もう止めよう。そう思った時にはもう、引き返すことすら出来ない場所に立っていたんだ。





翼を、下さい。









月が煌煌と漆黒のヴェールを被った夜空を照らし、半分程開けた窓から涼しい風が入り室内を浄化する様に巡った。
聞えてくるべき昼間の喧騒が嘘の様な静けさが周囲を一瞬で包み込み、大きく取られた決して開くことの無い天窓から空を仰いで見れば、其処には息を飲むほど の 光景が広がって居た。
幾重にも折り重なる様に連なった星はやがて群を成すようにして、冷え切った秋の空にゆったりと腰を据えている。
混沌と醜悪に塗れた穢れたる世界にさえも、輝いた星は美しいまでに瞬くのだと。

厭きもせず、片手にワイングラスを持ったまま意識でも飛ばしているようなリドルの傍にが立てば、リドルが悲しそうに笑った。


「 僕に殺された人たちが復讐に来たら…僕は何回死ねば赦されるのかな。 」


独り言の様に呟いた小さな声にはっとして、隣を見た虚構のような表情のリドルは、唯暗いだけの空の果てに何を見ているのだろうか。
否、何を見たのだろうか。
言葉少なく義務の様に強く遠くを見ているような視線の先を窺おうと、眼をやるけれど、結局リドルが何を見ているのかは分からずじまい。
代わりと言っては余りにも綺麗過ぎるオリオン座が遠くに揺らいでいる。深紅の瞳にも、このオリオン座が見えているだろうか。

昼間程では無いにせよ、淡い黄金に彩られた月は黒を落としたテラスに居ても、リドルの表情が伺える程度に明るかった。
普段は黒に覆われた世界の薄暗い場所でしか垣間見れる。間近で見ると、リドルの顔は随分と中性的に見えた。


「 ねぇ、。 君は僕を…赦してくれるのかい。 」


問い掛けではない、リドルの独り言。
語尾が上がっていないから質問形ではないのだろうと知っていながら、はリドルの呟きに返答を返す。


「 私はリドルの味方だから…。 みんながリドルを悪者だって責めても、私だけはりドルの味方だから。 」


ちゃんと笑えてるか、判らなかった。
リドルが此方を見てはいなかったからこそ言えた台詞かもしれない。動く事無く静的なままのリドルの視線の先には変わらぬ漆黒の空があり、は返答の無い リドルになんの疑問も抱く事無く其の横顔を眺めていた。
言った言葉に嘘は無い。其れは事実。誰が如何云おうとも、彼が貫いてきた信念を彼自身が守り通すというのならば、身の破滅を呼んだとしても、其れでも はりドルの傍らに立つ自信も覚悟もあった。


「 ……、 」


やっぱりリドルは綺麗だね、言い掛けて口を噤む。
云えば返って来る返答など安易に予想が付いた。紅蓮の瞳を、憤りを混ぜたような深紅に変えて「世界により綺麗なものは存在しない」そう言い切られる事 が。
リドルの方が何倍も綺麗なのに。何時だって自分の何処が綺麗なんだと口癖の様に返してくる。にしてみれば、リドルよりも綺麗な人に逢った験しが無い。


例えば、緩やかな風に揺れる細く深い夜色の髪。風に靡く其れは其処等の女性の髪と比較しても差は歴然。流れるように艶やかな黒髪は其れだけで一つの飾り物 の様にリドルを装飾する。
更に言えば、微かに伏せられた長めの睫毛だとか、紅蓮の色を引き立てるような切れ長の瞳だとか、リドルを構成するもの一つを取り上げてみても、何処にでも 居るような男の人とは異なる抽象的な美しさ.を感じさせる。
酷く紅い色を湛え、マグルを見詰める其の視線は絶対零度であるにも関わらず、何時も何処か冷涼伴う寂寥感が隠されていて。

自分が何時からリドルに惹かれたのかは判らない。気付けば魅入られたように彼の傍に居て、彼が後のヴォルデモートと為る人物だと言うことも知らずに此処に 在り続けようと誓った。
其れから幾許人かの人の血と涙と懺悔の言葉を耳にしたか知れない。けれどそんなもの、にしてみればリドルを失う事に比べたら何でも無かった。


不意に、リドルの視線が動くのを感じて、其れを追うと、如何やらリドルに郵便を渡しに羽ばたいて来る一匹の毛足の長い梟だった。
ゆっくりと旋回しながら此方へと距離を縮めてくる梟を愛しそうに見詰め、呟く。


