Basic interval 完結編






「 …あ、有難うございます。 」






差し出されたグラスを受け取って、そう言葉を吐き出すのが精一杯だった。カラリと乾いた音を立てて昇りを詰めた氷が水に溶ける音、静寂仕切った室内に自棄 に響いて否応為しに気まずい雰囲気が漂う。
通されたと言うよりは、が無理やり連れて来られた部屋は客間と思われる部屋で、大きなシャンデリアにテーブルやベットと言った装飾品に飾られて居る。
しかし、唯の客間一つとは言え流石は名家の客間と云うだけ合って、の家のどの部屋にも合致しない程高価で広い作りになっている。
自分の置かれた立場との異違に益々萎縮するは、自分でも意識しない内に自然とグラスを握り締めた侭頭を垂れてしまう。
ルシウスに話しかける事等勿論出来る訳も無く、唯黙秘を続けるように沈黙を守れば、小さく息を吐いたルシウスが指先に持ったワイングラスの中身を一気に飲 み干した。






「 済まない、先に私が説明するべきだった。 」






をテーブルに向客する形で位置する椅子に落したルシウスは、中庭を仰ぎ見る事の出来る大窓の脇に肘を掛けて、言葉一つ紡ぐ行為にも気を張っている様に 伺える陰を落した侭のに声を掛けた。
何を、そう言わなくても話が通じてしまうのは双方思い当たる節が合致しているからに他ならない。
謝られる事よりも、謝る事の方が慣れていて、自分から謝る事の方が謝られる行為よりも何倍も気が楽だと知っている。其の為に、ルシウスの口から毀れた懺悔 の言葉に、胸の奥がズキリと痛んだ。
全てを否定された様で、今日の、今までの出来事を根底から間違いだったと覆される様で辛かった。視線を合わせれば零れ落ちそうな涙、弱い自分をこれ以上認 識したくは無くて、益々の視線は床と親しくなる。






「 如何して…、如何して私を此処に誘ったんですか。 」






否、正しくは、如何して私に此処まで近づいたんですか。だ。
けれど、直球言葉を投げる事も出来ないにしてみれば、此れが精一杯の表現方法だったと言える。事実、紡いだ言葉も床から視線を引き剥がさない侭で吐き 出したのだから。
ルシウスは今、何処を見ているだろうか。カラリと小さく鳴る氷の音の上に、新しくワインが継ぎ足された様な水音が聞こえたから、を見ては居ない事は確 か。
では、其の心の中は何を見ているだろうか。元々生きる世界が違った。だから交わる事は赦されない筈だったと言うに、近づいてきたのは向こう。
だからこそ、この釈然としない感情に左右される事が酷く厭で酷く辛かった。明日に為れば、ルシウスは何事も無かった様に魔法省高官としての生活を送る。で は、自分は如何だろうか。ルシウスと出逢う前の自分で居られるだろうか。
其の、自信が欠落していた。






「 …初めは、別の女性と行く約束が有った。
 この社交界は魔法省が主催した物で有るが故に、私は問答無用で出席を余儀無くされていた。
 更に付け加えて云えば、女性同伴が絶対条件で有り、其の女性までも私の意志とは無関係で用意されていた。
 しかし、元より興味の無かった私は、直前になって魔法省に欠席の旨を伝える書類を提出しに行った。
 ------- 其の帰り道、書類を散乱させ派手に転んだ…君と出逢った。 」






息を吐かせる暇無く語られる言葉に、数分前にトイレで憤慨していた女性の言葉を思い出す。
顔さえ見る事が叶わなかった其の女性こそ、ルシウスが言う【用意された女性】だったのだろう事も一本の筋道が立つ。舞い上がってしまい良く覚えては居ない 拙い記憶を辿れば、確かにルシウスはあの日魔法省を背に歩いて居た。
兎に角時計を見る暇も無く急いで居た為に気付く事さえなかったが、があの道を真っ直ぐ行った先には広大な敷地に存在を誇張させた魔法省しか無い。



