秋宵









むさ苦しい暑さにすっぽりと包み込まれた様な炎天下の季節は終わり、漸く地表面の熱も長時間は保たれなくなった秋の中盤。
街路樹も様々な色彩に彩られ人々の眼を愉しませていたのもほんの数日前まで。今は冬に向けての準備を着々とし始めているように北からは冷たい風が吹き、街 路樹の葉も紅葉から枯葉へと変わって行った。

そんな、秋。
世間に広く知れ渡っている秋は、紅葉の秋だとか、食欲の秋。スポーツの秋に芸術の秋。行楽の秋に、勉学の秋。
まぁひっくるめて言ってしまえば【何をするにも最適な季節】という事になる。
勿論、とて秋と言う季節を嫌悪している訳ではない。寧ろ其の逆で、秋は夜が長いから…と夜型のにしてみれば勉強をする良い機会でもあった。

秋の夜長。
其れが仇になろうとは露知らず。秋はまた、読書の秋ですらも有るという事をすっかりと忘れて居たのだ。


「 ……………………… 」


時計を横目に見て既に日が変わった事を知った。
其の侭視線を右方向に外してみれば無駄な程華美に装飾された高級ソファーに抱かれる様にして腰を落とす銀髪の男が独り。
淹れたばかりの頃は沸点を超える温度で注がれたであろうハワイコナエキストラファンシーは無残にも温度も美味さも欠いてしまっていた。

それを見て、は心の中で小さく溜息を零す。勿論、メイドが淹れた世界最高品種と呼ばれる珈琲が一口も口にして貰える事無く味を悪くした事にではない。
珈琲にさえも気が回りきらないことが問題なのである。

ルシウスはずっと分厚い本を読んでいる。仕事場では何時もそうしているのだろうか?流れ落ちてくる銀糸は縁なしの眼鏡に掛かり、薄い蒼を持つルシウスの瞳 色が無色透明のガラス板を抜けて本の文字に注がれている。
仕事の本なのかと背表紙を見てみれば、如何やらそうでも無いらしい。しかし、が安易に読めるような小説や文献と言ったものとはまた類が違う。
兎に角字が小さい上に細かく、会話文の象徴でもあるカギカッコが1頁内に一つあるか、ないか。
分厚く読み辛そうなルシウスの最近の愛読書を開くときはいつも、無口な唇が一層キツク閉じられ不機嫌に顰められているのが常である。
普段は訝しげに歪められている眉根もこの時ばかりは穏かな装いを保ち、頁間を移動する際の流し目は相変わらず氷結した氷細工の様に鋭く美しい。


「 ……………………………………………………………… 」


ルシウスの横顔を見ていると、本当にこの人は綺麗なんだ…、と感嘆の溜息と素直な言葉が勝手に口を吐いて出る。
端麗?美麗?秀麗?どれも正解なようでどれも不正解な気がした。整った容貌に魔法省高官と言う肩書き。序でに純血魔法一族の血を引くマルフォイ家の跡取り 息子。
時折まことしとやかに流れる女性遍歴を除いては、この上もなく上等な男。
此処に居るその男が本当に自分の恋人だと言うのだから、世の中は本当に不可思議である。


其れはさて置き、感心するほどの集中力だとは思う。
ルシウスの周囲の世界は視界に一切入らないとでも言うように、仮にも恋人と呼ばれる人間が眼と鼻の先に居ると言うのにも関わらずに全く別次元に存在してい るかのように、書物の膨大な活字の世界に没頭してる。

いや、存在していないのではない。此処に居ることを認識して、敢えて、忘れているんだ。
存在無視なんて、なんて最強で最悪な技。


「 …ルシウス… ねぇ、 」


仕事をしているなら未だ我慢が出来る。此れが仕事をする上で必要不可欠な文献で休日に家で読まなければ為らないほど重大且つ重要なものならばも黙って 口を噤んできた。
が、しかし。如何やらいち趣味の延長線上でしか読んで居ないと言う事が完璧に判ってしまった時は如何し様も無くなって我慢が利かなくなった。
たまらなくなって、声をかけた。

少しだけでいい。今必死に活字を追い掛けている蒼い瞳に一瞬でも映し込んでくれたらあと一時間は無言を貫いても惜しくない。
禁断末期症状に似た現象をかかえながら呼びかけてみれば、返って来たのは無言の攻撃。早く言えば聞えない振り。悪く言えば無視。

