眠れない夜は、終らない夢を






眠れない夜だけは、終らない夢を唯ただ、見て居たかった。


桜色の唇から紡がれた声が引き起こす戦慄が、感情の全て、何もかもを奪ってゆく。
空気に吸い込まれ溶ける様に流れ込んで来る穏かな声が放つ言葉は、何か特別の意を感じずには居られず、有りっ丈の情愛を籠めて名を紡いでいるのだと客観的 に悟らされる。
初めて、自分の父親と同級生の浮気現場を目撃した時は、世界が凍りついたように暫しの瞬きも出来無かった。
まるで二次元と三次元。別次元に位置していた筈の人間同士が、よりにもよって同じ領域に存在する事に為ろうとは夢にも思わない現実に、怒りで作り 上げた拳と共に唇を強く噛み締めた。
薄く血が滲む位まで感情をギリギリと殺し、裂けた皮膚が作り上げた痛み等とおに紛い事の様に感じられる。
見て見ぬ不利…、そうでもしていないと、今にも如何にかなってしまいそうだった。





「 ……っ…… 」





夜半過ぎ、薄く開かれた扉から漏れた光りに気付いた。
こんな時間に何だろうか。電気でも消し忘れたのか、相変わらず抜けている。
そう思いながら、客間の扉をゆっくりと開ければ、其処には純白のブランケットに小さな身を包んだ、父…ルシウスの愛人である が居た。
何かから身を護る様に、唯只管に耐える様に小さな其の身体を細い腕で力いっぱい抱き締めて、光り映す扉に背を向ける形でベットに横になっている。
周波数が極端に軽減する深夜は特に感覚神経が研ぎ澄まされて、ある程度の視覚を喪ってしまうと同時に、普段の倍以上の聴覚が過敏に反応した。
肩を震わせ、全身で耐え凌ぎ、声を殺して泣く音が聴こえる。
喉に絡まる嗚咽が呼吸を奪い、しゃくり上げることも侭為らないまま、何かに耐える様に必死に只管に。


一体何に耐えているのかと、そう考えた時点で溜息を吐きそうになる息を殺した。
昨日今日と父上は急な仕事で、魔法省に行った侭帰って来れぬと云う話が脳裏を過った。
思い返してみれば、朝からの笑顔を見て居ないとこの瞬間初めて気付いた様に思い出して。
普段壊れてしまったのかと思える程に柔らかい笑顔を絶やさぬ少女が、笑わない。
今始めてこの瞬間に気づいた訳では無いと、自分で判っていた。認識したく無いだけで、認めてしまえば厭と言う程現実を見詰ねば為らなくて、だから敢えて見 て見ぬ振りをした。


戸口に立った侭、暫く息を殺す。
静寂に包み込まれた広すぎる室内に、一刻一刻と時間を刻んで過去へと葬り去っていく時計の音だけが、闇間に響く。
は其の体勢の侭、どの位、寂寥感の中時計の音だけを聞いてじっとしていたのだろうか。





「 …、眠れないのか? 」





これ以上、関わりを持ってしまえば、辛いのは己だと痛感していながらも如何して声を掛けてしまったのかは自分でも判らなかった。
唯、扉に背を向けた侭眼の前で脅えた様に震える少女を視界に認めたとき、何かが弾けて毀れた。


初めてを知ったのは、父上よりも先だった。
ホグワーツに同時に入学して来た薄紫色の瞳が酷く特徴的な東洋の少女を一目見て、そして心を奪われた。
少し伸びている後ろ髪を無造作に紅い紐で結わえ、世辞も媚びも無い自然な微笑を容易く向けてくる其の存在を忘れられなくなり、次第に自ら距離を縮める様に なって。
同じスリザリン寮だと云う偶然も重なって、談話室で話しかける様に為って互いの事も少しずつ知る様になり、一年という期間を経たが二人で居る時間も格段に 増えた。
距離等縮まれば縮まっただけ、切なくなるとは其の時は夢にも思わずに。