「 肩甲骨は翼の名残らしいね。 如何して人は翼を棄ててしまったんだろう。 」


リドルが如何云う意味を持って言葉を呟いたのか、寂しげな表情を見なくとも手に取るように分かる。
人は元来翼を持ち合わせ、罪を犯した贖罪に、と背に生えた翼を失ってしまったのではないだろうか。
昔、そんな話をリドルがしていた事を思い出す。だから人は何時でも空を見上げ、空を自由に翔ける翼を持つものを羨み、手を伸ばすのだろうと。
神に罪を問われた人が唯一持つ翼の名残、其れが肩甲骨なのだとすれば、何とも残酷な事を。
そう思うのは一瞬で、次いで脳を支配したのはリドルが乞うであろう叶わぬ願い。

どうかその先は云わないで欲しい、願うけれど、それが無駄なことは知っていた。


「 翼が在れば、何処へでも…そう、何処へでも飛んで行けるのに。 」


何処へでも。リドルが求める理想郷、其処へも飛んでいけるかもしれない。
若しくは、罪を犯した人間が行かねば為らぬ劫火の地か。其れでも良かった。

翼を持つ生物はあんなにも気持ちよさそうに自由に空を飛んでいるのに、如何して人は、大空へと飛び立つ術を捨ててしまったのだろうね。

悲しげに呟いたまま儚い眼差しで空を見上げ続けるリドルは、翼を乞う様に唯黒いだけの空に手を伸ばした。
翼を持つものを掴み取れるわけでも無い事を知りながら。翼を手に入れることなど叶わないことを、知りながら。


「 ヒトは…人は両の足で地を踏む。 翼を失う事の其の引き換えに…人は地面を歩く事の喜びを知ったんだと思うよ。 」


慰めにもなら無い言葉なんて充分過ぎる位に判っていた。判っていても、そう伝える事で少しはりドルの気持ちが安らげば、と自己満足的な思考の元、其ればか りを思い。
小さな四角い封筒のようなものを足でしっかりと挟み込んだ梟がゆっくりと歩みを増し、此方側に近づいて来るに従って、は己の発した言葉をもう一度考え てみる。
鳥は青く済んだ空を思いの侭に翔ける事が出来ても、人がそうする様に両の足で地面を踏みしめ思うが侭に歩くことは出来ない。
人が翼を持つ生き物を見て其の翼を乞うように、翼を持つ生物もまた地面を踏みしめ歩く事の出来る人を羨むのだろうか。
自分が在るべき世界を如何生きるか、無い物を強請ったところで仕方が無い。自分が在るべき世界を生きるしか赦されていないのだから、人間は翼を乞いながら も地に足を付けて生きていくしかない。

が掛けた言葉にリドルは何の反応も返すこと無く唯静かに空を見上げていた。リドルはリドル為りに考えて居るのだろうか。
ヒトが飛ぶ術を捨てた理由を、自分達がこの地上に在る理由を。


「 大丈夫だよ、。」


リドルが何処かへ行ってしまうのではないかという暗雲に包まれた思考がの表情を翳らせたのかも知れない。
顔をあげると、紅蓮の瞳と重なった。
さらりと風に靡いたの柔髪に細い指を差し入れて、優しく撫ぜながら、小さく微笑む。
先程までの物鬱気な表情など幻影と錯覚させるようは変わり様に、は円らな瞳を更に大きく見開いてリドルを見た。


「  仮に僕に翼が生えたとしても、君だけは僕が浚っていくから。 」


同じように微笑まれ、突然吹き込んできた強風からを護るように引き寄せられ、抱きしめられた。
息を呑む暇さえ無い程の瞬間に感じるのは、確かなリドルの温もり。
離さない、とばかり両の腕の力が加えられて、抱き締められる事の喜びを知る。そうして願うのは、出来ればこの先何が起きてもこの温もりの中に落ちて居たい と。







だから、神様。
地に堕ちた私達に、在るべき場所まで翔べるだけの、翼を下さい。
































後書き

翼を下さい。
その名の通り、有名な楽曲の歌詞から拝借させて頂きました。
リドルの背に漆黒の翼が生えていたら恰好良いんだろうなぁ…っていう稀城の単なる妄想です(笑)。
こう云う悲観的なリドルを書くのが大好きです(笑)。
強気なりドルはヴォルデモート卿という事で。



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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2004/10/30