私が貴方を好きな理由
一度だけ、考えた事がある。
何時もと何等変わり無く束ねた羊皮紙にペンを走らせては、採点をこなすスネイプを見ながらは視線を落としていた本をパタリと閉じた。
唯本を閉じただけ。其れだと言うに酷く澄んだ様に空気を振動させたのは、やはり其れだけこの部屋が静寂に包まれているという事を裏付けた。
燈る灯りさえ無ければ、誰かがこの室内に居る事等外から区別が付く事も無かった。勿論、地下にあるこの部屋に態々訪ねて来る様な物好きも居ないと言える が。
-------
私は、スネイプ先生の何処が好きなんだろう。
ぼんやりと揺らぐ灯りを見詰めながら、は心にそう問うた。
机に張り付いた侭視線一つ投げて遣さないの恋人は、まるでこの部屋には自分独りしか存在していないかの様な素振りで只管にペンを走らせる。
別に視界の中に入れて欲しい訳では無かった。勿論、暇に感けたの相手をして欲しいと願った訳でも無い。
唯何となく、本当にふとした疑問が心の中から競り上がって来て、脳裏に侍らせたら止まらなくなって活字を読めなくなった。
だから、釈然しない思考を解決させようと面を上げてスネイプを一瞥して、そして再度問う。
一体何処を好きに為ったのだろうかと。
「 …如何した、退屈なのかね。 」
変わらずペンを走らせて、けれども、突然変わった空気を読んだのかスネイプが声を投げてきた。
冷気を少しだけ含んだ空気に其れは良く通っての耳に届く。
独特の音階を伴った旋律が鼓膜を振るわせれば、其れは全てに伝染していく様に浸透して、心が歓喜に打ち震える。
この声で…、名を呼ばれ、言葉を紡がれ、些細な感情を籠めた言霊を告げられるのが凄く好きだった。
寂寞感漂う室内に、其の声が微塵でも響けば其れだけで燈を燈した様に全てが温暖に包まれて心が柔らかくなる。
誰にも真似出来ない、誰の声も代用出来ない、セブルス・スネイプだけが持つこの独特の音階が耳朶を撫ぜれば其れだけで世界が変わった。
この、声。だけではない、誰もを魅了する其の声。其れは一番初めにが心惹かれた要因でも有った。
「 何だ、黙っていては余計に気味が悪い。 」
瘡付いた羊皮紙が指先に触れ捲られると、殺伐とした空気の中をカサリと云う音がゆっくりと響く。
つられる様に、の薄紫の瞳が其の音の先を追った。
細いと言う形容をすれば少し間違った気もするが、あらゆる意味で女の其れよりも洗練された指先が羊皮紙に添えられページを捲っていた。
ゆっくりと愛しむ様に添えられては滑る様に羊皮紙の上を流れる指先。魔法薬学に長けた能力を発揮する其の指は細く長く、酷く器用で幾数多の劇薬を其の指先 で触っているにも関わらずに荒れている様は見受けられない。
あの端正な指先で一度触れられれば、其処から熱が走り去った様に一瞬で身体に熱が走った。
心の臓を素手で鷲掴みにされた様な熱波が走る時も有れば、暖炉の傍で暖を取っている様な温かで柔らかな心地良い温もりに包まれる様な感覚を憶える時もあ る。
何時だってスネイプの指先は冷たく熱等持って居ないと言うに、其の大きな掌も繊細な指先も、有無を言わさずにの心の安定剤と為っていた。
「 …。 」
ようやっと、スネイプが椅子から腰を上げてローブを翻した。
舞い上がる空気が暖炉の熱を旋回させ、カツカツと床を鳴らしながらさも面倒そうな表情をしての眼前に現れる。
言葉を発しなくとも、其の怪訝そうな表情と有無を言わさぬ程に呆れた様な溜息を名に含ませた音程で、機嫌を損ねて居る事が伺えた。
顔を付き合わせれば、普段は引っ切り無しに話をし出すか語りかけるまで無言を貫き通すかのが、スネイプの問い掛けにこうも真っ向から無視を決め込むの は初めてといえた。
勿論、からしてみれば現在進行形で重要な心理的感情について徒然と考察している訳であるが、スネイプにしたら其れこそ無意味に近い。