一度は断った社交界へ出席を決めた理由は、あの日自分と出逢ったから?
思う事すら赦されない様な自惚を含んだ感情が胸から競り上がれば、自然と頭が上に向く。勿論、自惚れの真意を確かめる訳でも無ければ、疑問が解けたからで も無い。
唯急に、其の端正な顔に何を浮べているかが気に為った。一度気に為れば、視線を上げる事以外其の疑問を拭い去る事は出来なくて、頑な に床に張り付いていた視線を擡げる事等自棄に簡単だった。
見上げた先で、薄蒼の瞳が、憫然としている。






「 見慣れない恰好をしてたから初めは誰かと思ったが、記された名前を見て気付いた。
 まさか此れほどまでに綺麗に為っているとは、な。 」






憮然とした柔らかな色を含んだ声色で言われれば、一瞬何の事か理解に苦しんだ。
昔からの知り合いで、何かを切っ掛けに再会した、そんな物の言い草。けれど、ルシウスとが関わりを持ったのは後にも先にも数日前の一度きりしか無いと 記憶している。
察しが付かない。しかし、ルシウスの言った【見慣れない恰好】という言葉を辿れば、朧気に一つだけ思い当たる節を見つけ出した。
ほんの数年前まで、はホグワーツ魔法学校に通う学生だった。更に付け加えれば、が一年の頃当時のルシウスは卒業を控えた7年生で、一年だけ同じ空 間に暮らした経験を持つ。
とは言え、ルシウスがスリザリン寮なのに対しは敵対寮であるグリフィンドールに所属していた為、名は知れど接点等確実に生まれる筈が無かった。


目立つ要素等何一つ持って無くて、何処にでも居る有り触れた自分。
傍を擦れ違うだけでも場違いな程、高貴で聡明な誇り高きマルフォイ家の子息。
如何して自分が彼の瞳に映ろうか?有る筈等、無かった。






「 お前が憶えてないのも無理は無いだろう。あの日も酷く急いで書類を胸に抱えていたからな。
 最も、派手に転んだのではなく、私にぶつかって来たのだが。 」

「 …組み分け帽子の…儀式の前だ… 」






そんな事、有ったかもしれない、思い出した様にそう呟けば薄蒼の瞳が頷いた気がした。
記憶の断片を辿るよりも先に、脳が思い出してくれた。
もう8年以上も前に為るだろうか。真新しいホグワーツのローブに身を包んだ為れない格好の侭、組み分け帽子の儀式の際に必要な書類を抱えて只管に長い廊下 を走っていた。
入学早々遅刻はしては為らないと両親にキツク言われていたにも関わらずに、低血圧が手伝ってか予定していた時刻よりも大分遅く起きてしまった。
組み分け帽子の儀式に間に合わない等と言う恥、これ以上家の評判を落す訳にも行かずに焦りと不安を抱いて只管に走っていたら、目の前の上級生に正面から体 当たりをしてしまって書類を見事にぶちまけた。
唯でさえ失態無礼に近い行為、見上げた相手があのマルフォイ家の子息だと気付いた瞬間に背が凍る様な感覚が走り目の前が真っ黒に覆われる。
両親の上司とも言えるマルフォイ家の当主の耳に入れば、左遷処では済まされないと脅えた表情を湛えたに呆れた溜息を吐いた彼は、足元に散ばった書類を 手にとって突っ返す様にに遣した。




------- ?新入生か、直に儀式が始まる。早く行け。






「 忘れられているとは、私も相当存在価値が無いらしい。 」





促がされる様に思い出した記憶は、痛烈な痛みと為ってを襲っただろうか。次いで吐き出した言葉を耳に入れて、の細い肩が微かに震えていた。
侮蔑を含んだ様に捉えられたであろうか、言葉の最後を吐いた刹那に泣き出す様な気配を感じた。
そんなつもりで言った訳では無いと、己を弁護し様とした矢先に、綻んだ華の様な微笑に出逢った。言葉を介さず、唯は水膜張った瞳を華の様に和らげて 笑っていた。
此れには流石のルシウスも、何と言葉を掛けて良いのか判らず如何したものかと思考を張り巡らせていれば、あの日と同じ情景が再び繰広げられるかの様な錯覚 を憶えた。






