大空と大地の下で






麗かな春の陽射しが緩やかに皐月の香りを伴ってゆっくりとホグワーツの校舎を照らし出し ていた。
暗雲どころか、まっさらな雲ひとつ視界を遮ること無い蒼空の下、罅を刻む様に魔法界独特の空気が姿見える様に吸い込まれて逝った。
連日のレポート採点に我慢の限界を感じたスネイプは、日頃煩い程に部屋に通い詰めるが、最近己が忙しくなってからと言うものパタリと音沙汰が無い事に ようやっと気付く。
普段はの手によって開け放たれている筈の窓も、振り返って三日前からはキチリと締め切られて空気の循環が酷く悪い。
気づいた時は魔法で空気を浄化しているものの、其れでも鬱蒼とした暗雲の様な蟠りを抱えた心は晴れ渡る事は無かった。


採点の量も日増しに少なくなり、一息吐く暇が出来れば、自然と眉間に皺を寄せる己に気付いた。
今日も来ないつもりか。
胸を競り上がる憤りの正体を決して認めた訳ではないけれど、其れでも極自然と胸中思い描くのは朝靄の陰りの様な純度の洗練された薄紫の瞳。
其れを和らげて何時も嬉しそうに微笑い、寄添うように流れ落ちる半色掛かった夜色の絹細糸が酷く印象的だ。
毎日顔を付き合わせればさして如何も思う事の無いことを、如何して三日見ないだけで此れ程までに苛立ちに変わるのか。


思う様に筆が進まなくなって早一日半。
此れではかえって居座られたほうが仕事が捗るのではないか、と数時間ぶりに重い腰を上げた。





「 如何して此処に居る事が判ったんですか? 」





もう採点は終ったんですか、そんな言葉を冒頭に付けながら屈託無く微笑んだは、立ち入り禁止とされるホグワーツ広告塔の屋上に居た。
ホグワーツでは殊更珍しいマグル式の屋上を模った其の場所は、緩やかなスロープが描かれ其の端に身の丈の低い柵が申し訳程度に付けられている。
誰も使用する事が無い為に其の高さなのか、其れとも高層ビルなど桁外れのこの場所から陥落しても魔法が有るからと鷹を括っているのか、其れはスネイプの学 生時代から変わらぬ侭。
くだびれて今にもずり落ちそうな柵に身体を凭れさせ、唯ただ静かに空を眺めていたであろうは、突然意外な訪問者に相当驚いたらしい。





「 莫迦と煙は高いところに昇るとマグル学の教師が昔言っていた。 」

「 …頭が悪い事は認めますが、莫迦では無いと思います。 」

「 我輩が特別教授している魔法薬学であの成績を取れるのは莫迦以外に考えられん。 」

「 私、そんなに魔法薬学の成績悪かったんですか? 」





呆気羅漢と言ってのけたに、先程採点を終えたばかりのスリザリン寮の答案からの成績を引っ張り出してみれば、掛ける言葉も出なかった。
は決して頭の良い方ではない。しかし、ある分野に一存すれば首位を独走する勢いの成績を収めている事もまた事実である。
幸い、毎年無事に学期末を終え学年を一つ繰り上げる事に成功しては居るものの、其れでも魔法薬学に関する成績は今ひとつ伸び悩んでいる。
己が寮監を勤め上げるスリザリンの生徒は、何を置いても魔法薬学だけは可笑しな成績を取る事を断固恐怖し、一夜漬け二夜漬けの勢いで勉強する生徒が大半。
其の最中、独り我関せずと云った態度を堂々と取りながら、誰にも僅差を見せる事無くスリザリン寮最下位を誇るには殊更呆れる。

況して、其れがスリザリン寮監督兼魔法薬学教授の恋人なのだから世の中と言うのは実に不思議なものである。





「 教授、こんな場所で遣ったら誰かに見付かってしまいますよ。 」

「 我輩がお前を咎めに此処まで態々登って来たと言えば、皆我輩の言葉を信じるであろうな。 」





一向に帰る兆しの見られないを横目に遣りながら、懐に伸ばした指先だけで葉巻を掴みあげた瞬間、苦く笑われる。
記憶に留めている限りの前では一度も葉巻を口にした事が無いと思いながらも、第一に【葉巻を吸う人だとは思わなかった】と言わない事が実にらしい と思う。
フィルターを食めば酵母に似た苦味の強い薫りが咽喉奥を落ちて行き、火を点せば雲の代わりとばかりに白い煙がゆっくりと燻ぶられて空に昇り行く。
久方振りに葉巻を口にした、とと共に過す様になって以来自然と葉巻を口にしなくなった自分に気が付く。
ストレスが溜まらなく為ったのか吸わない事に慣れたのか、其れとも単なる気紛れか。
いずれにしても、に出逢う以前は極日常的に吸っていた葉巻をふと吸いたくなったのは定かではない。





