判っていても気付けば手を伸ばし、届かないと知りながら諦め切れずに、唯思いを馳せる。
本当は、伝えなければならない想いがたくさんあって、言いたいことも届けたい言葉も、沢山有った筈。





サヨウナラの色









「 サヨウナラの色って、何色なのかな。 空みたいに、真っ青ならいいのに。 」


笑って居たの唇から漏れたのは、僕にとって過去を彷彿とするには充分過ぎる位に安易な言葉だった。
スリザリン寮の談話室。燈の灯っていない暖炉には当然熱は無く、窓枠に叩き付けるような土砂に似た雨が降り頻っている。
今朝には晴れていただろう空は、昼過ぎから突然一面雲に覆われ、夕方を過ぎた辺りから濃い灰色に染まってポツポツと雫が落ち始めていた。

スリザリン寮監督生がスリザリン寮監に呼び出される事は当たり前と言えば当たり前で、今日も今までもがスネイプに呼び出される事を僕は何時もこの眼で 見ていた。
そして、決して節穴ではない眼はとスネイプの間に隠された関係にも薄々気付き始め、動向を探るうちに僕の視界にはしか映らなく為っていた。
初めて出逢ったのは、が七つの時。マルフォイ家と家の付き合いは其れこそ何代にも渡って続いていると聞かされている。其れから共に歳を一つ一つ経て いくのを、誰よりも傍で見ていた。
顔立ちは確かに変わったと思う。背も伸びている筈だが、嘗てよりの幼い印象は消えず、無邪気に笑う様が何処までも僕の脳裏に付き纏った。
可愛いから綺麗に変わった今でさえ、其れは変わる事、無く。


「 如何した? 今日はやけに元気が無い。 」


普段は大勢の生徒で賑わうスリザリンの談話室も、明日に控えた魔法薬学のレポート提出と有らば、閑散とするばかりでソファーに座っているのはと僕の二 人だ。
僕が此処に来たのは本当に偶然で、図書室に本を借りに行こうとした矢先に談話室の扉からが入ってくる姿を見掛けて慌てて呼び止めた。
振り返ったの薄紫の瞳には水が溜まり、淀んだ形で僕を映し出していた。慌てて掌で拭う様な仕草の後に俯いてしまったを引っ張る様に細い腕を掴んで ソファーに座らせれば、少し覗き込んでみた位では、それ以上の表情を伺う事は出来ない。

暫く、沈黙が走った。
出会って既に10年以上の年月を共に過しているが、今まで一度も…唯の一度もが泣いた場面等見た事が無かった。
どれだけ哀しい出来事が有ったとしても、涙を呑んで笑っている様な少女だった。其の少女の瞳に確かに在る涙の陰、人生の中でどれ程悲しい出来事に直面した のだろうか。思い起こしてみれば、思い当たる節等一つしかない。


「 失恋でもしたのか? 」


一体、何時から、こうしてお互い無言の侭談話室のソファーに座り続けているのだろう。
何時までこうしていれば良いのだろう。
心の中で呟くものがに対しての問い掛けなのか、其れとも行き場の無い思いが出口を探して発する呻き声なのか、もう判らなかった。

認めたくなかった。
をあの男に奪われたと知った瞬間は殺意は基い嫌悪感すら走った。けれども、あの男とが共に在る事で、幸せに微笑っていられるのならば、其れで良い と何度も何度も自分の想いを殺して来た。
なのに、如何して。如何してあの男はこんなにも簡単に想い人を手放したのだろう。


「 ダメ、だって。 フィアンセが居るから…だからもう、駄目なんだって。 」


悲しそうに笑って言った言葉が、脳裏を支配する。
「 結局…自己中心的な傲慢さこそが、人間の唯一の象徴なのかもしれぬ 」
そう言われて最後に口付けをされ、涙に濡れた頬を両の手で包まれた瞬間、手で罵倒してスネイプの許を走り去った。
文字通り、声にならない言葉だけが脳内をぐるぐると回り、其れでも判る事は唯一つだった。
昨日までスネイプの許で笑って居たは居ない、誰かのモノに為ったは居ない、もう誰のモノでもない。
喜ぶべき筈の事態、願っていた筈の事態、なのに胸奥を貫いたのはがスネイプと付き合っているという事実を知った時よりも痛烈な鈍痛。

