此処より永久に






の実家に婚姻の挨拶に向かう途中、前方に聳える高い丘を見つけた が、するりと私の手からすり抜けて駆け出した。
何事かと声を掛ける私のその声も、最早届いては居ないのか、嬉しそうな表情を浮かべたままの は足早にその丘を登る。
後ろに控えて居た執事が、 を呼び戻そうと足を踏み出した瞬間、私はそれを目配せで制止させる。
驚いたような表情を浮かべる執事を鼻で笑うと、私は秋晴れの大地を踏み出していた。






、そろそろ行かぬと約束の時間に遅れる 」






私の少し前を歩いていた は、小高い丘の頂に立つと、周囲から眺められる絶景に見向きもせずに立ち尽くしていた。
私の居る場所からでは、 の後姿しか見えずに、 が何をしているのかが判らない。
掛けた声も、その可愛らしい耳には届いていないのだろう。
怪訝そうに眉を歪めて、溜息と共に、時計の羅針盤に瞳を移しながら代わらぬ速度で足を進める。
此処から の実家まで、どの位の距離があるかは定かではないけれど、押し迫る約束の時間に気持ちは流行る。
何処の世界に、婚姻の旨を告げに行くのに遅れていく人間が居ると言うのだろうかと。






、何をしてい… 」






然程距離は無いにしろ、普段歩きなれない坂道を歩いた私は、 の横に並ぶ頃には正直息が切れかけていた。
普段ならば丘を登るどころか、家まで乗り物を使って行くであろうこの距離。
愛しい未来の妻が「歩きたい」と言えば、私も喜んでそれに付き合うことだろう。
実際問題、マグルの世界をこうして歩くことに為ろうとはマルフォイ家の人間は誰一人として予想だにしなかった筈。
涼しい秋風が心地よく髪を撫でる頃合、ふと横目で を見れば、私の事なぞお構い無しにそれに見惚れていた。
私の目の前には到底草原とは言い難い草原と、その前に小さく静かに置かれた一つのベンチだった。






「 此処ね、私の思い出の場所なの 」






普段通り、可愛らしい微笑を満面に浮かべた が、そう私に告げた。
私に微笑み掛けたその表情は一瞬で、酷く懐かしそうにその古びたベンチを見詰める。
見慣れないマグルの衣装に身を包んだ は、私が普段見慣れたホグワーツの制服を着た彼女よりも幾分か大人びて見えて。
時折風に遊ばれるその長く美しい髪を細い指で縫い止めて、離れ難い様にそのベンチを見詰める。
何があるのか、と聞こうとした瞬間、小さな桜色の唇が理解し難い言葉を紡いだ。






「 私の、ファーストキスの場所なの 」

「 …昔の思い出に浸っていたという訳か… 」

「 なに?ルシウス妬いてるの? 」

「 …昔の事を言ったらキリが無いのは私のほうだ 」






そう言ったら、 が柔らかく微笑った。
実際問題、過去に色々あったのは私のほうだと思うが、此れといって思い出せるような綺麗な思い出等ない。
今から振り返って思わず微笑んでしまうようなものなぞ、ある筈がない。
それどころか、愛しそうにベンチを見詰める のその表情の方が私には問題で。
普段私にしか見せないようなその表情を、例え昔に過ぎ去った思い出に向けているだけであろうと許せないものがある。
腹立たしいような、それで居てそんな感情に苛まれる自分自身が情けないようなで、憤慨手前の感情が胸を突き上げた。






「 座らないのか? 」



「 ”ねぇ、座る?”そう私が聞いたら…突然彼が口付けてきたの 」

「 ……… 」






回想するかの様に穏やかに話す
吹き付ける風が木の葉を舞い上げ、ベンチに二枚の葉を落とした。
何時までもベンチを見詰める に、腸が煮えくり返りそうな私。
動こうとしない の足が、ファーストキスの相手を恋しがっているようにも取れて如何にも許せない。
が此方を見ていないのを救いとばかりに、私の眉間は相変わらずの皺と米神に青筋が立っている事だろう。
沸々と湧き上がる、 の唇を奪った名も知らぬ相手への怒りと、眼下に広がる思い出に一触即発状態。
そんな折、ふと過ぎった考えが、私の行動を決定付けた。









「 あ、もう行く…?ごめんね、長々と…っ… 」






振り向き様、声を返してきた の細い腰を抱いた。
驚いた様に見開いたその薄紫の瞳を見詰めて、細い顎に指を添えて上を向かせると、そのまま薄桜色の唇を塞ぐ。
普段とは違う、触れるだけの柔らかい口付け。
身を竦める様に腰を引いた から、名残惜しそうに唇を離した私は、困惑気味の に告げる。






「 Kiss of one's single days last 」



「 …負けず嫌い… 」

「 そろそろ戻る 」






歩き出したルシウスに少し遅れて、 が駆け出した。
歩くスピードを緩めないルシウスではあるけれど、 が追いつける様なスピードと距離を保つ。
暫くして横に並んだ が静かに重ねてきた小さな手。
それを上から強く握り締めて、二人で坂を降りる。
あれ程までにベンチを懐かしんでいた が、丘の上のベンチを振り返ることはその時以来、無かった。






「 きっとお父さんもお母さんも緊張しているだろうな… 」

「 普通は逆ではないのか? 」

「 うーん…そうだろうけど…
 相手が魔法省勤務のマルフォイ家当主って聞けばやっぱり腰位は抜かして欲しいかも 」

「 …電話で話していた際は叫び声が聞こえてきた気がするが… 」






そのルシウスの言葉に、 は小さく苦笑した。
の両親が本当に腰を抜かすのは、もう少し先。
仲睦まじく手を繋いで現れたルシウスを、普段と変わらぬ瞳で出迎えた執事。
無論、その手を離す時は の家に辿りついた時であることは、言うまでも無い。








後書き

久々の愛妻家ルシウスシリーズ、第6弾、ルシウスとヒロインの婚姻直前の話です(笑)
個人的には、ヒロインのファーストキスの相手を出したかったのですが…
スペースがない上に半端なく長くなりそうな気がしたので、出演機会なし(笑)!!

ルシウスの言った、「 Kiss of one's single days last 」という台詞。
独身時代最後のキス、というそのまんまの意味です(笑)
ルシウス…気障なことしますねぇ…。


[ back ]