last scene




another day-01 : きっとこの日を悔やむ、だが此れが、全ての始まり






「……………花?」


魔法薬学の講義終了後、生徒たちの歓喜の表れであるかの様に盛大に鳴り響いた本日の講義終了を告げる鐘の音を遠くに聞きながら、が例の如く一番最後に 魔法薬学研究室を後にする際にふと眼を留めたゴミ箱の中に其れは在った。
本来、魔法薬学で使用された薬草の切れ端や薬品掛かった空瓶、雑談ばかりを書き留めた羊皮紙の屑、ホルマリンに浸したバラベン紙や見事に真っ二つに引き裂 かれたイモガエルなど、魔法薬学の講義で生徒から出たゴミを格納するためにあるものだ。勿論、魔法薬学で花を使った実験は多々あるし、見事に花を咲かせた まま実験使用後だからと云う理由でゴミとして棄てられる事は珍しくない。


だが、今日の魔法薬学の講義は「浮遊性のある気体を用いての毒物性茸の栽培」だ。栽培途中の茸は温室に保管されているし、浮遊性のある気体、はスネイプが 薬品棚に仕舞った筈。
今日の魔法薬学の講義は達3年生の講義のみである事をスネイプが口にした事も鮮明に覚えている。そして、講義に出たゴミは其の日の内にスネイプが魔法 で片付けている為に、昨日のゴミが其の侭溜まっているとも考え難い。



「…………(本当に講義で使ったゴミなのかな)」


既に魔法薬学研究室に人気が無くなったことを良い事に、は手に持つ数冊の教科書と羊皮紙を机の上に置くと、ゴミ箱を覗き込む様に屈みこんだ。
様々な種類のゴミに溢れ返る事の無い様底辺が翳んで見えなくなる位の高さを誇るゴミ箱には、挙げればキリが無い程多種多様のゴミが犇き合っている。しか し、意を決して覗き込んだ先には、白いチューリップに似た形に拉げ色褪せた花と一枚の白紙の羊皮紙、そして羽ペンが在るだけだ。如何考えても講義で出た際 のゴミとは言えないだろう。

と、すれば、


「…………(スネイプ教授が自分で出したゴミ?)」


花と羊皮紙と羽ペンで一体何をするつもりだったのだろうか。
日頃論文だのレポートだの薬物調査だの言っている姿を脳裏に浮かべれば、自然と浮かぶは、魔法省辺りに提出するだろう論文の課題に使用したものなのだ ろうか、そんな憶測。いやしかし、レポートや論文や薬物調査と言った物を態々魔法薬学研究室で行う事も無いだろう。静寂を好むスネイプの事だ。大方レポー トの作成等は自室で遣っているに違いな い。

とすれば、一体何のために此処に花が捨ててあるのか?推測しながらゴミ箱を軽く右へ移動させた瞬間、は在る事に気が付いた。

光り射さない魔法薬学研究室とは言え、教師側の一角だけ今日の講義で使用する毒物性茸の胞子を逃がす、と云う安直な理由で開け放たれた侭の窓がある。
其処から洩れ零れてくる光が丁度上手い具合に乱反射して、ゴミ箱の中を鮮明に映し出してくれた。

白いチューリップに似た形に拉げ色褪せた花、其れは水分を取れずに枯れ掛けた咲きかけのオリエンタルリリーだった。


「……………………(水をあげれば若しかしたら花が咲くかもしれない。でもスネイプ教授が使うものだったら如何しよう、減点どころじゃ済まないだろうな、 もしかしたら"認めた"事を取り消されるかもしれない。うーん、どうしよう…)」


幸いオリエンタルリリーは手を伸ばせば掴み挙げられる位置に在った。
だが瞬時に掴み挙げる事を戸惑ったのは、一重に花が棄てられているのがゴミ箱だからではない。ゴミ箱に棄てたとはいえ、この部屋の所有者はセブルス・スネ イプその人。彼の許可無しには、例え塵一つで在っても無断で持ち出しては為らぬ。
条例こそ無いが、スネイプに事が露見し、持ち去った物質が彼の研究材料であれば減点だけでは済まされないだろう。そんな雰囲気がの胸中をせしめ、枯れ 掛けたオリエンタルリリーと見詰め合う羽目に為った。