視界に入れてくれるどころか一瞬の時間さえも惜しい様に本から瞳を離そうとしないという筋金入りのシカトっぷり。
一体何か癪に障るような事でもしただろうかと不安になるのも否めない。


「 ルシウス、もう12時過ぎたよ…? 」



「 ………、静かにしていろと言ったのは聞えなかったか。 」


いえ、確かにこの部屋に入った時にしっかりと両耳に入れさせて頂き、自分の右耳から左耳、また左から右へとエンドロールで脳に叩き込みましたとも。
でもちょっと一言だけ会話がしたいなーなんて言ったらやっぱり殺されるだろうか。例え返って来る返答が愛情の欠片なんて一つも感じられない怒りを含んだ呆 れの台詞だったとしても。

勿論、言えばどんな言葉が返って来るかなんて安易に予想が付いていた。寧ろ予想が付きすぎていたからこそ、敢えて声を掛けてみたと言うに。
其れでも貴方は視界にすらも入れてくれない、とそう云う事ですか。あぁ、そうですか。

…確かにそんな予感も沸々と感じては居ました。居たけれども、其れでも普段にしたら結構な時間大人しくして頑張って耐えたというのに。
今直ぐに胸倉掴んで【如何して見てもくれないし会話もしてくれないの!】と怒鳴りたくなる位の限界値ギリギリの孤独を感じているのに。如何してそんなに平 然と本を読んで居られるのだろうか。


と、考え始めたらの憤りは一気に沸点まで上りつめた。

ルシウスと晴れて恋人に為れてから実に一年の月日は確実に過ぎている。こうしてルシウスの家に日も越えた時間に堂々と居れるのだから其れ相当の人間だとマ ルフォイ家の面々からも認められる位の地位には居た。
だがしかし、は時折…そう、今実際に置かれているような状況下に於いて未だに無性に妙な心細さを感じる時がある。
手を伸ばそうと思えば届く距離、抱き寄せようと思えば直ぐに近づける距離、小声であっても静寂に包まれた室内ならば耳には簡単に声が届く距離。
本当に直ぐ傍に存在るのに其の存在を認めて居ないかの様、の事を都合良く忘れ去られているような不安感が、気付けば毎回の様に心の片隅に有る。
そして一回気付いてしまえば其れは麻薬の様に誘発作用を齎し、過去に同じ様にした思いをフラッシュバックさせ、脳内を占領し侵略し始める。


「 …もういいもん… 」


ルシウスの耳に届かない様な小さな声で自分に言い聞かせる様に呟く。
足を組んで膝の上に文献を置きながら読書に勤しむルシウスの姿だけでも見ていようと真正面のソファーに座っていたは、無造作に手探りでブランケットを 手繰り寄せた。

自分が勉強している時は秋の夜長は別に何の問題も無い。長い分捗るし、時間を有効にも使うことが出来る。
ルシウスの興味が文献にいっていない時も問題は無い。長い時間分だけ相手をして貰える。
それ以外の長い長いこの時間。こんな長い夜は要らない。無駄に長過ぎると感じてしまう秋の夜なんて、ルシウスの興味を他の物へと移し逸らせない秋の夜なん て要らないと言えば、余程の我侭に映るだろう。
でもそう思ってしまうのも仕方ないといえば仕方ない。ルシウスは魔法省で働く社会人の身分だが、は未だホグワーツに通う学生なのだから。


無視される位ならばいっその事、自分から遮断してしまえば良い。そうすればルシウスに無視される、のではなくルシウスを自分が無視する、という形に為る。
思うが早く、は手繰り寄せたブランケットを上からばさりと引っ被る。そうして眼の前をふかふかの柔らかい起毛で覆い尽くしてルシウスの視界から逸脱し た。
如何ということは無いだろう。ルシウスにとって読書に没頭している間はこの世界に存在しない自分なのだから。


「 …………………………… 、 」


暫くして、小さな溜息と共にルシウスの言葉が降りて来る。
面倒だと間接的に伝わるような重たい感情が一気に胸奥を競り上がって病まない。
一瞬、無視でも決め込もうかとも思ったけれど、ここでがルシウスを無視してそれ以降修復が不可能にでも為れば其れはそれで酷く頂けない。

