キミのコートを羽織ったら、キミに抱きしめられてる気がした

寒い寒いと莫迦の一つ覚えの様に開口一発目に言いながら、厭味な程に大きな門を構える屋敷の前のベンチに腰を落として居る少女が独り。
季節柄ご丁寧に雪もちらつき、そろそろ空が白み初めて陽が西へと落ちようかと言うそんな時分。
耳に届くのは雪路を急いで帰ろうとする人々の雑踏と此れからの時間を楽しもうとする恋人達の甘い会話、遠くで響く定刻を告げる鐘の音に漸くは今の時を
知った。
世間一般で云うところの定時。社会人が仕事と言う柵から事実上解放されるだろう時間を告げる鐘の音に安堵の溜息を漏らすも、求める人の姿が未だ見える事は
無い。
「 …重役は定時ダッシュ出来るもんじゃないだろうか… 」
整えられた芝生の上を此方側に向って歩いてくる人間が誰一人として居ない状況に思わず溜息を吐く。
深々と積もる粉雪は全ての形跡を掻き消す様に道端に付いた足跡を飲み込んでは浄化していった。が付けた足跡さえも今は純白のヴェールの下敷きにされて
居るだろう。
雪が降り続く其の中でベンチに座り何もする事無く唯呆けた様に空と大地だけを見詰める少女を通行人は訝しげな表情で見ていたが、其れでも声を掛ける人間は
誰一人として居ないまま足早に其の場を去った。
「 やっぱり怒るかな、こんな処まで押しかけて。 」
横目に見た煌びやかな門を一瞥して先刻と同じ様に溜息を零しかけた時、白い雪の靄が掛かった様に翳る情景の中に映り込んで来た人影には思わず立ち上
がった。
長時間座っていた為に、の周囲は小さな体一つ分綺麗に取り残した様に雪が降り積もり、やがて其処にも同じ様に雪が降り積もって平らになるだろう。
振り向くことすらしないまま、感情の侭に軽快に動く手足にモノを言わせては目標物まで走り出した。
降り立ての柔らかい雪に足元を掬われそうに為りながらも、其れでも懸命に走れば案の定、雪に埋もれていた段差につま先が引っ掛って盛大に雪の中にダイブす
る。
「 …私、相当ダサい気がする。 」
「 為らば其のお前を恋人に持った私も相当【ダサい】訳だな。 」
雪と正面衝突した様に数十cmは有ろうかと言う降り立ての雪の地面に突っ込んだ顔を勢い良く上げれば、銀嶺の様に煌きながら降り続ける雪に負けぬ程の銀糸
を持つ麗姿が有った。
呆れた様に細められる薄蒼の瞳は雪に塗れても尚美しさを保つ幼い少女を映し出し。
冷眼と囁かれるこの瞳を見て嬉しそうに表情を綻ばせた事に呆れを感じながらもいい加減に立ち上がってはくれまいかと腕を差し伸ばせば、ルシウスにそんな事
をしてもらう訳にはいかない、と強い口調で言い切って立ち上がった。
身体にも纏わり付いた粉雪を払い除け、氷点下を下るだろう温度の所為で氷結した雪の礫がの小さな手の皮膚を外側から食い破る様に侵食する。
水脹れの様に赤く腫れた掌、朱を混ぜた様に赤みを増した頬、漆黒の髪に若干付いた氷の礫が何より証明していた。
もう数時間も前から己が終わる其の瞬間を待つ為だけに此処に居たのだという事を。
「 あの…ルシウス? やっぱり怒ってる? 」
「 …何時から此処に居た? 」
「 え?何時からって…うーん、ホグワーツを出たのがお昼過ぎだったから…三時間くらい? 」
言った瞬間、にも事の状況を客観的に理解するに至った。秋や春なら未だしも気温が氷点下を優に下回る真冬、更に言えば雪まで豪快に降り積もっている時
分に薄手のローブ一枚で数時間も待ち惚けを食らった様に外に居続ける等余りにも常識知らずな行動だった。
