雨刻の訪問者
時は五月雨、春の温度を感じさせない冷たい雨が深々と降り注ぐ最中。
本来夜色の中に幻想の様に雲を纏ってやんわりと朧気に浮かび上がる月も、ここ最近続いた雨の所為で姿を見せてはいない。
枯木に水滴が滴り落ちる音というよりも、音無く風に吹かれる様に吹き荒ぶ霧雨の雨は、客観的に見ても直感的に見ても通常の雨よりはマシだと思う。
しかし其れは大きな間違いで、霧雨と言えど雨の類に間違いは無い。
長時間浴びていれば其れこそ体温を低下させ、雨に打たれたぐらいだと鷹を括れば季節の変わり目、即刻風邪を引くことは非を見るよりも明らかだった。
だからこそ、スネイプが偶然に耳に聞き止めた不振な音に玄関の扉を開いた瞬間飛び込んできた光景に、呆れてものも満足に言えない状況に置かれた。
久方ぶ振りに取れた連休を利用して長月日留守にしていた家に戻ったのが昨日。
必要な書類だけを取り寄せてまた直ぐにでもホグワーツに戻る予定だった為に、ダンブルドア以外の人間に帰省の旨を明かしては居なかった。
しかし、扉を開いたスネイプの視界に飛び込んできたのは、ホグワーツのローブ包んだ身を雨で濡らせて立ち尽くす恋人の姿だった。
「 …すみません、本当は此処に来るべきではないのでしょうが… 」
どれ位雨に打たれていたのだろうか。
元来から黒いローブが更に漆黒に輝る様に雨に濡れ、裾からも柔らかい筈だった前髪からも止め処無く雫が滴り落ちている。
よくよく見てみれば、の足元には小さな水溜りが出来ており、長時間この場所で只管雨に身体を晒していたのだと思わせた。
吐きたくなる溜息を如何にか堪え、此処に来るのが初めてでは無いであろうに。況して、仮にも恋人という立場に居るべき存在が家の扉を叩く事すら躊躇う等と はどれ程の位置に自分が居るのだろうかと情けなくなる。
兎も角、冷え切っているであろうの身体を温めることが何よりも優先される事は明らか。
が長時間玄関の前で立ち尽くして居た理由など、身体が温まった後からでも幾らでも聞けるだろう。
雨が齎す低温効果からか若干身体を震わせるを抱留める様に室内に促そうとすれば、がキチリと折り重ねるようにした両腕の中から茶色の何かが僅かに 身じろいだ気がした。
一体何事かと眼を細めて遠視すれば、其処に居たのは、申し訳無さそうに顔をあげたと同じ大きな薄紫の瞳をした子猫だった。
「 此処に来る途中で見つけて…如何しても見ない振りが出来なくて、でも此処に連れて来たら先生迷惑だろうから… 」
「 取り敢えず中に入り給え。 話しは其れからだ。 」
即刻返して来いと言われると覚悟していたのだろう。
告げた言葉の意図に気づいたは大きな瞳を更に大きく開いて驚きの表情を見せた。
招き入れる様に室内に入れると、誘導する為に宛てた腕に伝わる熱が驚く程に冷徹しており、先程沸かしたばかりの風呂が有効利用される事に為ろうとは其の時 思いもせず。
大きめのバスタオルと着替えを取り出して渡す代わりに、が大切に抱えていた子猫の首を摘みあげる。
が此れ程までに濡れてるのだから、子猫の体温も相当奪われているに違いないと思えど、実際子猫は柔らかな産毛に少し水滴が掛かっている程度。
は少しでも子猫が濡れない様にと庇いながら戸口に立っていたに違い無い。
そう考えれば、何故にもう少し早く気づいて遣れなかったのだろうかと後悔ばかりが先にたつ。
「 …お前は風呂よりもミルクだろうな。 」
人見知りをしないのか、腕の中に抱き込んでも暴れる様子無くおとなしく身を委ねて来る子猫を抱いて、鍋を暖炉に掛ける。
ホットミルクを作るのは何年振りだろうか。
甘い香りが酷く不快に思えて以来作ることをしなくなったホットミルク。
火に掛けて数分もすれば甘ったるい薫りが鼻を付いて如何し様も無い嫌悪感に苛まれど、この小さな命が生き延びる為には仕方の無い行為だと思えば、次第に鼻 に付く匂いも薄れていった。