だから、何時の間にか後方に立っていた黒い翳りに気付く余裕さえも無かった。


「……ゴミ漁りが趣味なのかね、
「ス、スネイプ教授…っ!違います、その、あの……」


スネイプは、咽喉奥からの哄笑を聞かせてきた。慌ててが振り返れば仁王立ちに腕組みをした井手達で、怪訝な一瞥を投げ、口元を歪めた姿が飛び込んでく る。
暗く濁る菫色の瞳に、スネイプが不機嫌そうに一歩前に歩み出れば、は反射的に一歩後方にずれる。しゃがみ込んだだけのアンバランスな体勢は一瞬で支え を間違えたかのように均衡を崩し、はゴミ箱をひっくり返すまい、と腕に抱きかかえた侭壁に寄りかかる様な形で尻餅を付いた。
其のさまに、スネイプは呆れた様な眼差しと溜息を零した。


「…何を、しているのかね。」
「あ、あのですね……このゴミ箱に棄てられているものって、ゴミですよね?」
「何を言い出すかと思えば。ゴミ箱にゴミ以外の何を入れるというのかね。」
「その…棄てられているオリエンタルリリー、頂けませんか?あの、一度棄てたゴミを拾うというのは私もちょっと如何かと思うのですが、此花、もしスネイプ 教授が"枯れている"と思って棄ててしまわれたのでしたら、可哀想だ、と思いしまして……」

の話を聞くスネイプの米神に若干の憤怒の汗が沸いている事には気付いていない。だが、別の意味でスネイプの不機嫌味を感じ取っていた。
ゴミ箱を漁っているだけに飽き足らず其の中身を欲しいだなんて事事態、普通ならば考えられないことだろう。何よりも、一度棄てたものを拾い上げるな ど、崇高な思想の持ち主が選ばれるだろうスリザリン生が遣って退けるとあらば、スネイプが憤慨しない訳は無いと知っている。

故に、半ば縋る形で震えそうになる自身に叱咤して、は言葉を繋げた。


「…この花、枯れている様に見えるんですけど、病気とかじゃなくて、水分が取れなくて枯れ掛けていると思うんです。だから、水をあげればきっとちゃんと白 い花を咲かせて満足して散るんじゃないかと。
花を咲かせる可能性を秘めているのに、棄てるなんて、何だか可哀想で…………」


終に顔を上げきれずに俯く。

棄てられた花なのだ。咲くことを許されなかった花なのだ。未来を望んではいけない運命なのだ。
…放っておけば良いものを、棄てられた花に自身を重ねたの?


脳裏に聞こえるはの心の中の声。
判っている、母親に未来を無理矢理に奪われ敷かれたレールの上を歩く事しか出来ず、何の価値も無い存在だと云われた自分自身に重ねたのだ。判っている、 厭という程判っていた。だが、枯れ掛けた花を見て、一瞬であっても救う方法を見出してしまった、此の侭見過ごすことが如何しても、嫌だったのだ。



水を打った様な静寂に支配される魔法薬学研究室。遠く聞える生徒の完成さえも安易に聞える程。
何も言わぬ侭、見て見ぬ振りをした侭
まるで真っ黒な淵に沈みこんでいくような気持ちを、消し去るには如何すれば良いのだろう。は唯、言葉 にはならぬ気持ちを心中に押し込めて、黙り込むしかない。



だが暫くして、ふわり、と空気が動いた。
ギシリ、と板が鳴り、の隣に置かれたゴミ箱に何かを突っ込む音ががらんどうの室内にやけに大きく響いた。
其の際にふんわりと舞った香草の香り、弾かれる様に顔をあげればと同じ夜色の帳の下で、同じような色の虹彩が無感情に揺らめいた。


「好きにしろ。此処はもう閉める。早く帰りたまえ。」


見下ろす瞳が静かに、凍える。吐き出された言葉も抑揚の無い無感情な棒読み科白の様、次いで眼前に差し出された揺らめくオリエンタルリリー、スネイプの突 然の行動に は呆気に取られた。
僅かに香った香草の馨の後には、独特の高貴な香りを放つオリエンタルリリーの馨が漂う。ゴミ箱から取り出され、改めて見てみればやはり、水分を取れ ば充分立派に咲き誇れるだろう。確認に似た思いで、はゆっくりと顔を綻ばせた。


