し流すような人の波に肩を叩かれても立 ち尽くしたまま。

何時だって何処でだって、見間違える様な真似をした事は無い。裸眼の時ならば未だしも、部屋から出る際は必ずコンタクトをしているのだから、外出した先で 視力低迷による幻を見ている筈も無い。
似通った人だとか、世界には同じ人間が三人居るだとか、そんな陳腐な理由を以ってしたとしても見誤ったことはない。
様々な人が行き交う大通り、他に目立つ人間等幾らでも居るだろうに如何してあんなにも眼を引く男がいるのだろうかと、不思議になる位だ。


「 …ルシウス… 」


心の中で唱えた筈の愛しい人の名は空気を震わせ、無意識に焦がれているのだと客観的にに伝えてくれた。
瞳を見張るような白銀の世界の中、漆黒のローブに身を包んだ銀糸の男は隣に同じ様な身形の美しい女性を連れ立っている。
距離は然程無い。切れ長の蒼青を滲ませた様なアイスブルーの両眼さえも伺える程。
此の侭視線を投げ続ければ確実に気付かれてしまう、と逸らす様に視線を剥しかけた瞬間、鋭利な薄蒼の瞳と真正面からぶつかった。


---------- 誤魔化すくらいなら、嘘を吐き続けて。


瞬時に脳裏を過ったのは、ルシウスに恋情を告げられた其の瞬間に返した言葉。
妻を持つ身であるルシウスとの仲を世間に知られてしまう訳には行かなかった。にしてみればホグワーツでのスリザリン寮監督生と言う立場に始まり、魔法 界切っての魔法一族家令嬢としての世間体がある。
一方のルシウスも魔法省に勤務する由緒正しき純血一族の末裔でありながら、美しい妻と一人息子を持つ一家の主。
金で買った愛なら未だしも、息子と然程変らぬ年齢の少女に本気で入れ込んでいるなどと知れたら一体如何なるだろうか。

互いの領地を護り穢さぬため、其の為だけに二人で立てた誓いは先の通り。
何も知らぬ事が一番の幸せだと教えてくれたのは、他でも無い両親だったから。


逸らされる事無く垂直に向けられる視線の次、傍らの妻に何かニ・三言葉を掛けてルシウスは独り此方にゆっくりと歩み寄ってきた。
逃げようと思えば逃げられる距離、離れようと思えば後背に向けて進める距離、そして、徐々に詰められる距離は最早50Mも無かった。
凍り付いた様に動かない足に激を飛ばすことも諦めて、立ち尽くしたまま動けなかった。
狭まる距離に、もっと近づいて早く声を聞きたいと思う。しかし同じくらいに遠くに行ってしまった方が楽だという気もする。
反発しあう磁石の様な相反する感情は、ルシウスと逢う度自然と感じるものだった。
自分の元へ歩み寄ってくる上等の革で覆われた靴の音。距離が縮まり、手の届くところまで、後もうすぐ。


刹那、口元を歪ませるように薄く笑み、決して笑うことの無い眼を真意を諮るように、見据えてくる。
刃を向けられた。そんな錯覚に陥るほど、眼差しは鋭利。


「 珍しい、君が此処に居るのは。 」
「 其方こそ…まさかマグルの世界で…奥様と連れ立った貴方と出会うとは思いませんでした。 」


向けられた瞳があからさまに眇められた。
拙い言葉を口にしてしまったのだと気付いた瞬間、既に遅かった。
ゆっくりと値踏みする様な眼差しを向けられ、視線に晒されることに耐え切れずに逸らす様に左に視線を逸らせば、ルシウスの妻は執事と話しこんでいるよう だった。


「 随分な事を言ってくれる。 今日の誘いを断って来たのは、お前だ。 」
「 今日、結婚記念日なんですってね。
 ドラコが自慢していたわ…去年は家族で一流シェフの居るレストランに行ったとか。 」
「 結婚記念日か、莫迦莫迦しい。 私に記念日等必要ない。 」


掠れる囁きは自嘲に満ちていた。
瞬時に移動した柔らかい蒼色を見送り、その視線の先には妻が映っている事を悟った。もう帰るのだろうか、一体何の為にに声を掛けたのか。
銀と城が織り成す世界の中、家路を急ぐ雑踏のも唯の雑音として聴覚に響き、視界が歪む。
法律上、唯一絶対の愛を無条件に注がれる妻と云う存在を改めて思い知らされたような気がして、一気に世界が不安定になる。
零れ落ちそうな水膜は悔しさからだろうか、其れとも愛しさからだろうか。


「 君はドラコの友人だと妻に話した。 そしてあの家の独り娘である、とも。
 何れ…ドラコの妻に迎えられたら両家は互いにより良い方向性に進むだろうと言えば、
 妻は君に宜しく伝えて欲しいと言っていたよ。 」
「 …そう、ですか… 」


他に返す応えもなくて曖昧に頷く。
自然と涙が滲んだ位だ。自分でさえも今置かれている状況下で感情の起伏が激しい事実は痛い程身に染みていた。
だからこそ、この場を取り繕う言葉を何か云わなければならないと思いはしても、思考を占めた衝撃に咽喉が詰まっていた。
途切れ訪れた沈黙が痛くて、振り払う様に俯き掛けた視線を蒼に戻せば、恐ろしいほどの自信に満ちた両眼に射抜かれる。


、お前を手に入れる為ならば実の息子さえも喜んで犠牲にしてくれる。 」


揺らぎ始めた白銀の空の奥、まどろみに似た靄がゆっくりと掛かり夜の帳を下ろす頃。
ほんの数M後方に妻と執事を従えた男が口にする言葉だろうか。聞いたその瞬間、空耳かと疑うよりも早く心臓が震えた。
詰る息に苦しささえ感じられずには肩が揺れそうになるのを必死で堪えた。
見上げれば、耽美した様な麗人な顔。美しい宝石の様な蒼の眼が欲に染まり、下卑た言葉を吐くなど、誰が信じられよう。

呆けた様に見上げる事しか出来ないを見下ろすルシウスは、ゆっくりとの細い顎に指を掛け、半ば無理矢理に視界を重ねさせる。
そうして一瞬だけ指の腹で柔らかな桜色の唇をなぞり、何事も無かった様に踵を返す。
後方の妻には何をしているものと映るだろうか。大人と子どもの身長差がこうも上手い具合に作用するものだとは思わなかった。
の小さな身体はルシウスの身体に隠される様にして護られていた。周囲の眼と言うよりかは妻と執事の眼から。


「 ドラコがお前を娶る日が楽しみだ。 案ずるな、お前が私よりドラコを取る日など、永遠に来ない。 」


去り際、唇をなぞる指先が離れた刹那、意味深な笑みと共に投げられた言葉に、ドラコの言葉が蘇る。
家とルシウス家の婚姻は魔法界の歴史に名を残す様な出来事になるだろう、と。
そう言ってドラコは、咽喉奥からの哄笑を聞かせてきた。眼で値踏みして、口元を歪める。けれど下卑た印象に見えないのは、何故だろう。
きっとルシウスの血を受け継ぐからだ、それは紛れない事実。
取られた腕ごと体を引き寄せられた。彼の体温、匂いが近づいただけで、心臓が震える。ドラコから伝わるものは全てルシウスに繋がる。一生消えてくれそうに ない、この哀れな恋情。

誤魔化すくらいなら嘘を吐き続ける。
貴方の傍に居れるのならば、例えどんな嘘で有ったとしても。

刻み込む様に心の中で乞うて、そうしてもルシウスに背を向け、銀色世界に足を踏み出した。




































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