幾ら魔法が使えるからとは言っても他人の心の中が覗ける訳でも無し、況して何が考え事をしている様は見て取れても其れがよもや己の事について等とは勘ぐる 筈も無い。
そんな事は露知らず、は眼前に現れたスネイプの表をじっと見詰めていた。
気の利いた台詞も愛の言葉も聞いた験しは其れこそ片手でも充分過ぎる位に数を数えられる程度でしかない。
恋人であるが在籍しているにも関わらず、相変わらずのグリフィンドール寮嫌いは治らない侭、それどころか一層厳しくグリフィンドール寮から減点する日 々が始まった。
何かに託けては減点するのだが、其の瞬間が大抵に他の異性が話し掛けただとか無暗に近づいただけだとか、そんな初歩的な交友関係の第一段階ですらもス ネイプの堪忍袋は問答無用にブチリと切れ落ちた。
「 如何して何も話さない。 お前が黙ると… 」
を真っ直ぐに見詰めた其の瞳に、少しだけ、寂しさが伺えた。
極一瞬の出来事、語尾は掠れて鼓膜にさえ届きはしなかったけれど普段の物言わぬ瞳が変わった其の一瞬をは見逃しては居なかった。
心が千切れそうになる。皆に恐れ慄かれ、マトモに口を利ける相手等存在しないかの様な独特の雰囲気と駑馬の印象しか持たれていないスネイプを、此処まで変 える。
良くも悪くも、恋人と言うに与えられた特権だと、そう思う。
思った瞬間、全ての解答が、出た。
「 …全部、ですよ。 」
「 …全部とは何かね? 」
「 全部って知りません?1から10まで有ったら、余す所無く其の全てって意味ですよ。 」
誰も意味など聞いては居らん。
そんな呆れた言葉はに何の効力も齎さなかった。故に、が其の意味を話す事も無い。
何処か嬉しそうに、けれどやはりそうだ、と確証付いた含み笑いを浮かべたは真っ直ぐにスネイプを視た。
其の視線が余りに澱み無くて、息を呑んだ。
吐き出す事さえ躊躇われる程の想い、其れを言葉に出さずして一気に伝えられた気がして、スネイプは暫し自身の時を凍らせた。
「 スネイプ教授? 鳩が豆鉄砲喰らった様な顔をしてますよ? 」
「 煩い。お前が… 」
「 …私、が…何か? 」
まさか此処で、【お前が余りに可愛らしい素振りを見せるから悪い】等とは死んでも言えない性質、脳裏に侍らせただけでも上等といえる其の感情を如何にかス ネイプは自身で処理した。
頭上に疑問符を立ち並べているに覗き込む様に見られ、憂悶していた事実を悟られまいと、持余した腕を伸ばしての細い腕を無理やりに引き寄せた。
小さく悲鳴染みた声を上げたは咄嗟の事に危うくバランスを崩しそうに為るが、スネイプの逞しい腕が其れを赦さない。
掴み上げた時は荒々しいと感じたにしても、引き寄せる其の工程はまるで陶器の壊れ物を扱う様な繊細な仕草。
空気を胸に抱く様にを包みこんだスネイプは、其の侭ゆっくりと桜唇に指を乗せた。
-------
。
引き寄せられた侭に名を紡がれ、唇を指先が滑り落ちては行き着いた先、細い顎を指先が捉えた。
吸い寄せられる様に上を向かされた薄紫の瞳にスネイプが映り込む。
この瞳に映し込むのはスネイプだけ、其の彼の瞳に映し出されるのはだけ。
そんな暗黙の鉄則を裏付ける様な僅かな沈黙が流れた後、ゆっくりと二人の視線が交わって、暗闇に溶けた。
良しも悪しも全て熟知して、其れでも愛しいと想える感情、其れに名前は必要無い。
後書き
い、一応バレンタインに向けて書いたスネイプ夢なんですが……かすりもしてません(笑)
寧ろその掠りすらしない根性が自分的には大満足だ…(オイ)
去年はバリバリのバレンタイン夢を書いたので、今年は思い切って的をすっ飛ばしてみようと思ったら見事に飛ばしすぎました。
…来年にでも挽回を…って、これ去年も言ったな、私。
[
Back
]
(C) copyright 2003 Saika Kijyo All Rights Reserved.