扉の向こう側








キツク閉ざされた侭、進入を拒むかの様にどこまでも上に高く遠い山の様に高度を為して立ちはだかるのは、紋章の様な刺青の様な複雑な模様の描かれた扉。
頭に軽い鈍痛を感じ、重い瞼を抉じ開ける様に視界を明瞭にさせれば、漆黒に塗り潰された様な亜空間に身体ごと意識を投げられていた。
視界だけでは飽き足らず、思考とは真逆に言う事を利かない身体を駆使してゆっくりと周囲を見渡して見ても、見えるのは宵の様な夜色。
普通と違うのは唯其処に、儚く仄かに光る幾千もの星が無いことや、満ち欠けを繰り返してゆく月の存在が無いこと。

此処は一体、何処だろう。

記憶を辿って見ても思い当たる節等一つも無くて、如何して自分が此処に居なければ為らないのかを模索する様に動かない身体に激を飛ばしてゆっくりと一つず つ前に歩いた。


---------- 重たい。


足を踏み出した先から深い流砂に飲まれてしまう様な感覚が一気に身体を駆け抜け、咄嗟に防衛反応が働いた様に其の場から足を引き抜こうとするけれど、自分 の足が鉄の塊に為った様に重くて煩わしい。
身体の支えに出来る様なものは周囲に無く、縋るものも無いだけに自分の力だけで如何にかしなくては為らない。
普段なら、そこで諦めただろう。如何して自分は此処に居るのかすらも判らず、況してこれは夢か何かかもしれないのだから、此処まで頑張る必要は無いのでは ないだろうか。
人間逆境に一度立ち会わせればそう言った類の思考が生まれてしまうのは否めない。
だからこそ、本能に逆らわず苦しい思いもしない侭で意識を放棄しようと試みるも、如何云う訳か其れが出来ずに居た。
本能でも理性でも感情でも無い、何かが頑なに意識を手離し諦めることを拒む様、前に進めと云わんばかりに自然と足が先に進もうと沈み込みそうな感覚と必死 に戦っていた。


沈み掛けては無理矢理引き上げ、また沈み込みそうな感覚に身を委ねて少しずつ、一歩ずつ前に歩いて行けばやがて周囲の変化を空気の流れで感じた。
先程目覚めた場所や今居る場所とは明らかに雰囲気の異なる場所、其処に一歩足を踏み入れた瞬間、気付いた。
自分は此処に来る為に態々自分の身体に鞭打って此処まで歩いて来たのだと、歩いてこなければ為らなかったのだ、と。


「 …とび…ら ? 」


キツク閉ざされた侭、進入を拒むかの様にどこまでも上に高く遠い山の様に高度を為して立ちはだかるのは、紋章の様な刺青の様な複雑な模様の描かれた扉。
扉の姿を見た時には、何かの呪縛から開放された様に身体から倦怠感が一気に消えて、先とは比べ物になら無い位に軽くなった。
地面も安定し、足を踏み出しても沈み込むような感覚には襲われず、何の変哲も無い道を歩いている気がした。
あの扉の場所まで、行かなければ為らない。
何かが諭し導いている様に一歩ずつ近付いて、薄暗闇の中如何してこんな場所に扉があるのか、暗い筈の空間の中如何してこの扉だけが鮮明に見えるのか。
この場所に、あの扉の向こう側に、何が在るのか判らないけれど其れでも辿り着かなければ為らないと。


「 ……リドル…? 」


扉を見て、心に浮かんできた人物は嘗て如何する事も出来無い位に存在を愛してしまった男の名だった。
唯の扉、其処に名が刻んであった訳でも無ければ、一度何処かで見た訳でも無い。だと云うに自然と脳裏に其の銘が浮かんだのは何故か。
触れてはいけない様な雰囲気が漂う扉に、何故か触れてみたいと思い、ゆっくりと手を伸ばす、指先はきっと震えて居たに違いない。
触れては為らない、開けては為らない、知っては為らない。
誰かにそう云われた気がして、傍と指を止めた。扉に触れるまで、あと、数秒。
開けては為らない扉、其れはまるで人の心の中に在る禁忌の扉の様な気がした。開けてはいけない扉が、人の心の中には必ず在る。
嘗ての自分もそうだった。開けては為らない禁断の扉、自分の其れを開けたのは他ではない自分自身。其れはもう大分昔のことで、開かれた扉の中からはおぞま しいまでの眼を覆いたくなる真実が在った。
すぐさま閉じてしまったけれど、一度開いてしまったら二度とキチリとは扉は閉まらない。其れを如実に証明するかの様に、扉の直ぐ下には小さな箱が置かれて いた。


( オルゴール? )


屈みこんで拾い上げた小さな箱は、持上げた途端に転がるような柔らかい音が漏れ、忘れ掛けていた何かを思い出させる様にゆっくりと旋律を奏で始めた。
パタリと後で扉の閉まる音がして、振り返ると其処に確かに在った筈の扉の存在は跡形も無く消えてしまっていた。
塩辛く生温かい風がゆっくりと頬を掠め、刹那に脳裏に過ったのは眼を覆いたくなる光景の一片。
まるでちぎれたページを修復する様に脳内で鮮明に描かれる映像の中には、紅い水の中に身を委ねた自分と、其の自分を抱締めてくれているリドル。
如何云う訳か、判らず痛む頭を抱えながら意識を手離そうとした矢先、確かに、観た。