「…要らぬのか」
「い、要ります!有難う御座いました、スネイプ教授。」
「…判った、判ったから早く出て行きたまえ、鍵を掛けられぬ。」
「あ、はい、それでは失礼します。オリエンタルリリー、咲いたら飾りますね。スネイプ教授のものですから、お返しします。」


オリエンタルリリーを抱える様に持った侭、スネイプに一礼するとは机に置きっぱなしに為っている教科書と羊皮紙を拾い上げ、足早に魔法薬学研究室を 出て行った。
キチリと扉を閉め、規則正しい足音が地上へ続く石段を登り、やがて足音が完全にスネイプの鼓膜を掠める事が無くなる時間まで経過すれば、スネイプは胸中か ら吐き出したようば息と大 きな溜息を一つ零した。


「………お前は如何してそう…微笑うのだ、母親と同じ様に悲しそうに…。
我輩がお前を認めたのは、何もそんな表情で笑って欲しいからではないと云うに。」


唐突に、何かが崩れていく音が反響する。
スネイプは他人事のように聞いていた。脳裏に描かれる今も消えぬ嘗ての想い人の残像がゆっくりと霧散し、今し方見たの悲しげな微笑みに摩り替わる。最 早思い出す以前に、嘗ての想い人の残像は消えてしまった。
初めの内こそ、を見るその度に忘れ去った筈のかの人を思い出すから、視界にすら入れたくなかった。だが今は、を見ても思い出すどころか、脳裏に紫 苑の微笑みがデジャブの様に消えずに残り続けている。

此れで良かったのかもしれない。忘れた筈の情壊の想いを誰にも悟られる事無く、 知られない侭に、終わらせる事が出来た。それなのに、苦しいと訴えるこの胸は なんて貪欲なのだろう。かの人は他人のものであると言うに、 もう何を望んでも手遅れだと云うのに。

「……我輩は、お前を忘れる事が出来るのか---------------------


さぁ、幕を引こうか、忘却するだけに終わり、過去と向き合うことを恐れた自分に自分で落とし前をつける為に。 自分の、手で、 全てに、幕を。 この想いにも、忘れ去った筈の恋情にも、燻る寂寞にも、何もかもに、終幕という名の、幕を。


---------------オリエンタルリリー、咲いたら飾りますね。スネイプ教授のものですから、お返 しします。


唐突に、似ている声色だがかの人よりも幾分も幼い独特の声が、聞き間違える事が無くなった声が脳裏に響いた。
そうして、笑う事を躊躇うように上手く笑えず不自然に歪んだの桜色の唇が残像の様に描かれる。
飛び込んでくる、薄い紫色した大きな瞳が瞼の裏に焼き付いて離れない。何度掻き消そうと努力しても、結果は同じだ。ふとした瞬間に、まるで思い出したよう に浮かんでくる。何だ、この燻るような感情は、、、、


あぁ、そうか、そう云うことか。スネイプは自嘲気味に黒瞳を眇める。


「我輩はもう、お前を忘れていたのだな」

改めて言葉にすれば、スネイプも、胸の内の感情に整理がつく。 忘れ去った嘗ての慕情、其れが残像の様に蘇りゆっくりと霧散する。
おなじ髪の色、同じ瞳の色、おなじ顔、同じ声、違う性格、異なる未来、重なる残像、蘇る想い。
気付けば桔梗を想い、そうして思考が最終的にに行き着いている事に漸く気が付いた。哀れな、そして愚かなことだ。唇の隙間から苦い笑いが漏れた。

懐に仕舞いこんだ杖を取り出して、錠を落とし、自室に向かって歩き出す。
遣るべき事や考える事は其れこそ、他に幾らでもあるというのに、気づけばあの子どもへと想いは行き着いている。
忘れようと、認めぬとすればするだけ、呪縛の様にどれだけ想っても、まだ足りないと言わんばかりに胸中は支配される。
浅薄な思考に囚われそうになる程、スネイプの中での存在は徐々に広がりを見せつつ在った。そうすれば、心だけは楽になる事を知っていた。


「桔梗…お前は最後の最後で余計なものを寄越してくれたな。お前の子どもを、我輩は------------------


この想いが唯の気の迷いであって欲しいと願いながら、嘗ての想い人に向かって呟いた言葉、自嘲気味なスネイプの声は夜の空気に溶け込んで消えた。

































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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/05/16