穢れたこの指先で、触れてしまったら、まるで薄硝子が乾いた音を立てて毀れてしまう様 に、
壊れてしまいそうで。
加減を知らぬ腕で、華奢な細い身体を抱締めれば、途端に其処から君を壊してしまいそうで。
だから、僕は、触れ方を知らないんだ。
硝子球の様な、シアワセ。
「 ごめん、ドラコ…私、此処に座っても良い? 席が何処も空いてなくて。 」
「 …あぁ、好きにすればいいだろ。 」
「 有難う、ごめんね。 直ぐ食べて行くから。 」
何も無い日だった。朝起きた時でさえ、何時もより若干気温が高いと思っただけで、季節特有の生暖かい風が窓から吹き込んできてもなんとも思わずに。
寧ろ、開いた窓の外に偶々目に付いた存在に思わず魅入ってしまって、朝食の時間に遅刻しかけた等と云う前代未聞の事を遣らかしはしたが、其れ位だ。
今日は休日、講義も無い為に少しばかり朝食に時間を掛けても問題は無い筈。だから慌てて行くよりかはゆっくり行こうと、ゴイル達を先に行かせて独り大聖堂 を歩いていた。
擦れ違う人が疎らな時点で、朝食の席は取れないだろう事が予想された。勿論、節介焼きのグラップとゴイルのこと、きっと席は取って置いてくれるだろうが、 其れも此処まで来たら面倒に為った。
折角朝から気分が良いと言うに、如何して決められた席に座らなければ為らなきゃいけないのか。今日ばかりはレールから退いても良いだろう。
そう思って、食堂に着いた矢先に眼に飛び込んできたグラップとゴイルの阿呆面を綺麗に無視して、手っ取り早く端に腰を落ち着けた。
「 今日…庭に出ていただろう、何をしていた? 」
「 あ、もしかして見られてた? 恥ずかしいなぁ…。 散歩だよ、朝の日課なんだ。 」
誰にも内緒ね。
小さく細い小指を桜色の唇に押し当てて、小さな子どもが遣る様な真似をすると、一瞬片目を瞑ってみせる。
皆の前で、こんな無邪気な姿を曝さないで欲しい。斜め前の男が、手にしたパンを口に運ぶことも忘れてお前に見入っている事を知っているのか?
知っていて遣っているなら話は早い。だが、この女は面倒な事に知らずして遣って退けるのだから尚のこと性質が悪い。
偶々開いた窓奥に君を見付けて、偶々何時もと違う席に座ったら二つ空席があって。
若しかしたら、此処に来るかもしれない。きっと僕よりも食堂に来る時間は遅いだろう。ダンブルドアの席に近いグラップ達が居るあの席まで距離は若干遠い。
敢えて歩く程のメリットが無いのだから、近いこの場所に座るだろう。案の定、僕の予想は見事なまでに当たる。
開かれた扉から差し込む朝陽に映し出された瞳は、夜色の髪と揃いの水墨白淡の柔らかい色。
落ちて来る絹糸を邪魔そうに掻き揚げる仕草は女の其れを髣髴とさせるけれど、其れでも歳相応の幼さが残る、柔らかく可愛らしい笑顔。
「 言う訳無いだろ。 大体、誰も聞きたがらない、お前の日課なんて。 」
「 そっか、そうだよね。 ゴメンね。 」
面倒そうに答えてやれば、申し訳無さそうに謝って来る謙虚な其の性格。途端に、苛立つ。他の誰でも無い、自分自身に。
溜息さえ押し殺す事が必須に為って、瞳さえマトモに見れなくなってしまう。ふと見上げた食堂の真上に広がった空には、光り溢れんばかりの太陽が横たわって いた。
空が、紺碧に染め上げられて純白の雲がゆっくりと風に流れて。そんな綺麗な風景を見ても、心は静まる事が無かった。
如何か、している。
もう何度自身に言い聞かせ、問い質した言葉だっただろうか。空いている筈の腹を満たすべくパンを千切っては居るものの、口に運ぼうという気が無い。
食事が終わって、スリザリンの談話室で独り魔法薬学のレポートに励んでいる今もそうだった。
邪魔者を一切阻む様、グラップとゴイルを寮の前の扉に立たせてあらゆる者の進入を拒む様に指示し、自分はといえば分厚い魔法薬学辞典を捲りながら如何して も集中出来ずに居た。
冷えたホットココアに口を付け、無理矢理に近い形で喉奥に注ぎ落として一呼吸置けば、何故かどっと気だるさに全身が包まれていった。
少し、休もう。きっと僕は疲れてるんだ。
独り言の様に心の中で呟き、重たい瞼を閉じれば、途端に何かが弾けた様に色々な事を思い出した。
あの日の僕は、どうかしていた。
否、語弊が有る。どうか、しているんだ。あの日も、今も、此れからも…きっと過去進行形で狂って行くのだろう。
あの時、華奢な細い腕を摑み、愕いた様に振り返ったに向って僕は何と言った?