自分の面倒を見ることに疲れたのならそう言えば良かったのに、逃げ出したくなったのなら教えてくれればいい、そう零したを見てられなくて拳を握り締め る。
どれだけ望んでも失ってしまうだけならば、自分から手放した方が良い。何時かは失ってしまうのならば、いっその事初めから手に入れない方が良い、伝わらな い想いなら告げない方が良い。
其の方が傷は浅くて済むのだと、早期に諦めさえすればその分早く立ち直れるのだと、僕は過去の経験から知っていた、筈なのに。


「 人は、悲しくなりたくて、誰かを好きになるわけじゃない筈なのに…ね。 」
「 そうだな。 」
「 ねぇドラコ…ドラコも悲しい位に人を好きに為った事、ある…? 」


ポツリと呟いた声に涙が混じるのを、聞いていられなかった。
…悲しい位に人を好きに為った事が有るか?現在進行形で今眼の前に居る人間に如何し様も出来ない位の想いを抱えていると告白できたらどれだけ楽だろうか。
伝える手段が何であれ、伝えたいものが何だろうと、相手に伝わるものはその表層でしかない。
空回りする、言葉。宙を滑る、感情。木霊する、声。全てが伝わることを望むことは簡単なのに、行使すれば今以上に己が傷付きそうで、何よりも大切な人を 傷つけてしまいそうで。

問われた詰問に近しい質問に対する返答の言葉は、一つも出てこなかった。
抱いた淡い恋心が集まって身体の中で押し留めることが不可能な位に膨大に膨れ上がって螺旋の様に渦を増し、他の感情を吸収して更なる成長を遂げるように広 がり燻ぶって、愛に変わった。
耐えきれずに心が潰れそうになるその度に、無意識に浮かび上がるのは微笑むの瞳。

今は、どんな表情をしているのだろうか。盗み見た横顔は凛と強く、大きな瞳は前をただ見据え、きつく結ばれた唇が、時折震える。
その表情はあまりに清冽で見てはいられなかった。けれど悼む気持ちなどは自分の感傷に過ぎないだろう。
視界の端に毀れ落ちる雫を、細い指で拭う様を見て、まるで自分の事の様に胸が痛み病んで。


「 あぁ…、悲しい位に好きでも、如何しても叶える事が出来ない恋愛をした事がある。 」
「 ドラコも…辛いんだね。 」


悲しげに笑う其の様を、今日この時間帯だけでどれだけ僕は見てきただろうか。端麗な桜色の唇が悲愴に戦慄いて、正視出来ずに目を細めて俯いた。
言える訳が、伝えられる訳が無い。僕が抱いたこの想い、が悟ることが出来ているのならばとっくに周囲に知れ渡っている筈。
此処まで殺し続けた想いを告げてに更なる陰が出来るなら、いっそ。
言葉に出来ない想いを、伝えられない想いを、何時までも抱えて、僕は一生を生きていくんだろうとこの時思った。


「 聞いたよな、サヨウナラの色は何色かって。 」
「 うん、聞いた。 」
「 お前は蒼然とした青空が良いんだろ? 僕はそうだな…無色透明だと思うぞ。 」
「 無色透明? 」
「 あぁ、無色透明に徐々に色が加わって、新しい色が造られる。 サヨナラは次の色を作る為に在るんだ。 」


空が様々な色に変化を遂げるのは、きっと根底に有るのが無色透明だからだろう。
空なんて、最初は真っ白なキャンバスか何かの様に、唯一色で覆われた世界だとそう思っていた。けれど、白一色にしたって其れを透き通る様な蒼にするには酷 く難しすぎ る。
為らば無色透明ならば、どうだろうか。一つ一つ初めから色を落として、色を紡いで、世界に二つとない空が出来上がる。
イロの付いた空から一つ一つ折り重なった色が総て、離れていく。総てのイロが、急速に失われて無に還るように。

出会えたことを、奇跡と呼ぶのなら、別れることを、必然と呼ぶのなら、この日のことを、宿命と呼ぶのなら。
それでもきっと、一生忘れることは無く、貴方の居なくなった日を空を、覚えていようと思う。
たとえ想いが伝わらなくとも、伝えなくとも。
僕が選んだサヨウナラの色は無色透明。此れから何色にも染められる。だから今は、何も色を加えない侭で。