片手の掌にすっぽりと収まる小さな身体が退屈からか微動し始めた頃合、人肌程度にミルクも温まり、丁度良いタイミングで髪の毛にバスタオルを掛け置いた侭 のがバスルームから出てくる音がした。
ちゃんと温まったのか、と言葉を投げて振り向こうとした矢先、背中に軽い音を立てて塊がぶつかって来た。
「 …雨が止んだら、返してきますから。 だから雨が止むまで私と其の子を置いて下さい。 」
「 我輩は返して来いと言った覚え等無い。 」
「 でも…、ホグワーツでこの子を買ってあげる事も出来ないし、ウチは動物が飼えないし… 」
可哀想だけど、元の場所に返すしかないんです。
可笑しいですよね。捨てる事が前提なら、初めから拾ってなんて上げなければ良かったのに。
背中越しに伝わるの声は寒さからか、酷く震えていた。
しがみ付く様にキツクローブを握り締められ、振り返って見ずとも判る程に戦慄いた細い肩。
雨の中其の身を濡らしていたであろう子猫を抱き抱え、己の体温で必死に温めながら如何しても捨て置く事の出来なかった其の情景。
何処に行けば良いのかも判らず、況してホグワーツに連れ帰る事も出来ない侭、我輩に叱咤される事を覚悟の上で此処に着た。
我輩とは異なる心の奥が暖かい少女、大方棄てて来いと怒鳴り散らしても、はきっと子猫の傍にずっと座り込んで誰か貰い手が現れることを待っているのだ ろう。
其の途中、飛瀑な雨が降ろうとも、砂塵の暴風が吹こうとも。
「 …我輩が預かろう。 」
「 で、でも先生は… 」
「 勘違いするな、貰い手が見付かるまで、だ。 姪が猫を欲しがっていたのでな。丁度良いだろう。 」
慰めたいと、純粋にそう思った。
咄嗟に出た口からの出任せが、寂しげな表情を浮かべたに笑顔を取り戻させてくれた。
貰い手等見付かっている筈も無ければ、これから捜す宛ても無い。
最悪、貰い手が見付からなければ其の侭ホグワーツに連れ帰っても良いと一瞬でも思案した我輩は自分でも相当に参っていたのだろう。
此処まで寵児した子どもは他にはいない。
寂しさに打ちひしがれた子猫の代弁を取る様な痛嘆の瞳を見て、子猫を棄てて来いと言える人間が何処に居ろうか。
他者に出来ようとも、我輩に出来る筈が無い。
ホグワーツで猫が買えないという規則が有るなら、其れこそ自らが先陣を切って戒律を変えんばかりの勢いでダンブルドアに直訴したかも知れない。
猫を哀れに思った訳でも無ければ、情が移った訳でもない。
唯ただ…の願いを叶えてやりたいと。
莫迦莫迦しい事を思った、唯、其れだけ。
「 有難う、スネイプ先生…! 」
「 勘違いして貰っては困る。 …お前の為じゃない。 」
何時まで経っても不器用にしか働かない脳細胞と唇は、心と真逆の言の葉を紡ぎ出すけれど、其れでもは嬉しそうに微笑った。
普段ホグワーツで仲間と楽しそうに談笑している其の柔らかい微笑みで。
我輩の腕の中で腹を膨らませては夢現に入り込んだ猫の小さな頭を小さな指の腹で撫で、【良かったね】と何度も何度も呟いて。
掌の上、幸せそうに眠る猫を落さぬ様に僅かに指先に力を籠めると、空いた腕でを抱き寄せた。
一瞬何が起こったのかと驚いた様な表情を浮かべたは、其れでも我輩の腕に抱いた猫を気遣ってか暴れる事は無かった。
普段よりも何倍も大人しく腕に収まってきた幼い恋人を抱締める。
雨の中、が小さな猫を必死で護ってきた様に、冷えない様に辛くない様に痛まぬ様に。
お前は我輩が護って遣る、そう口に出せない代わりに柔らかな髪に唇を寄せて、抱締めた細い身体を更に強く引寄た。
後書き
梅雨入りしてしまいました…という事で、書いてみた夢なんですが…教授、猫育てられるんですか(笑)?
猫好きな私は如何してもこういう話が好きなんですが、猫シリーズを書いて行きたいですね。
猫を育てることになった教授の苦悩とか…(苦笑)
連載物ではなくシリーズ物ならいけるのか…?そうなのか(笑)!?
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