況して、ルシウスに内緒で来ていると言う条件も重なって、もしも今よりももっと遅い時間にルシウスが仕事を終えて居たら如何なって居た事だろうか。
想像等敢えてしなくとも判る事だろう。
聞えるの音がルシウスの吐いた溜息ならば未だ良かった。しかし現実は無空間にでも入り込んでしまったかの様に、深々と音無く降り積もる雪の音さえ聞えてき
そうな程の静寂。
其の最中。
氷徹した空気の中を何かが素早く動く音がした。其れも、の頬の直ぐ、傍で。
咄嗟に脳裏を駆け巡ったのは頬を張られると言う恐怖感。本能的に回避する様に身を竦めれば、降って来たのは冷たい感触ではなく、上等な布地の感触。
「 え? 」
「 風邪でも引きたいのか。 家に着くまでそうしていろ。 」
投げられたのはシルクに似た上質な布触りのローブ。大きめだと言うに微塵も重みを感じない其れは羽根の様に軽く、が普段使用しているローブとは様々な
意味を持って桁が違っていた。
半ば放り投げる様に掛けられたローブから伝わる温もりと普段ルシウスが愛用している香水の香に、はこのローブがルシウスが先程まで身に付けていたもの
だと知った。
魔法省の門を潜る前までは確かに身に付けていただろうものが、今こうしての小柄な身体のをすっぽりと覆っている。
「 い、いいよ、此れ、返す! ルシウスが風邪引いたら私のほうが殺される…! 」
「 …一度渡したものを突っ返される男の身を思え。 」
「 で、でも… 」
「 煩い。 」
問答無用とばかりうろたえるの小さな身体に強引に腕を回すと、踏み荒されていない真新しい白雪の街路樹を歩き始めた。
抱すくめる様に身を引寄せるルシウスの所為でとルシウスの互いの距離はほぼ無いに等しい。
大人と子ども、男と女である事を痛感させられる身長差。見上げる様にルシウスを見れば、吹き荒び始めた雪を伴う風に銀糸が靡いて太陽の下に輝く細氷の様。
魅せられる様に見詰め続ければ、視線に気付いたのか薄蒼の瞳とぶつかった。如何かしたのか、と言葉にして問うより先に表情で言われ、見とれていた等とは口
が裂けても言えないは居た堪れなくなる。
視線を逸らす事さえ許されないかのような状況下、は羽織っているローブがルシウスのものだと言う事すら忘れて引寄せる様にローブを着込む。
途端に鼻を付く高貴な香に隣に本人が居るのも忘れて、はルシウスを脳裏に侍らせた。
「 ルシウスに抱締められてるみたいだよ、こうしていると。 」
「 そうか、為らば私は要らぬと言うことだな。 」
「 ち、違う、そういう意味で言ったんじゃなくて、その… 」
如何伝えて良いのか判らずしどろもどろになるに、ルシウスは苦く笑った。其の様に、は言葉を失くす。
感情を見せない事で知れ渡っているルシウスが【苦く】であろうとも笑うことなど滅多に無い。笑われた対象が自分であることも忘れて、は返事をする様に
笑った。
ルシウスにしてみれば、勿論要らぬと言われたところで見す見す逃して仕舞う程溺れていない訳でもないが、己惚れに近しい言葉を告げられる筈も無く、想いは
胸奥に仕舞い込まれる。
代わりとばかり、苦く笑ってやれば弾ける様な笑顔が返って来た。柄にも無く胸奥に滾る思いに己で己を罵倒しそうになりながらも、其れでもルシウスは応える
様に片手で回りきり余る程細い肩を抱き寄せた。
街路灯の光りに淡く照らし出されたとルシウスの真上から、真綿の様に柔らかで優しい雪が降り注ぐ。
[ title by Sweet * Pli ]
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