蝶のようなキミは、捕まえようとしてもすり抜けてしまうんだ









欠けて朽ち果てた様な姿を晒す月しか見上げることの出来ない自分を呪って、そして笑った。
鳶色の髪の毛を擦り抜けて行く風は冬の到来を告げる様に凍て付いていて、ローブをきちりと着込んで居なければ寒くて此処に立ってはいられないだろう。
今日も大冷え込む。天気予報では初雪が降ると言っていたか、確か。
曖昧な記憶を辿りながら、傾き沈むだけの月を見詰め、腰に届く程度のエントランスの柵に背を預けて月を仰いだ。

「 今日、ホグズミードに行くんです。 甘いものが大好きなルーピン教授にお土産買ってきますね! 」

蘇る朝の会話。嬉しそうに笑顔で手を振りながら走り去った少女。それに手を振って答えれば律儀にも小さな頭を下げて寄越した。
何時からだろう、この小さな存在を追い掛けてしまう様になったのは。気付けば何時も其の存在を探して、見付ければ心の中で安堵の溜息を付く自分が居た。
切っ掛けなんて何も無かった、いや、思い出せないだけかもしれないが恋に落ちた記憶は無い。気付いたら追っていた、此れだけは揺ぎ無い事実。

「 ……ルーピ…ン教授っ! お待たせしてしまって申し訳有りません!! 」

待ち焦がれた声に見上げていた月から視界を下方に向ければ、この寒空の下走って来たのだろうか、肩で息をするの唇からは大きな白い息が漏れていた。
深い夜色の髪が漆黒の空に溶け込み、淡い紫の瞳が幾千もの星星よりも透明彩度を兼ね備えて其処に在る。それで微笑まれるのだから、自然と息を呑むのも仕方 ない。神秘的な美しさと言うものを表現するなら正に此れだろうと。

「 明日でも良かったんだよ? もうじき消灯時間な上に、外はこんなに寒い。 」
「 でも…今日行きますって朝言ってしまいましたし…何より温か内に食べて欲しくて。 」

申し訳無さそうに苦く笑ったが持っていた籐籠の中には焼き立てのアップルパイが入っていた。
より一足先に戻ってきた生徒達が口々に噂をしていたハニーデュークスの新作だろう。甘い香は流石に此処まで漂っては来ないものの、遠目から見ても甘味 を帯びていて実に美味しそうである。

肌を刺す凍て付いた氷の粒が幾重にも折り重なって刃を向いてきたが、其れより何より一秒でも早くの傍に行きたいと言う欲求の方が勝った。
どうぞ、そう言う様に籐籠を此方に向けて差し出したから有り難く頂戴し様とエントランスに片手を引っ掛け飛び降りる様に地面へと降りた。
三階以上の高さを誇るこの場所から、幾ら魔法を使ったからとは言え易々と飛び降りた私には駆け寄ると今にも泣き出しそうな声色で非難した。

「 ルーピン教授っ! 怪我でもしたらどうするんですか… ! 」
「 大丈夫だよ、そんなに心配しなくても。 仮にも私はホグワーツの教授だよ? 」
「 其のホグワーツの教授、が双子が仕掛けたスネイプ教授用の罠に引っ掛ったり…
 クィディッチで飛んできたブラッジャーを顔面で受けたりするんですか!? 」
「 あれは偶然だよ、偶然。 」

蘇る数日前の悪夢に似た出来事を揶揄されて、思わず苦い笑いを押し殺しきれずに居た。
膨らみ過ぎた風船と熟れすぎた果実の様に膨れた頬は寒空の下、炎症を起こした様に赤く腫れ上がり見ている此方の方が痛々しい。
何もこんな時分…其れも大雪どころでは済まされない様な気候の中遣って来ずとも良いものだろう、と思ってみたところで其れを咎める事は出来なかった。
何より少女が来る事を望み心待ちにし、姿を見て会話することで喜びを感じている愚かな自分が此処に居るのだから。

「 あ、もうこんな時間…! フィルチに見付かったら減点されちゃう。 ルーピン教授、私もう行きます。 」
「 折角来てくれたのだから、せめてお茶でも飲んでいかないかい? 君に貰ったアップルパイもある事だし、ね。 」

君だけは特別だ、とでも言うように自室への入室と一時の逢瀬を促してみたところで、から返って来る返事は容易く想像が出来るものだった。
"ルーピン教授の其の微笑みは罪です。誰しもが時めいてしまいますもの"
何時だったか、確かレイブンクローの監督生の子だったと記憶しているが、其の彼女がそう言っていた事を思い出す。
誰しもが…その不特定多数の中に、きっと今自分が目の前に置いている少女は含まれて居ないのだろう事を痛烈に噛み締めながら、其れでも笑って其の時を待つ 残頭死刑囚のような面持ちで返事を待った。

「 お誘いは嬉しいんですが…明日提出の魔法薬学のレポートが残っているんです。 」
「 そうかい…其れは残念だね。 じゃあまた月曜日に。 アップルパイ、有難う。 」
「 はい、また来週! 」

冷たく冷えたの手から受け取ったアップルパイは驚くほど温かくて、余程急いで走って来たのだろう事が見て取れた。

"せめて、凍えた手が温まるまで"

しかしを引き止めて見たところで勿論私の元へと来る事が無い事等100も承知の上。
人の心をはかろうと思っても、無駄な事だ。特に、既に他人のものに為っている人間の心などを。私は少女に対して余りに知らぬ事が、多すぎた。どこから知っ てゆけば、判らない程に。
否、知ろうとはしなかった。知れば知るほど他人のものだと言う事を現実的に突きつけられる様で痛々しい。

まるで蝶の様だと去って行く様を見て思う。
休むための枝を求めて飛び続ける蝶の羽根休めにさえも為りはしない自分を呪って、そして叶わぬ相手を憎んで、そうしてホグワーツで生きている。
そう、叶う筈等無いのだ。を見れば見ただけ…背後にチラ付く影を見て。

「 でもね、私もそう簡単には屈しないよ、セブルス。 必ず奪ってみせる…蝶の様なを。 」

大方徹夜で生徒全員分のレポートの採点に明け暮れているだろう嘗ての同胞に届かぬ挑戦状を叩きつけながら、元来た道を辿る様にエントランスまで飛び上が る。
もう姿さえも確認出来なくなった小さな後姿をもう一度思い出して、そうして重たい扉を閉め落とす。

其の夜、ルーピンの喉奥に落ちたアップルパイは思った以上に甘く、何処かほろ苦い味がした。
まるで今の自分の状況を叩き付けられている様。
其れでも一切れ残らず喉奥に落としこんだのは、此処から全てが始まる、そんな願掛けに似た思いも共に落とし 込んだから。
すり抜けてゆく蝶を、捕まえられる日は何時の日か。































[ title by Sweet * Pli ]

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