膝を付いたリドルの足元に、今手にしたオルゴールが鎮座し、ゆっくりと其の音色を紡いでいた事を。


ふとした瞬間に、気づいた。眼の前に立ちはだかるこの壁や、あの日自分が開けてしまった扉は心の扉だ。
誰の心の中にも、鍵穴が封じられた錆付いた扉が一枚は在る。其れが自分の未来を指すものだったり、古に封印したい過去だったり、忘れ去りたい想い出だった り想いだったり。
若しくは、封じられた其の扉の向こうには、何も無いかも知れない、在るのは漆黒に埋め尽くされた唯の闇だけかも知れない。
開けて見なければ、開いて見なければ、其処に何が有るかは誰も知らないし扉の所有者である自分でさえ何が眠っているのか不明確な侭。
つまりは、実際に扉を開けてみないと判らない事。解放者は自分で自分の扉に辿り着き開くか、それとも自分でさえ扉がある事に気付かず第三者に無理やり抉じ 開けられるか。
解放者を選ぶのは自分ではない。扉が自分で解放者を決める。だからこそ、眼前に聳える紅蓮に染まった扉を開けるのは自分なのだろう。
この扉が自分を選び、そして、確かに自分は呼んだ。


リドル、と。


名を紡げば鈍い音を立てて錠が外れる音がした。
ゆっくりと扉が開き、薄暗闇の中に少しずつ扉の中の光りが洩れて来て、やがて当たり一面が光に包まれた様に鮮明に為った。


( …リド…ル…? )


開かれた扉の其の先、其処は待ち望んだ陽の当たる場所ではなく、同じ様な薄暗闇に閉ざされた冷たい部屋だった。
灯りさえ届かない冷たい空気漂う其の場所、見た事は一度も無い場所だったけれど、確かに覚えが在った。
リドル…否、ヴォルデモートに名を変えた彼が、此処に居るとそう思って。


「 …で、気付いたら此処に居た、そう云う訳なんだ。 結局…リドルの扉は私が無理矢理抉じ開けちゃったんだよね 」
「 僕は、君になら…抉じ開けられても構わないよ。 」


相変わらず薄暗い室内で灯りの役目を果たすのは仄かに燈る灯りだけ。
大理石に刻印の様な紋章が彫り彩られている壁に揺らぐ影は、灯りに照らし出されたリドルとの二つだけ。
今まで隔てられていた時間と、想いと、温もりを補うかの様に寄添う二つの影を引き離す邪魔な輩は此処には居ない。
何時もならば煩い程にヴォルデモートに付き纏う死喰い人達も、奇妙な少女が現れ、其の少女が主を昔の名で呼ぶ様に為ってからというもの行動を自粛している ように傍に寄らなくなった。
常に冷酷残忍さと酷薄な表情を其の瞳に絶やさなかった主が、事も有ろうか唯の独りの少女に絆される等前代未聞の事態。
判っていながら誰一人として少女を手に掛ける勇気は愚か、主に口添えする事が出来ない侭に、少女は主の傍でこの城で暮らすようになった。


「 如何して? 」
「 …心の扉は解放者を自分で選ぶ…僕はそう、君に開いて欲しかったんだよ。 」
「…何、で… 」


----------- 僕が君を、愛していたからだよ。


君を失ったあの日、想いも恋情も全てあの扉の向こうに押し遣ってしまった。
自分で開こうにも開くことが出来ない扉の選んだ解放者は間違い無く、リドル自身が愛した者でなければ為らなかった。
今ならば、判る。
如何して、たかが木で出来た陳腐な代物を棄てずに持ち置き、時折思い出した様に螺子を巻いては…君の事を思い出していたのか。
の心の扉とリドルの心の扉、開いた其の先は異なれど…けれど二つの扉を開く鍵は同じオルゴールだった。


雲に遮られ翳りを見せていた月が漸く柵から開放され、柔らかな光りが室内を照らし出し、静かに吹き込んで来た風が淡く燈っていた灯りを消した。
代わりとばかり…黄昏に染まった様な光りが余す所無く室内に入り込んできて磨き抜かれた乳白色の大理石に二つの影が現れる。
其処に映し出された相反する者の姿。独りは世界を望み闇の王となり、独りは何も望まず愛する者が闇に飲まれようとも其れでも傍に居ると。
揺らぐ紅蓮の瞳に映るのは、己だけを真っ直ぐに見詰る薄紫の其の瞳。
其の瞳を見て何時も思い出すのは、の郷里に良く咲くという藤と云う華。其の華の淡い加減との瞳の色彩は本当に良く似ていた。