「 二回も助けて貰っていたんですね。全然気付きませんでした。
 …思い出しませんでした。私、あの日から貴方に恋をしていた事を、忘れてしまってました。 」






哀しそうな微笑。触れれば小さな音を立てて壊れてしまう薄い硝子の様だった。
12時を告げる鐘の音が、遠くから耳に届く。あれ程にこの感情が恋に為らぬ様にと想い続けていたの心は、見事に玉砕粉砕する。
思い出せなかっただけで、実際はもっと昔からずっと焦がれていた。何かの弾みで封印してしまった嘗ての恋心は、思い出せば募っていた思いの分だけ抑え切れ 無い程に膨れ上がり、得体の知れない曖昧な感情で一杯だった。
劣等感が生み出す慕情は、ルシウスにそぐわない物だと知っているからこそ、こうして本人を目の前にして吐き出せるのだと言う事も知っていた。
気付くべきではない事を今更気付かされ、後戻りさえ困難な状況に立たされた間際で、今も変わらずルシウスを想っている等と知らるべきでは無かった筈だとい うに。
最後だから、もう二度と逢う事が無いから、最初で最後告げても良いのではないかと。思った瞬間に、言葉が口を吐いて出ていた、其れだけの事。






「 私も思い出した、に再会したあの日に。
 唯の一度しか会話をした事の無い、名しか知らぬグリフィンドールの少女を好いていた事を。 」





瞬間、克ち合った薄蒼の瞳を直視出来ずに逸らせば、音を消す絨毯が掠れる音が聞こえた。
高貴な薫りが鼻を付いたと思えば、腕を柔らかく捕まれて、顎に指先を掛けられて上を向かせられれば全身に焔が走る。
触れられた箇所が熱くて、如何し様も無い位の羞恥が全身を駆け抜けて、だらしなく垂れ下がった侭の指先に力を入れていなければ其の場に膝を付きそうだっ た。
夢にさえ見なかったルシウスからの言葉、今自分の置かれている状況、全てを理解するには一瞬と言う時間は酷く短すぎて泣きたく為った。
震えが奔る身体、返す言葉等何一つとして見付からなくて、顎先を掴まれている為に俯く事さえ赦されない。気付けば後ずさりしそうな自分が居て、此れから如 何したら良いのかなんて判らなくなっていた。
実際、ルシウスが言葉を吐かない侭で有れば、は其の侭ルシウスを振り解いて部屋を飛び出したか本当に其の場に膝を付いていたかのどちらかしか選択肢は 無かった。






「 今更好きだと告げても遅いか。…もう、私を好いては… 」






充分身に余る程の言葉、其れを至極近距離で囁かれれば心臓は爆発寸前に陥る。
感情を消して遣り過そうにもこの距離では物事を思考するよりも先に、飲み込まれそうに為る。況してや、未だ嘗てこんな至近距離で男性に物を囁かれた験しの 無い、遣り過そうなどと思う方が間違っていたかもしれない。






「 …転機が来たとそう思った。お前にもう一度巡り会え、今度こそ此れを逃しては為らぬと。
 だから無理やりあの馬鹿げたPartyに誘った。結果…お前を傷つける結果を生む事を少しは予想していたと言うに。 」




------- 離す事が出来ない程、心を奪われた。




一言。
頭上から降ってきた柔らかくて呆れにも似た言葉に、全てを忘れる。





-------
心を、奪われたのだよ。




ルシウスはもう一度繰り返した。
刹那気な感情が胸奥から競り上がって、同時に酷く甘酸っぱい感情が口を吐いて出そうに為る。
震え戦慄く指先に激を飛ばして、視線を上げて、正面から薄蒼を見た。何か言わなくては、返事をしなくては為らないと言う安っぽい義務感からではない。
言葉で伝えなくては伝わらないと悟った。ルシウスの言葉に心の内が温かく燈ったこの感情、幸せだと名を付けるのなら返さねば為らぬと。





「 嬉しかったんです。手が届く筈の無かった貴方とこうして一緒の時間を過ごせた事だけで満足だった。
 けれど一緒に居れば一緒に居る程欲深に為って…離れ難くなってしまって、漸く気付いたんです。 」






好きです、と一言漸く搾り出した様に告げれば、言葉無く強く腕に抱き締められる。
言葉はもう必要無い、暗黙の内にそう告げているようで素直に其処に顔を埋めた。身長差から生まれる隙間、視線が折り合うことは無いけれど、心の臓に近い位 置に居る為に必然的にルシウスの鼓動が伝わる。
こんな些細な事なのに酷く幸せに為るのは何故だろうか。先まで胸に抱えていたルシウスへの罪悪感も、トイレで聞いた侮蔑の言葉も全て綺麗に消し飛んでし まって居た。



