星降る夜は、君と二人で
先刻まで音を立てて降り続いていた雨がピタリと止んだ。
軒下から流れ落ちる雫は硬音を立てては跳ね上がる様に水滴を空へ飛ばしてゆっくりと地面に落ちる。
空はもう橙が霞掛かる様にして棚引き、濡鴉の様な雨雲は彼方に通り過ぎて、空と雲の切れ間から僅かに覗く一番星。
其れを見上げながら、は片手で重苦しいカーテンを一気に開いた。
唐突に射し込む夕陽の毀れ陽に視界を遮られた様に手で覆ったスネイプが漸く羊皮紙から視線を逸らした。
勿論、付いて回って来たのは言葉の通り面倒と煩を表面に貼り付けた様な湿気た面。
「 …夜はカーテンを閉めろと教わらなかったかね。 」
「 未だ夕暮れですよ? 其れに見て下さい、教授。 今日は星が綺麗に見えますよ。 」
「 …星等如何でも良い。 我輩はこの羊皮紙を片さねば為らんのだよ。 早く閉めなさい。 」
今日は七夕なのに…
そう小さく呟いたの手元から、摑まれた侭のカーテンが滑り落ちた。
そう云えば、とスネイプが思い出す。
付き合い始めて未だ一年経たないこの関係の中、の口から一番多く聞いた単語は【七夕】だった様に思える。
の話によると、この時期日本では露真っ只中で七夕の夜晴れ渡った空等一度も見た験しが無いと。
故に、空に横たわる幾数多の星から形成される天の川と呼ばれる星の連なりも実際には一度も見た事が無いのだと。
日本とは季節も風土も異なる為に、ホグワーツで生まれて初めての綺麗な天の川が見れると嬉しそうに微笑って居たのを思い出す。
其の頃は季節的にも七夕とは遥か遠い存在に位置した季節だった為に、適当に聞き流しては居たのだが、今思えば其れこそしつこいまでに話をするという事は余 程思い入れが在るのだろう。
実際、この年代の少女ならば誰しもが憧れや羨と云った感情を持つのでは無かろうか。
「 …の郷里では、七夕には恋人に何か渡す慣わしでも有るのかね。 」
「 そんなの聞いた事も有りません。 」
「 ほう…では、七夕と云う行事にマグルは何をするのかね。 」
「 願い事です。 短冊に自分の願い事を書いて、笹の葉に吊るすんです。 」
馬鹿馬鹿しい。
日々日常の癖とも云える単語が己の意志とは全く関係無く口から付いて出ていた。
そう云うと思っていた、と微笑って言ったの表情が余りに寂し気で、握り締めた羽ペンをインク壷に投げ入れて小さな身体を引寄せる。
片腕に綺麗に収まりきる華奢な身体、僅かにみじろく其の態度を赦さぬ様にキツク抱締めると、諦めた様にが身体の力を抜く。
小さな溜息に似た吐息が洩れ、観念した細い腕はスネイプの首裏に縋る様に廻され、仄かに甘い香りがスネイプの鼻先を擽った。
忙しさに感け、もうどれ位この温もりを感じて居ないだろうか。
其れこそ、一年に一度の逢瀬しか赦されぬ織姫と彦星の様、逢いたいのに逢えぬ時間を耐え抜いて漸く巡り会えた瞬間の様な喜びに心が歓喜する。
「 …お前は毎年何を願ったのかね。 」
「 私ですか? …そうですねぇ…毎年変わらず、【みんなの願いが叶います様に】ですね。 」
屈託無く笑うに呆れた溜息を一つ。
元来この娘はこう云う娘だった。人の幸せ事が我が幸せとばかりに人の幸せの為ならば其の身を犠牲にしても。
両親にしてもそうだった。
マグルの父と魔女の母の間に生まれた娘、が生まれた当初から仲が悪くなる一方だった両親が離婚に踏み切った際にも、は二人が下した決断を受け入れ た。
父の為に毎日泣く母を見る位ならば、両親其々が幸せに暮らして居て欲しいと。
母が笑って居られるのならば、親との契等無くとも生きて行けるとそう決意してホグワーツに来たのが若干11歳。
誰よりも強い心を持ち合わせていると周囲に知られた少女が、実は誰よりも弱い諸刃の様な繊細な心を持っていたことを知っている人間が果たして何人居ろう か。
「 お前自身の願いは無いのか 」
「 私の願いですか? 今まで一度も願ったことが無いから判らないですね…其れに、願いらしい願いも無いんです。 」
「 為らば今年も皆の幸せを願って空を想うのかね? 」
「 今年は天の川が見れるんで…きっと皆の願いが叶う様に祈る前に見惚れて忘れてしまいそうです。 」
無邪気に微笑ったの真後ろで、夕闇に包まれた空が濃灰色に変わって、やがては夜色の世界へと遷り変わった。
気持ち控えめに顔を出した月は磨ぎ立ての刃を髣髴とさせる見事な三日月形をしており、無数に散ばる星の輝きを助力する様に淡く翳る。
黒い絵の具を垂らした様に一面が漆黒で覆われた世界に、銀色の淡い光りを放って輝く星々が連なって、ゆっくりと川面が揺らめく様に静かに動いている様な錯 覚を憶えた。
あれが世間一般で言われているところの天の川か。単なる星の連なりだけだと云うに、如何して其の姿に人々は魅了され、感嘆の溜息を吐いて己の願い事を吐き 棄てるのだろうか。
星に何かを願った処で、到底叶う筈も無いと云う事くらい、マグルにでも判るだろうに。
其れでも人は何かを求め何かに縋ってで無ければ生きられぬ様に、想いを願いを言葉にして空に投げ。
「 天の川、綺麗…。 一つ一つは本当に小さく見える星なのに、集まると本当に一つの河に見えるんだ… 」
「 塵も積もれば山と為る、其れと同じではないのかね。 」
「 …スネイプ教授って、本当浪漫が無いって云うか女心が判らないって云うか、雰囲気が読めないって云うか… 」
「 そんなもの、判らずとも良い。 其れよりさっさと願い事をしたら如何かね。 」
「 私の願い事は今年も変わりませんよ? 」
「 …為らば、我輩の願いが叶う様にとも…願ってくれるのかね。 」
其の言葉に、は驚いた様に薄紫の見開いて、そしてスネイプが刹那で其の心を奪われた柔らかい微笑みで頷いた。
誰よりも愛しい人の願い事が叶う様に祈れる事は、他の何に代えても幸せだとそう現す様に。
月が翳る。
鈍い光を放つ幾数多の星々は互いに手を取り合って引寄せあう様に其の身を寄せては、集積し、気が付けば其処には星で出来上がった河が在った。
月の光りが丁度良く当たり、ゆっくりと流れる様に輝く光は月夜に照らされた川面其の侭で。
広大に広がる空に雄大にたゆたう天の川、其れを見詰ながら唯只管に想った。
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来年も、お前と共に天の川が見られる様に、と。
七夕の夜、スネイプが誰より愛しい者を腕に抱きながら、そう願った事は空に輝く星しか知る由が無い。
後書き
如何してもスルーしがちだったイベント夢。
七夕もスルーしかけたんですが…早書きで仕上げてみました(笑)
私的には描写が少なく会話メインにしたつもりなので、読みやすかったかな…と想うんですが、やはり物足りず。
来年にリベンジ…(笑)
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