「 …藤の花言葉、恋に溺れるって云うらしいね。 」
「 花言葉なんて何処から調べたの? 」
「 ずっと以前から知っていたよ。 君に出逢って…瞳の色が珍しいと言ったら君は【藤色】だと。
 マグル学の教授が言っていた。 橘の瞳の色は花言葉其のモノだってね。 」


確かに僕は、君に溺れて…恋に溺れた。
花言葉は一理ある。あの時僕に教えてくれたマグル学教授は誰だっただろうか…名すら思い出せない。きっともうこの世界に存在していないだろう。
彼女もヴォルデモートを嫌悪していたのだから。


不意に、が手を握ってくる。温度を大して持たぬこの身体、触れた先は氷を髣髴とさせる位に冷たいだろうに、其れでも退きもせずに温もりを確かめる様に 触れ合った侭。
の体温が想像以上に心地良くて、冷たい筈の身体が触れた場所から融解される様な感覚を受け、指先に指先を絡める。
するとは、唯嬉しそうに微笑う。切れ長の瞳に柔らかく掛かる前髪が反動で揺れ、肩越しに見える髪が頬に寄添って。


「 …ちゃんと、扉を閉めた筈なんだけどなぁ… 」
「 意外と簡単に開いたよ?扉。 」


開かれたリドルの扉は、嘗て日記の中に記憶として16歳の自分を閉じ込めた様に確かに魔法を施してキツク錠を落した筈だった。
だと云うのに、意図も容易く開けられてしまうとは、恋情とは時に酷く不可解なもの。
自分から遠ざける事が君を護ることだと思い込んで、誰より何より残酷な事をした。巡り会った事を否定して、出逢った事は愚か競り上がる想いさえ否定して傷 付けた。
これから…様々な事が有るだろう。リドルがヴォルデモート卿としてこの世界に君臨し続けている限りは。
だからこそ確信で言える、リドルがを一番に傷つけていく。いつも傍で護って遣れる訳じゃない。いつまでも甘い顔を見せて、嘗てのリドルの侭変わらずに 居れること等不可能なのだから。
そんな事は誰が考えても明らかだったろう。現に、を厄介がって此処から追い出そうと企む輩まで居る始末。
其れでもを傍に置いておきたい、そんな己のエゴと甘さが、を危険に追い込んでいく事になる。
けれども今更、悔いるつもりは無い。悔いたとしても既に遅かった、懺悔の刻など、持った事はない。
を喪ったあの日に、否と云う程に思い知った。愛しい者を失うという事が、壊れる事が出来ないということが、どれ程までに辛いのかと。
見上げた夜空には、何時の間にか幾千もの星が輝き、白銀に包まれた様な月が濁った雲の横で静かに耀いて居た。



「 …の扉は、自分で開いたんだよね? 」
「 そう…云う事になるのかな、多分。 」
「 出来れば君の扉は僕が開けたいと思ったけど…君の扉は、君が開けなければ意味が無かったんだよね 」


( で、無ければあのオルゴールが僕のところに来る事は一生無かった )


「 でもね、リドル…私の扉を開く事は出来なくても、私の扉の中に入れるのはリドルだけだよ? 」
「 扉のなか? 」
「 入ってきたよ? あの時リドルが開いた私の扉の中に来なければ、こうして巡り会う事は無かったんだから。 」


---------- だから、リドル…有難う。 私を忘れずに居てくれて...


あの場所は、夢か何かの様に過去を辿ったあの場所は、の心の扉の其の中だったのかと今更ながらに納得する。
が観た自分の心の扉から溢れ出して来たもの、其れをリドルもあの日、同じ様に観た。
其処にリドルが居たのか居なかったのか…何処まで描かれていて何処から途切れて居るのかは判らないけれど、確かに心の中だと言われれば納得がいった。
に心の扉を開かれて、そうしての心の扉の中に潜り込んだ。
全てを知らなければ為らなかったのは、再会の為。再び出逢う為。


( 此れを運命と呼ぶなら、其れはトテモ皮肉な運命だね )


あの日見た景色を、紅に染まったを思いだして、瞳を閉じた。もう二度と彼女を紅の中に沈める事は赦さない。
そうして其の侭数秒、愛しい人の瞳を視界に映す為だけ、伏せていた両眼を上げた。
そこに確かに映り込んで来るのは、見ても見ても見飽きる事の無い薄紫の端麗な瞳。
あの頃と何一つ変わる事無く綺麗な微笑みを作るの瞳に口付けを一つ落し、口角を歪むように持ち上げ、笑みを形作りながら、薄く口唇を開いた。
セカイで唯独り、愛しい者の名を囁く、その為だけに。


、もう君を離したりはしない。
例え扉の向こう側に、再び眼を覆いたくなる現実が在ったとしても、今度は僕が無理矢理抉じ開けてあげる。











後書き

scarの続編という事で書いたのですが、何やら続きそうな感ヒシヒシと漂っております…(笑)
取り敢えずは、ヒロインとリドルが再会できたのは何故か…な事を簡単に説明するだけの夢になっているので、夢とは言えないかもしれませんが…(苦笑)
やはり書くなら、過去よりも続きですかねぇ…(笑)


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