付き合っている人が居るという事も知っていた。知っていて、其れでも諦めきれずに気持ちだけでも伝えたいと。
我ながら未練がましい執着だと鼻で笑いながらも、想いを打ち明けた時既に其の身は人のものだったのだから、仕方ない。
付き合っている人が居ようとも、其れでも構わないと、心に決めて想いを告げれば衝撃的な結末を迎えた。
其の相手が自分の父親だなどと…いっそこのまま狂ってしまえたら、少しは楽になれるだろうか…そんな感情を何 度も何度も押し殺して。
あの日見たの閉じた瞼に押されるように、滲んだ涙に、初めて恋の痛みと云う感情を知った。





「 …………… 」

「 父上なら昼に為らないと戻っては来ない。 何を不安に思うことがあるんだ? 」

「 …………… 」





廊下に燈された微かな灯りが映し出す室内に、自分の声だけが空しく空気を響かせ木霊した。
大方、は寝た振りをしているのだろう。
声を掛けた時確かに、華奢な肩がピクリと震えるのを見ている。
愛人と云う立場に居ながら、其れでもこの屋敷で妻と其の息子と共に暮らすの心には、ぽっかりと消えない空洞が空いているのだろう。
あの日、瞳に涙を溜めながら、も初めて知った事実に肩を震わせた。
好きに為った人が、想いを寄せた人が、如何し様も無く抑え切れない激情に揺さ振られ忘れることなど到底不可能な存在に在った人がまさか親友の父親だとは。
ドラコから想いを打ち明けられた時に告げた断りの言葉が、よもやこの様な事態を引き起こす事に為ろうとは。
そんな言葉が絶え無くの唇から漏れ、同時に鶺鴒の様な美しい音程の声色が涙で霞むのを見て、想いは確実確かなものへと変わった。

例え己の父親を愛していようとも、欠片も自分の事を想ってはくれなくとも、其れでも唯ひたすらにに好きだと言い続けた。

何時か、父に棄てられた其の日が来たら、此処に変わらずに想っている人間が居るのだと判って欲しかった。





、お前昨日も寝てないだろう。 いい加減…寝ろよ。 」





泣き腫らした様にくすんだ目元を見る度、己では如何してやる事も出来ない寂寥感敗北感で心が焼き切れそうになる。
それを埋めようと足掻き、苦しみ、何度も絶望の淵に突き落とされた。
その度に思い知る。
どれだけ、自分がを愛しているかを。
どれだけ、があの男を必要としているかを。
どれだけ努力をしても、結局血の繋がったあの男に自分は勝てるどころか視界にすら映っては居ないのだと。
空洞の様にぽっかりと空いたとの距離、埋めようと努力し様にも、其の方法が知れない。





「 お前な…いい加減寝ないと身体壊すだろ。 」

「 …放って…おい…て… 」





面倒そうに溜息を零しながらそう告げれば、嗚咽混じりの声が返って来た。
待ち望んだ返答、どんな言葉が返って来るか等、予想以上に判り切っていた事だというに実際耳に入れてしまえば効力は倍以上に膨れ上がった。

初めに感じたのは怒り。
自分の事に等興味関心が無いと全面的に拒絶した様に振舞うに、
愛しい女を泣かせることだけしか出来ない傲慢な父に、
判って居ながら何もしてやる事が出来ず、想い続ける事がかえってを苦しめる結果に繋がっていると知りながら拙い愛を告げるしか出来ない、自分に。

次ぎに感じたのは、哀れみ。
想いを告げても愛し続けても、所詮は他人のものである父と事実上は決して結ばれぬ愛に翻弄されるに、
己の息子と同じ歳の幼い子どもに心を奪われ後戻りする事さえ出来無い程に溺れた父に、
報われないと知っていながら、其れでも何時かは自分の所に来てくれるのではないかと浅はかな想いを抱き続けてしまう、自分に。

最後に感じたのは、愛情。
妻子が居ながらも、愛人と云う立場に立たされながらも其れでも只管に想い、傍に居れる事が本当に幸せだと全身で表現するに、
一回り以上も歳の離れた息子の同級生に心を奪われ、あらゆる手段を投じようとも傍らに置いて守り抜く父に、
其の愛情が一欠けらも此方に向かわずとも、父の傍で微笑って幸せで居てくれればいいと、出来る事なら其の綺麗な瞳に涙が浮かばぬ様にと祈る自分に。