------- 誰かと共に過ごす時間を、此れ程に楽しいと感じたのは初めてだ。




酷く優しい声色、飾り気の一切無い単純な言葉がこんなにも心に響くものだと痛烈に実感した。
伝わる温もりが心地良くて、今置かれている状況を呼び戻すのに暫しの迷いが必要になる。
此処はルシウスの家でも無ければの家でもない、他人とも言える社交界の会場の客間。何時までも此処でこうしている訳にはいかないと、離れ難い身体から 無理やり引き剥がす様にした矢先に扉の外から声が掛かったのが聞える。
大方、心配した家の主が様子を伺いに来たのであろう。
仕方ないと言った溜息を吐いたルシウスがから身体を引き剥がした瞬間と、憤慨宛らの表情を浮かべた女性が扉を蹴破らんばかりの勢いで開いたのはほぼ同 時だった。






「 ルシウス様、一時の世迷い行為とは言え、名家の私を差し置いてこんな田舎貴族の娘との逢瀬、侮辱に価… 」

「 恋人と逢って何が悪い。私の恋人を二度も罵倒するとは、侮辱に価するのは此方の方だが? 」





想像を絶する氷徹の声色は、今まで聞いたどの声よりも鋭利で酷を兼ね備えていた。
薄蒼の瞳は一層鋭利なモノと化し、紡がれる言葉の一つ一つが毒を持った様に冷たさを帯びて、標的が異なるの心にさえ痛く突き刺さる。
息を飲み込む事さえ躊躇われる程の静寂、其れが時間にして一瞬の事でも当事者とすれば何よりも長い時間に感じられたに違い無い。
面白い様に表情が蒼白に為る女は、物の言い草と声色から判断するにトイレでを罵倒していた人に違いなかった。改めて見れば、やはり名家の令嬢と言うに 相応しい成りと容姿を備えている。今はへの悔しさからか、美麗な表情が嫉妬と毒付に歪んでいるけれど。






「 今日は此れで失礼する。 」






呆然と立ち尽くした侭の女性では無く、深々と頭を下げた侭の腰の低い老人にそう告げると、ルシウスはの腰に手を添えて脇を擦り抜けた。
其れから先、会場が如何為ったのか、あの女性は如何したのか等と言う事は一切判らなかった。
促される侭に馬車に乗り、家まで送り届けられて【また明日、迎えに来る】との言葉と共に頬に軽くキスを落されて。
其の場面の最中に家からルシウスに礼を言おうと飛び出して来たの両親が、腰を抜かさんばかりに愕いて、逆にルシウスに謝り倒す始末。
苦い笑いを口元に含んだルシウスが、【お嬢さんとお付き合いをさせて頂いています】と言葉丁寧に述べれば、其の瞬間こそ本当に呆けた様な表情の侭固まって しまう。


丁重にルシウスを見送って、一体何が如何なっているのかと、両親がを張り倒さんばかりの勢いで問い質す瞬間もは唯嬉しそうな表情を崩さぬ侭。
翌朝本当にルシウスがを家まで迎えに赴いた際も、の両親は相も変わらず表情を強張らせた侭で、呆れるにルシウスが細く笑んだ。






、行こうか。 」






言えば、毀れんばかりの笑顔が頷いた。
無言の侭差し出された掌に、小さな掌が重なって一つに為る。
淡い朝の光りの中、二人の新しい日々がゆっくりと始まりを告げた。









後書き

ルシウス連載夢に成りきれなかったボツネタだったんですが、執筆しました(笑)
全4話で完結…無理やり完結させたという感じになってしまったんですが、いかがでしょうか(汗)。
本当は全て書き上げてからUPするかかなり迷ったのですが…ご了承下さいませ。
シリーズ化でもいけそうな気がするんですが、先行きは皆様のご想像にお任せするという形で、此れにて終了です。
ナルシッサとか、絶対生まれてそうなドラコとか…完全シカト状態ですが、まぁ二次創作なんてそんなもんだと私は思っているので(苦笑)

因みに…ボツになった理由なんですが、余りに在り来たりなネタ過ぎて連載にはつまらないと思ったのです(苦笑)





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