幸せを、君に。
久方振りに歩くロンドン郊外の公園に差し掛かった時、かたく左手に繋いであった筈の指先 の力が僅かに和らいだ気がして、隣を歩く幼い少女に視線を合わせた。
普段見慣れている漆黒のローブに孔雀緑のタイと云う服装ではなくて、マグルの世界になら何処にでも居そうな年齢相応の服装をした子どもは、普段見慣れてい る恰好よりも聊か大人びて見えた。
ホグワーツから実家に帰省した際の服装は、こんなにも大人びていただろうか?大して昔でも無い記憶を呼び戻すには想像以上に時間が掛かり、引っ切り無しに 語りかけてくる少女の話に相槌を打っていれば、自然と其の疑問も泡の様に消えた。
普段と異なる大人びた服装に深い夜色の髪の毛。片腕で回り切ってしまう程に華奢な身体と、薄紫色の硝子珠の様な大きな瞳。
普段ならば可愛い、という形容詞が酷く似合う少女は、今日ばかりは綺麗という言葉が適していた。其れも此れも、服装の所為だろう。服装はこうも人を変えて しまうものなのか。
何故か無性に吐きたくなる溜息を殺すのに、スネイプはゆっくりと視線を動かした。
「 ………如何したのかね。 」
「 え…あ、その… 」
足らない身長差を補う様に子どもの歩幅に合わせて歩いているつもりが、其れでも何時もよりも遅れ気味に為っていることに気付いた。
普段は簡単にぶつかる筈の視線も克ち合う事が少なくて、一体何に興味を引かれたのかと思えば、視線の先に小さな人だかりが出来ている事にようやっと気付い た。
「 …欲しいのかね? 」
「 そっ…い、…要らない。 」
小さな人だかりの真ん中に、真っ白な衣服に全身を包まれて何時もニコニコ笑っているようなメイクを施されたピエロが佇んでいた。
両の手には色とりどり色彩豊か且つ様々な形に膨れ上がった風船を抱え、独り、また一人にと手持ちの風船を渡しながら微笑んでいる。
貰った子どもは酷く嬉しそうな表情を零しながらピエロに礼を言い、礼を言われたピエロもまた子どもに満面の笑みを作り上げて有難うと言った。
時はもうじき昼を迎え様としているだろうか。小さな子どもを連れた大人が、子どもに引っ張られるように一組、また一組をピエロの元へと近付いていった。
「 郷里に帰った際…縁日で買ったと言っていた風船を自慢げに見せたのは誰だったかね。 」
「 あ、あれは…その、私、もう子どもじゃない…! 」
あぁ、そうか。其の言葉に途端に納得した。
和らいだ指の力加減に克ちあうことの無かった視線、覚束無い足取りに続かなくなった会話。
子ども…基い、ホグワーツに通う生徒でありながら魔法薬学教授の恋人でもあるは偶々見つけた人だかりに興味を惹かれたのだろう。
一体何が有るのか、何でそんなに人が集まっているのか。通り過ぎようとしている最中で視線の端に映り込んで来た、両の手に沢山の風船を持つピエロとその風 船を貰ってはしゃぐ子ども。
自分も欲しくなったに違いない。昨年の夏休み、郷里で行われた夏祭りで買ったと言っていた他愛無い風船を大切そうにホグワーツまで持ってきて、態々スネイ プに見せたりしたぐらいだから。
欲しければ、貰ってくれば良いだろうに。
告げようとした言葉は、の言葉に阻まれ咽喉奥へと消えた。もう、子どもじゃない。
其の言葉の意味をよく考えてみれば、今日のの服装や薄っすらと唇に乗せてある紅、普段は結上げたりしない髪の毛に少しばかりヒールの高い靴。
大人であるスネイプに合わせようと子どもが努力した結果の賜物。確かに普段感じている可愛い、から綺麗、に格上げはされたものの所詮未だ12歳の子ども。
風船に興味を惹かれるのは何も、子どもだからでは無いだろうに。
「 …風船を貰うのは、子どもだけなのかね。 」
「 え?だって、あそこ… 」
「 着いて来給え。 」
「 ちょっ…セブルス…! 」
解け掛けた指先に強引に指を絡める様にして、スネイプはを無理矢理ピエロが風船を配っている場所まで連れて行こうとする。
一体何をするつもりなのか、もう風船を貰う年齢じゃない。
しきりにそう告げるの言葉を一切無視して只管歩くスネイプは、1分ほど歩いてピエロの眼と鼻の先まで来ると、守り切った沈黙を破った。
「 ピエロは何も…子どもにだけ風船を配っている訳じゃないだろうが。 」
「 あ…本当だ… 」
人だかりの翳りで丁度見えなくなっていた箇所に連れて行かれたのだと知ったのは、スネイプにそう言われてから。
小さな子どもにばかり配っているものだと思っていた風船は、様々な年齢の人の手に握られていた。
ピエロは常に笑顔を絶やさずに手にした風船を、其れこそ視界に入り込む全ての人間に分け隔てなく手渡して、無くなったらまた膨らまして、次の人に。