「 今だけ、今だけ…寝た振りをしてろ。 」





薄暗闇に足を偲ばせ、ゆっくりと扉を後ろ手で閉め置いて此方に背を向けた侭のを、無理矢理後ろから抱き締めた。
突然自分とは異なる体温に抱すくめられて身体が硬直するも、同じ血が通っているからなのか、拙い仕草であっても父に似た面影を見つけたのか身体から力が抜 けた。
父の代わりで在っても、構わない。
寧ろ、今だけ父の代りが出来るなら其れこそ願ってもいない事だと自分で自分に言い聞かせて、小さく縮こまった華奢な身体を柔らかく包み込んで。
僅かに伝わる温もりが、柔らかく薫る漆黒の黒髪が、力を入れすぎれば折れてしまうのかと錯覚するような小さな身体が。
其の全てが今は自分だけのものなのだと知れば、切なさの中に如何し様も無い嬉しさが込み上げる。


と父と共に過さなくては為らない毎日が絶望の中にあった。
何度も何度も諦めようと、忘れようともがき、憎み辛く当たっても…其れでも最後に残ったのは、愛情という名の地獄。
想っても想っても叶う筈の無い想いに揺さぶられ、其れでも傍に居れたら幸せだと思ってしまうのは何故なのか。
父親の愛人に。親友だった筈の、同級生に。独りの女として見た事が、間違いだっただけなのに。
其れでもを見る度に、思い返す様に心に湧き上がるのは揺ぎ無い愛情。
最早、出逢い運命は決まってしまったのだ。
取り戻しようもない過去…悔やんでも恨んでも、時既に遅い。
簡単に忘れられる位ならば、初めから愛すること等しなかっただろうから。





「 …父上の、代わりだと思えばいいだろ。 」





柔らかく言ったつもりが、其れが逆にの心を深く苛んだのだろう。
必死に殺していたであろう嗚咽が本格的に漏れ始めた。
自分が想い続け愛を告げる事で、が酷く深く傷つき懺悔に似た涙を零すことを可哀想だと思いながらも、本当は心の中で喜んでいるのかも知れなかった。
が傷つかず笑っていてくれれば其れで良いのだと、口先だけでは言いながら、愛を告げる度にを傷つけて居る。
解っていながら其れでも愛を告げてしまうのは、抑えきれない恋慕に理性を事欠いて居るからだけではない。


愛を告げて想いを吐き出して、が瞳に涙を溜めながらごめんなさいと呟く瞬間は、間違い無く父ではなく自分を想ってくれているのだから。





「 此れは夢だ。 だから此の侭…瞳を瞑れば良いだろ。 」





感情を抑える様に冷たく吐いた言葉に含まれた意図、切なさと痛みを引き連れて体温を通じて心に響けとばかりに、抱き締めた腕に力を入れた。


誰の眼にも触れさせず閉じ込める事、傍に置いて自分だけを愛してくれるように仕向ける事、欠片でも良いから父へ向ける愛情を貰える事。
臨む願いは何一つとして叶う事は無い。
今のの心が父であるルシウスで満たされている間は、何一つとして。

父上からの愛情を貰えなく為った其の時こそが、彼がの元を去っていく時であり、が世界で生きることを放棄する時なのだろう。
同じ年齢で有りながらも、男女の差を明瞭にさせる片腕で回りきるような、細い身体。
力いっぱい引寄せて、唯只管に耐えるを僅かでも支えられたら其れが幸せだと、自らの恋を諦める様に憎悪に似た淡蒼色を滲ませた双眸ををきつく閉じた。
開けば愛を乞うてしまいそうな脆い感情を、口の中に、心の中に閉じ込めながら。



眠れない夜が、明けなければ良いと願う事を止められない。
眠れない夜だけは、終らない夢を唯ただ、君に見て居て欲しかった。
眠れない夜だけは、父ではなく自分に…其の心を捧げてはくれないだろうか。



…其れが例え、父の代わりでも構わないから。









後書き

ルシウス×ヒロイン前提ドラコ夢…!!!。
生まれて初めて書いたドラコ夢に、最早大撃沈。
如何してもドラコオンリーの夢が書けません…彼に切ないのが似合ってしまうと思う私はドラコFANの方に総動員でぶっ飛ばされそうです…(汗)。
ドラコで甘い夢も書けそうなんですが…ドラコ×ヒロインというよりは、如何してもルシウス×ヒロイン大前提でのドラコ夢が書きやすい… (苦笑)


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