1.花の香りとキミの匂いがたまらなく好き

「 このむさ苦しい部屋もこうすれば少しはマシになるでしょう? 」
岩か何かに押し潰された蛙の様な悲痛な声にまたか、と溜息を殺すことも忘れて扉を開けてやれば、奥に居たのは此れでもかと厭味な程に大きな花束を抱えたの姿。
抱えたくなる頭を今日は如何抱えようかと一瞬悩んだ隙には扉を開けた礼を言うと部屋主の我輩よりも先に室内に足を入れて魔法で花瓶を作ると、持ち運ん
だ膨大、否、莫大な量の華を差し入れた。
「 …お前の部屋に飾れば良い。 我輩の部屋に花など向かぬ。 」
「 ダメですよ、先生。 この部屋だからこそ花が必要なんです。 さっきも言ったでしょう?むさ苦しいって。 」
ニコリと微笑みいけしゃあしゃあと言ってのけるは慣れた手付きで余分な枝を切り落とすと、スネイプの自室で唯一広くスペースを取ってある机の上に花瓶
を置いた。
其処はスネイプが普段レポートを採点したりだとか文献を読み漁ったりだとか、研究の為の論文を書いたり食事をしたりする机。
毎度の事とは言え、スネイプが眉間に更なる深い皺を刻み込んだのは言うまでも無く。
「 我輩の部屋だ。如何使おうと我輩の自由だ。むさ苦しかろうが何だろうが、我輩が使えていれば良い。 」
「 ダメです、其れだと困ります。 私だって此処に来る人間ですよ?少しは癒されたいじゃないですか。 」
此処に来る度魔法薬学のあの厭味と贔屓に塗り固められた貴方を思い出す私の身にも為って下さい。
為らば今日限りで此処へは来なければ良い。
そう告げれば十中八九は我輩の部屋へと来なくなるだろう。前例があるだけに自らの首を絞める様な事は言えぬ。
仕方が無い、と苦渋の溜息を吐けば嬉しそうに薄紫の瞳が和らいだ。華が綻ぶ様を思い出させる様な柔らかなる微笑に思わず息が詰まる。
「 昨日ホグズミードに行った時に買って来たんです。 今年はこの花が流行らしいですよ。 」
「 馬鹿馬鹿しい。花に流行も何もあるか。 」
「 …って言うと思ったので別の花にしようかと思ったんですが、思った以上にこの花が綺麗で良い香りなので… 」
魅せられる様に買ってしまった、と言葉を続けたから普段とは異なる香りがする事に気付いた。
空気の滞留が激しい地下室と言う環境下、外から流れ込んで来る空気は扉が開かれる時だと限定していた。
花を生けると行ったが大きな花束を抱えた時や、此処まで大きな花束を抱えてきた時にでも花粉と共に香りが染み付いたのだろう。
普段の柑橘の香りに混じって柔らかな花の甘味を帯びた香りが直ぐ傍で漂う。
「 兎に角、花を持ち込むのは大概にしなさい。 」
「 如何して?気晴らしになるどころか邪魔で仕方なくて今直ぐにでも処分したい衝動に駆られているから? 」
「 判っているなら如何して持ち込むのかね。 」
「 スネイプ教授が、忘れないように。 どれだけの花の香りが混ざろうとも、私の香りを忘れないように。 」
少女の顔をして娼婦の様な事を言う。
「 我輩がお前の香りよりも花の香の方が好ましいと言ったら如何するのかね。 」
「 そんな事は無い筈。 だってもしそうだとしたら、私がこうして花を持ち込む事は無くなる筈ですから。 」
誰よりも鋭な神経を持つの事だ。そんな事は無い筈だと鷹を括って言ってのけた。
確かに我輩は今まで一度たりともの香りよりも花の香りを好んだ事は無く、況して花の香の所為での香を忘れた験し等無い。
「 大した自信だな。 」
「 勿論、愛されている自信が有りますからね。最も…自信だけですが。 」
それだけでも見据えた根性と自意識過剰だと言ってやれば何故かは嬉しそうに微笑った。
小さな黄色い花を付けて頭を垂れている枝のひと房を指の腹で撫上げ、すらりと高い鼻を近付け花粉が付く事も忘れて香りを吸い込み、擽ったそうに笑うを
後から抱締めた。
簡単に回り切ってしまう頼り無い肩を抱いて、絹の様な夜色の髪に顔を埋める様に身を預ける。
前屈みに為った拍子に鼻を付いた二つの香りに苦く笑って、そして
「 お前が居ない夜、間違う筈等無いと言うに、花の香りが鼻を付けばお前の香を思い出す。 」
何と情けない事よ。自分で言って己の愚かさに失笑する。
初めはこんな事等有りはしなかった。の香りを思い出す暇さえ無い程様々な薬草に囲まれている故に、嗅ぎ慣れている香を嗅覚は思い出す。
しかし長時間過す事の多い夜、机の上に置かれた花は其の量の所為も有ってか自然と香りを放ち、望まずとも嗅覚を刺激する。
其の香りを認めれば、胸奥を競り上がって来るのは対処し難い胸の疼きと恋情。
「 作戦…に為るんですかね。 そう仕向けた、と言ったら。 」
「 為らんだろうな。 我輩は其れを悟っていて敢えて罠に落ちてやっているのだからな。 」
「 …何それ、卑怯臭い。 」
「 何とでも言え。 」
言えば悔しそうに桜色の唇を歪めて見せたに苦笑しながら、何時までも花の傍から離れようとしないを半ば強制的に引寄せる。
驚いた様に大きく見開かれた瞳に、落つる一片の花弁。其れを指先に絡めて唇を寄せるに更なる花弁が降り注ぐ。
幾ら降り注ぎの香を殺いだ処で何等問題は無かった。花の香との香。初めは不快にしか感じなかった香りさえ既に双方とも好むようになったのだから。
[ title by Sweet * Pli ]
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