微笑みながら其れをまるで自ら望んで行っている様に見え、笑顔のピエロから風船を貰った人は皆、ピエロに負けない位の微笑みを作り上げて嬉しそうな表情を 零す。
普段は望んで風船等貰わなそうな人相の人から、お年寄りまで引寄せられる様にピエロの傍には人が集まって、ピエロを中心に微笑み合う。
まるで、人々にピエロが風船という名の幸せを配っているかの様に。
「 …ピエロ、幸せを配っているみたいだね。 」
「 幸せだと? 」
「 だって、風船を貰った人は皆幸せそうに微笑ってるから。 だからきっと、ピエロは幸せを配ってるんだよ。 」
「 ならばお前もピエロから幸せを貰って来たら良いではないか。 」
言った矢先、人だかりを縫う様にして両の手に大量の風船を持ったピエロが此方に向って歩いてきた。
厭味な程に微笑った様な化粧を施したピエロは何の言葉も吐かずに、手に持った風船を唯前にぐいと差し出して来る。
ふわりと風に揺れる紅い風船に誘われる様にしてが指先を伸ばしたのは、其の後直ぐ。
白い手袋をしたピエロの手から小さなの手に紅い風船が渡ると、途端には普段ホグワーツで見慣れている可愛らしい微笑みを満面に浮かべながらピエロ に礼を言い、ピエロもまた寡黙を守り通しながらも嬉しそうに笑った。
そんな微笑ましい光景が眼下で繰り広げられ、風船を手にしたが上機嫌に為っているのだからもうこの場所に居る義理は無い。
早々に立ち去ろうと繋いだの手を引き踵を返そうとすれば、スネイプの行く手を遮る様に白い風船が揺らり揺らりと風に運ばれている。
怪訝そうに其れを見詰れば、目の前のピエロは受け取れと言わんばかりにに差し出した時と同じ様に腕を伸ばして来た。
受け取れと、言うことだろうか。
吐きたくなる苦渋の溜息を殺し、スネイプは切れ長の眼を眇めるようにして、ゆっくりと伏せていた顔を上げる。敢えて視線を合わせなくとも、判る。視線の先 には、少しばかり哀しそうな表情を貼り付けて下から見上げる子どもが一人。
長い指を伸ばし風船の口から伸びている紐を面倒そうに無造作に掴めば、先程と同じ様にピエロが笑って満足そうに元居た場所に帰って行った。
ピエロの帰りを待ち侘びていた人たちの山にピエロは囲まれる様にして、一人、また一人と風船を配り始めた。
眼の前で揺れる紅と白の風船。
の哀しげな表情に突き動かされる様に手にして見たは良いが、一体此れを如何すれば良いのか。
間違ってもホグワーツには持って帰れないだろう。
「 セブルス、似合わなすぎ…!! 双子に見られたら、其れこそ良いネタにされますよ…!! 」
「 わ、我輩とて好きで持っている訳では無いわ! 寄越したから受け取っただけで有って望んで貰った訳では… 」
「 でも、手を出したって事は欲しかったって事ですよね、セブルス。 」
「 要らぬわ! 」
受け取れ、とばかりに風船を差し出せば、何時までも楽しそうに笑うが紅の風船を手にした指を差し出して絡めとるように持って行った。
繋がれた侭の指と指が、更に深く混じる様に絡まるのと同時、紅と白、仲良く並びながら風に風船が戦がれる。
スネイプの頑なな態度の所為で、が黙り込むかと思えば、幸せそうに笑った侭話を振って来た。
他愛無い、話。何時も魔法薬学教室で語る様な、何処で語っても良い有り触れた話題。其れでも相槌を打って遣るのは惚れた弱みだろうか。
「 …幸せ、かね? 」
「 幸せですよ。 幸せの風船、二つも貰ったんですから 」
二つの風船を揺らしながら無邪気にそう告げたに、スネイプは少しだけ表情を和らげて、頭一つ分以上したにある小さな頭を撫でてやる。
さらりとした絹糸の感触を愉しみながら、眼の前でふわふわ揺れる風船を見詰め、スネイプは苦笑する。
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そう云う意味で聞いたのではないがな。 まぁ、良いか。
風に運ばれる二つの風船と同じ様、スネイプの言葉もの耳に届く事無く風に消え、寄添う様に並ぶ二つの風船と二つの影も静かにロンドンの雑踏の中に消え た。
後書き
スネイプ教授に風船を持たせたい…!其れが現実になったらきっとこうなるでしょう(笑)
ピエロが渡す風船は【幸せの風船】だと本気で思っていたアホンは稀城です…。
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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2004/8/1