流れ落ちてくる夜色の髪、真っ直ぐに見詰めて来た水墨白淡の瞳、愕いた表情を柔らかい微笑みに変えた君に唯一言…好きだ、と。
「 …クソ…っ 」
あの女が…が、僕に向ってあんな事を言うから…だから、僕は。
仕方が無かった、何も考える暇さえ無くて、気付けば勝手に口が喋ってた。気付いた時は全て言い終わった時だったから、如何し様も無かった。
あんな事、言うから。
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ゴメンね、ドラコ。 私…知ってるから…ドラコが私を嫌いだって知ってるから優しくしなくて良いよ?
真っ直ぐに見つめてくる、純度の高い黒曜石に似た両眼。誘われる様に瞳を直視すれば、其処に普段見る事が叶わない薄い水の膜が張られていた。
涙だと気付く寸前其れが毀れる前、微笑みを無理矢理作り上げて指の端で眼にゴミが入ったと乱暴に拭った其の仕草を見て、を泣かせたのが僕なのだと今更 に気づいた。
そしたら自然に言っていた。嫌いな訳が無い、と。
好きだ、と。
「 如何したら…良いんだよッ 」
ガタン、と乱暴に置いたカップから、温くなったココアが毀れ出た。
茶褐色の其れに若干映り込む自分が余りに情けなく惨めで、思わずカップごと壊してしまいたい衝動に駆られた。
いっそ、忘れさせてくれないかとさえ思う。あの日思わず言ってしまったこの想いも、感情も。
あの時垣間見てしまったの涙も、微笑みも、全部、ぜんぶ。
あれを見てしまったあの日から、如何云う訳か、接し方さえ分からなくなってしまった。
言いたくなかった訳じゃない。違う、そうじゃない。本当は、
「 ドラコ? 如何したの? 思う様に進まない? 」
現実逃避しかけた僕を無理矢理現実に引き摺り戻したのは、今一番聞いては為らない声だった。
図書館に本でも返しに行くのだろう、華奢な腕に重たげな本を何冊も抱えて居る。
座っている僕が見上げる、立ち尽くした君。大丈夫?心配そうにそう問う君を視界に映し込んで軽く返事を返してやれば嬉しそうに唯が微笑んで。
分厚い本を胸に抱えたまま凭れる様にソファーに腰を掛けて、足を組みながら他愛無い話を振ってくる。
ふと眼に付いたその足が細くて、折れそうで、心配になってくる。力を加えれば、間違った方向に少し力を入れただけで、折れてしまうのではないだろうか。
「 じゃあ明日、一緒にホグズミードに行こうか? グラップとゴイルも誘って、みんなで! 」
が嬉しそうに笑う。何がそんなに楽しいのか、何時も無邪気な笑顔を誰にでも向ける癖に、僕に嫌われる事だけは頑なに拒絶する様に瞳に憂いを浮かべて。
「 …そうだな、 偶には其れも良い 」
「 良かった。 …私、グラップとゴイルに言ってくるね! 」
重たい本を抱え直して足を崩し、視線を合わせない様にする僕に少しだけ振り向いて、天使の様に優しく微笑む。
そんな顔、されると如何し様も無くなる。自制が効かなくなるとはこの事だろう。理性よりも本能が勝る瞬間と言えようか。
本当は、柔らかく微笑む君を、この腕でキツク抱きしめたくて仕方が無いと云うに。
穢れたこの手で触れて良いのかすらも判らない。加減を知らぬこの腕で、どれだけの強さで抱締めれば良いのかなんて、もっと判らない。