「 スネイプ教授、早死にさせたいんですか? 」
「 …誰を、かね。 」
「 私を、です。 煙草や葉巻は吸う人の周りに居る人の方に害を与えるんですよ? 」
「 早死にするのが厭だと云うのならば、お前が先に下に降りれば良い。 」

「 厭ですよ。 此処は私のお気に入りの場所なんですから。 退くならスネイプ教授が退いて下さい。 」





片腕で抱えきれる位に細く華奢な身体を翻し、は向き直ると先程までと変わらぬ侭に唯静かに空を見上げた。
禁煙…昔は思いもしなかった単語が脳裏を掠め、と出逢ってからは本数が次第に減って逝っては吸わなくなったと再実感する。
つい先程、偶然に懐に手を差し入れるまでは気が付かなかった葉巻の箱に何故か妙な違和感を憶えた。

立ち尽くしただけの位置から、静かに緩く立ち昇る紫煙の先、緩く霞み煙る視線の向こう側。
風に絹糸髪を遊ばれながらも、名の知れぬ画家の描いたキャンバスを見ている様に動かないに、静かに変わり出す時間と空気。
何とも場違いな空気が其の場を漂い始め、己が口にしている葉巻から昇る煙がを後ろから穢してしまいそうで瞳を見開いた。
気分転換にも為りはしない。寧ろ余計に気を使うだけだと葉巻に指先を掛けた時、嗅ぎ慣れない葉巻の煙が燻す薫りと異なる香りが傍に居た。


火の点いた侭の葉巻が空を下る間、風が舞い降りた様にふわりと桜色の唇が降りてきた。


たかが15の子どもの気紛れに似た行為、此れが初めてではないと云うに瞬間驚きを隠せず胸郭の奥深くに潜む心の臓が妙な音を立てたことに気付いた。
葉巻を止めろと間接的に云いたかったのだろうか。
小さな子供が遊びで遣るにも頭を傾げる位に拙い口付け、其れ等に毎回面白い位に振り回される己は一体幾つだと呆れたい程。





「 採点で溜まるストレスの軽減方法、葉巻以外に変更して下さいね。 」





先程の事等何でも無かったかの様な微笑みを投げるの腕を強く引いた。
反動で倒れ込む様に身体を預けたのを良い事に、其の侭力ずくで引寄せて拙い口付けの代わりとばかり、少々無理強いを強いた口付けを一つ。
驚きに薄紫の瞳を大きく見開いたのを視界に留めたが、見ない振りを徹底した。
こんな場所で、誰が見ているとも知らずに。
其れでも抱き込んだ身体を支える腕の力を弱める事をしないのも、抗おうと頼り無い腕で胸を押し戻されようとも、其れでも離しては遣らない。
溜まっていたストレス過渡の原因がだと気付いた其の瞬間、向けるべき矛先は決まったのだから。





「 スネイプ教授…っ! 何考えてるんですか、こんな処で…!! 」

、鍵を掛けてから我輩の部屋に来給え。 我輩はこの様な場所に何時までも居られるほど暇ではないのだよ。 」





身体を離した途端に火を点けた様に怒り出したに背を向け、振り返ること無い侭冷え切った廊下に向かって歩き出す。
懐に手を差し入れ、此れを掴み上げるのは最後に為るであろうなと少々の寂寥感を憶えながら、未だ本数残る葉巻箱を握り潰す。
くしゃりと紙が擦れる音が鼓膜を掠めたと同時、未だ呆れかえるに向かって投げ遣る。
こんなもの、もう必要も無い。
初めから、こうすれば良かったのだ。
が傍に居た為に採点の結果仕事効率に害が及んだ事等合っただろうか。未だ嘗て三日以上仕事を続けた験しが無かった為に、気付く事の無かった寂寥感に苛 慨感。
其れは間違いなく採点が終らない以前にが傍に居ない、唯、其れだけの理由。
直には地下室に下りて来るであろう。可愛らしい其の顔に憤りの情を浮かべながら。

一回り以上下の子どもの他愛無い行為に振り回されるくらい、夢中なのだという事を厭というほど思い知る。
甘い言葉一つ吐かない己の何処が良いものなのか。
其れでも、己が良いと云うなら、其の華奢な体を囲う為に引き寄せる腕も採点講義に裂かれる以外の全ての時間も何もかもくれてやる。
初めから、離れる事等無理だったのだと気付かされ、これ以上離れることも如何やら無理だと刻み付けられる。
後戻りは出来ない。其れでも良いかもしれぬと思い始めた其れこそが、降参請願の意味合い篭めた行為。
握り潰された葉巻だった。



大空と大地の下、蒼空に霞薄紫の雲が昇るのは、此れが最後。









後書き

ふと思い立って書いてみた、スネイプ教授葉巻話。
其れが書きたかっただけと言うのも合って何のまとまりもない話になってしまいましたが(笑)
矢張り煙草よりも葉巻を吸っている男の人の方が好きなのは何故でしょうか…(苦笑)


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