そんな事は有っては為らない、と二度目の強制的問い掛けが始まる前にブランケットから頭だけを引っ張り出した。
途端に克ち合った蒼い双眸にドキリと胸が痛み出す。


「 はい 」

「 ………今はキリが悪い。 もう少しで終わるから大人しくしていろ。 」


そうして返答も聞かずに蒼い瞳はまた活字を映し出し始める。其れでも良かった。一瞬以上克ち合った視線に交わした言葉。そしてもうじき終わるとの言葉に、 の今までの不安は嘘みたいに消し飛んだ。
頭だけを覗かせたブランケットを身体に巻きつけてソファーから立ち上がり、テーブルを横切ってルシウスの座っているソファーに辿り着くと其の隣に小さな身 体を乗せた。
ソファーが二人分の体重を吸収し、小さく下に湾曲する。

隣に座ったは其れ以上何かをするわけでもなく唯ブランケットを引っ被ってルシウスと同じ眼線上にあるだろう活字を眺めていた。
勿論理解など何一つ出来はしないが、何もしないよりかは充分退屈な時間を消化できる材料になる。
其れに横に居た方が正面に居た時よりもはるかに安心出来ると知った。


其れから暫くの時が経ち、に猛烈な睡魔が遣って来た頃合、ルシウスが漸く文献から視線を逸らした。
虚ろ虚ろの眼を擦りながら見上げれば、待ち望んだ蒼の瞳が今度こそ確実に漆黒の瞳に映り込んで来る。
駆られる衝動感を押さえ切れずに抱きつこうとすれば、其の前にルシウスによって抱き上げられる。


「 待たせたな。 さて、秋の夜長、如何過ごす? 」
「 …寝る… 」


ぱふん、とルシウスの肩口に小さな頭を突っ込んで、は意識を飛ばした。
時計を見れば既に2時を回ったところ。13歳の子供が起きているような時間ではない。が此処まで耐えたことの方こそ驚愕に値するだろう。
意識を飛ばすと共に身体の力の抜けたの指先から滑り落ちたブランケットを拾い上げると、其の侭寝室へと足を運んだ。
ベットに落としても未だ小さな寝息をたて睡眠を貪る幼い顔を見詰めながら、ルシウスは漸く堪えていたものを吐き出す様に小さく息を吐く。


「 …秋宵は人の理性をも狂わせるか、言ってくれる。 明日また文献を探しに出ねば…間に合うまいな。 」


13になったばかりの幼い子どもに手を出す事は出来ぬと理性が叫び始めてから既に何ヶ月経っただろうか。
せめて14になるまでは、と言い聞かせてきたが最近勉学に勤しみ出したはすっかり夜型の人間になってしまい、休日に泊まりに来ては幼い其の身を寄せて 来る。
最初のうちこそ理性が保てたものの、夜が長くなるにつれが起きている時間も必然的に長くなり、日に日にルシウスの理性にも限界地値が見え始めてきた。

其処で考え付いたのが、読書。
もっとも読み耽るのは仕事に使う文献故に読書とまではいかないかもしれないが、少しは気が紛れる事は確実。
今日も今日とてが待ち草臥れて寝てしまったタイミングで読むのを止めた。
寝てさえしまわなければ直ぐにでも組み敷いてしまいそうな浅はかな己を止められぬ事が何よりも腹立たしく、何よりに対する己の恋情を認識させられる。

幾ら愛情が募ろうとも、14までは決して手を出さぬ。自身で誓った約束を自分で破る訳には行かない。


「 明日はもう少し分厚い文献を探してくるとしよう。 」


寝返りを打つの額に一つの口付けを落としながらルシウスは小さく呟く。
翌日昨日まで読み耽っていた文献の倍はあろうかという厚さの文献を広げたルシウスに対し、は昨日とは打って変わって初めからルシウスの隣にぴたりと寄 り添っては理解など出来もしない文献の活字を追っていた。

秋の夜は、長い。
ルシウスの理性が事切れるのも最早時間の問題だと、誰より先に本人が悟る羽目に為る。
































後書き

秋の夜長…皆様如何お過ごしでしょうか。
稀城は秋の夜長=レポートに明け暮れたという思い出しかないのですが、確かに云われてみれば秋の夜は長い気がします。
何をするにも夜型の人にしてみれば良き事ですね。
さて、今回の夢ですが…無理やり秋宵とルシウスをくっ付けたに過ぎないのですが、其処は一つ秋宵に稀城がまたこんな発想しか出来なかった、という事で… (笑)



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