触れる事すら恐れてしまうと云うに、恐る恐るでも、君に向けて手を伸ばす事なんて出来る筈も無かった。
何時でも触れられる距離に君は居て、けれど如何しても触れられない僕の指先は戸惑った様に空を摑んで落ちてゆく。
如何すれば傷つけず、壊さず、触れられるかなんて判らない。
君に届く事の無いこの距離を縮めるには、如何したら良い?此の侭じゃあ、到底、届かない。触れられない、抱締めてやる事さえ出来ない。
こんなにも愛しいと云うのに、触れ方すら判らず、抱締める方法すら知らない。触れたくても、触れられない、壊してしまいそうで。
だから、この手に抱けないなら、手に入らなくていい。僕に向ってそんな綺麗な表情で微笑むな、と突き放してやりたい。
出来もしないくせに思ってしまうのは、やはり僕が愚かにも囚われているから。
「 ドラコ? 如何したの? 」
去り行く背を見詰め、不覚にも没頭してそんな事を考えていた矢先、踵を返したが腕を伸ばして来た。
力を加えれば途端に其処から毀れてしまいそうな硝子で出来た腕の様な細い腕。
何をするのかと思えば、テーブルから転げ落ちた羽ペンを拾い上げ、僕の手に渡して来た。
僅かに触れた指先と指先、伝わる体温に柔らかい感触。
掌にペンを置いて満足気に去ろうとする指先を追う様に、逃さぬ様に、咄嗟に摑んだのは細い手首。
愕いた様に瞳を見開いただけれど、其れも一瞬で、直ぐにの唇が柔らかく優しく微笑む。
触れても、大丈夫だよ?
無言のウチにそう言われた様な気がして、力任せにぐいと腕を引く。
反動で転げ落ちた本が重い音を立てるけれどももう如何する事も出来ない。触れても大丈夫だと知ってしまったのだから。
触れてみても変わる事無く綺麗に笑う其の瞳に出会ってしまったのだから。
「 好きだよ、。 僕は君が、好きだ。 」
初めてまともに言えた感情表現の言葉に返答は無い。けれど、加わっていた力がゆっくりと抜けたのが身体越しに伝わってくる。
硝子細工を如何触って良いのかは判らない、如何すれば毀れるのかも、何もかも。
けれど触れていないと呼吸さえ出来なくなった様に心が締め付けられて、如何し様も無くなり、壊してでも良いからこの腕の中に閉じ込めたいと、浅はかな思い さえ競り上がった。
穢れたこの指先で、触れてしまったら、まるで薄硝子が乾いた音を立てて毀れてしまう様に、壊れてしまいそうで。
加減を知らぬ腕で、華奢な細い身体を抱締めれば、途端に其処から君を壊してしまいそうで。
けれど、恐る恐る伸ばした指先で触れた君の体温は、驚くほど温かくて優しくて、泣きそうに為る。
キツク抱締める事は未だ、出来ない。だから君から貰えるのは硝子球の様な壊れやすい幸せだけど、其れでも僕は強く抱く事が叶うまで欲するのだろう。
硝子球の様な、小さなシアワセを。
後書き
ドラコ、ガキ臭い…(笑)こんなんドラコじゃないわー(泣)!!
幾らなんでも、ヒロインが硝子細工なわけなじゃろに…と思いつつも、書いてみたかったドラコのこんな弱い一面(笑)書いてて楽しかったのは事実です…。
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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2004/8/6