「 そっか、そうだよね。 じゃあ私も無色に為って一から始めればいいんだね。 有難う、ドラコ。 」


そんな風に悲しく笑って欲しい訳じゃないのに。
慰めて遣る事すら出来ない無力な自分に腹が立ちながらも、離した指先から伝わる微かな熱と遠ざかる背中から届く柔らかな感触に。
消えた足音から押し寄せる幼い頃の彩られた記憶、伸ばしても手に入れることさえ叶わない慕情、色褪せない思い出は文字通り思い出のままで。

君が僕にくれた其れが全て、僕に残った全てのもの、其れは今でも僕を支えてくれている。


「 大丈夫だ、想いは何時か必ず届く。 諦めずに頑張れ、な? 」
「 うん、有難う、ドラコ。 ドラコも想い人に…想いが届くといいね。 」


君が笑ってくれるのならば、僕は他の何も望まなかった。
聞こえるもの全てが消えない楔となってココロに深く強く突き刺さろうとも、其れでも僕はこの位置を好み、此処から君を支えて遣る事しか出来ない。

ヒトは悲しくなりたくて、誰かを好きになる訳じゃない。
僕はに抱く恋情の所為で悲しくなった事は一度だってありはしない。
如何し様も無く腹が立ち、人に八つ当たりでもしなければ解消されない程の憤慨や、傍に居られない辛さや疎外感から生まれる悲しさはの所為じゃない。
誰かを好きに為ったから生まれる訳でも無ければ、その感情を味わいたいが為に恋をしている訳でもない。

愛しい人が、誰よりも何よりも護って遣りたい存在が、こんなにも傍に居るというのに何もして遣れない己の惰性に腹が立って。
代わりに僕が君を愛してあげられたら、きっとそんなに物鬱悲愴な表情をさせたりはしない。
けれど、僕が君を愛しても、君が彼の前で見せる至福に満ち足りた柔らかな微笑を見せてくれることは無いのだろう。
どんなに願っても、永遠に。


「 判ったら…さっさと行くぞ。 今日はお前の好きなケーキが夕食に付くんじゃなかったのか? 」
「 あー!そうだった、ドラコ、どうせ食べないんだから私に頂戴? ううん、私がもう奪ってくるから足掻いても無駄ッ! 」


最後に一つ、掌で頭を撫でるように軽く小突けば、子ども扱いするなとが怒った。
走り出したの後を追う様にソファーから立ち上がれば、談話室の窓奥から透き通った蒼が見える。
過去を偲び、過ぎ去った事に想いを馳せる。
そうやってしか、僕は生きていけない。


僕の中のサヨウナラの色は今も何色にも染まる事無く、存在しない様な、無色の侭。



























後書き

【人は、悲しくなりたくて、誰かを好きになるわけじゃないはずなのに】

詳細→ヒロインを好きなドラコ。でもヒロインはスネイプ(ルシでもいいですがここはスネイプ辺りでひとつ…(笑))と付き合っていて、しかしドラコはそれ でもいいと、ひっそりヒロインを想っていた。
がしかし、あるときヒロインとスネイプの関係が終わってしまう。それも嫌い合って別れたわけではなく、やむにやまれぬ事情で…
そんな傷付いた二人(つーかヒロイン)を見て、もう悲しくてどうしようもない(けどどうにもできないフラストレーション)状態のドラコ…。


上記の内容を愛ラブ花耶さんから、頂きまして、書かせて頂いた交換ドラコ夢。
非常にドラコがヘタレな上に、自分で書いていて如何したもんかって位に上手い表現が出てこない(笑)
だがしかし、ステキングな花耶さんの台詞【人は、悲しくなりたくて、誰かを好きになるわけじゃないはずなのに】を如何しても使いたかった(笑)
本当はドラコに言わせる予定だったんですが、何時の間にかヒロインに…(苦笑)
其の言葉にドラコがヒロインを宥めているので良しとして下さい(泣)!!
フラストレーション全開のドラコが書きたかったのですが、これじゃあストーカー一歩手前になっちゃってます;;
如何頑張っても想いはヒロインに届かず…そして、届かない想いでも抱えながらヒロインの傍で生きているドラコが私は好きです(笑)。
キャラ×ヒロイン←ドラコ、最高…!!


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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2004/9/22