乙女の悩み







暗い地下室内に伸びては縮む変化に富んだ影が揺らめく。
薄明かりに照らし出された部屋の主は、普段以上に眉間の皺を増やし、苛立った表情は難い。
落ち着きの無い子供のように室内を徘徊しながら、重大な考え事をしてでも居るのであろうか、その面持ちは何時に無く真剣そのもの。
淹れたばかりの紅茶からは薄い湯気が立ち上り、何とも芳しい薫りを漂わせているが、彼がそれに手をつけることは無かった。
ちらりちらりと横目で時計を気にしながら、尚も深く考え込む。






彼、スネイプ教授は一時間以上、愛しい恋人であるが部屋に訪れる瞬間を待っていた。
普段ならば椅子に腰掛け、レポートの採点をしながら気長に待つのだが、今回はそうばかりもしていられない。
今朝、偶然にも聞いてしまったのだ。
とミス グレンジャーとの衝撃的な会話の内容を。






「 ハーマイオニー…実はね、今月…未だアレが来ないの 」

「 なんですって?!
 遅れているとかじゃなくて…来ないの…? 」

「 うん…。
 何時もは必ず昨日か一昨日には来る筈なのに…
 ねぇ、ハーマイオニー…私どうしよう… 」

「 どうしようって…どうやって生活していくつもり?!
 来ないと、困るじゃない!
 とにかく、今は魔法薬学の授業に行かなくちゃ、話しはまた後でしましょう! 」






偶然にも聞こえたその内容に、我輩は眼下が漆黒になる。
グレンジャーとの会話内容。
その心当たりが大いにある我輩は、堕ちそうになる心情を一心に押さえ、講義へと向かう。
重要部分の講義をしているにも関わらず、我輩の脳内では教科書の内容よりも、先ほどの会話が気になって頭から離れることはない。
グレンジャーに話した内容、的確な内容ではないにしろ、心当たりのある我輩にとってその行き着く先は只一つ。
その疑惑ばかりが螺旋を描き、離れない。
教科書に目を落とし、講義を行いながらも気に掛かるのは全てにおいて唯独り。
魔法鍋を掻き回しながらちらりと視線を投げかければ、そこには何時もよりも蒼白気味のの姿。
匙を持った指が震え始める。
強ち、声も普段より低く、低迷しているような気さえ起こる。






「 ミス 、 残りたまえ。
 他の者は速やかに課題を終わらせ提出するように。 」






普段よりも数倍以上に苛立ったスネイプの声に、生徒達は教科書と課題を抱え我先にと教室を飛び出してゆく。
ハーマイオニーも不安げな面持ちでを見たが、首を横に振るを見、そのまま廊下へと消えて行った。
重苦しい音を立てて閉じられた教室内は、ひんやりとした空気が立ち込める。
眉間の皺がより一層深まるけれど、スネイプがを見つめる瞳は柔らかかった。






、この後の予定は何かあるかね? 」

「 この後、ですか…?
 この後はクィディッチの練習がありますが… 」

「 全てキャンセルして、マダム ボンフリーの所へ行き給え。
 熱を計った後にまた此処へ戻って来なさい。 」

「 え?でも…私具合悪くないですよ?? 」

「 いいから行きなさい 」






追い出されるかの様な口調、押し出されるように教室から出されたは仕方なく教科書をスネイプに預けたままマダムのところへ向かう。
何か物言いたげな表情を浮かべたままのの背中を見送り、スネイプは今に至る。
に熱を計りに行かせたのは他でもない、体温上昇・体調不良を見極めるが故。
そしてその間に如何しようかと思い悩む為に部屋に独りになる。
眉間の皺も増え、米神に青筋すら立つけれど、それは決して怒りではない。
寧ろ、喜びのようなモノすら混じった複雑な心境。
今はの体調の事ばかりが脳裏を過ぎるだけで。






「 …我輩も、腹を括るとするか… 」






冷め掛けた紅茶を一口含み、柔らかな溜息と共に吐き出された言葉。
心で思ってみるよりも口に出して己を納得させる様に言えば、暗示のように脳に浸透する。
思考が落ち着けば自然と眉間の皺も普段通りに戻り、椅子に腰を落ち着ける。
時計の鐘が静かに鳴り響いた頃合、重い扉が静かに開けられた。






「 スネイプ先生、熱は… 」



、生み給え。 」



「 ……はい……? 」



「 我輩が全力で守ってみせる…
 だから、生み給え。
 子供は苦手だがの子ならば… 」



「 ちょ…ちょっと待って下さい、誰が誰の子供を生むんです? 」






かみ合うことの無い会話内容の相違に、は首を傾げる。
神妙な面持ちで話をしていたスネイプも、のその言葉にようやく言葉を停めた。
困惑の表情を浮かべると、それ以上に困惑が隠せないスネイプが視線を交わした。
予想以上に拍子抜けしたようなスネイプの表情に、は恐る恐る声を発する。






「 あの…スネイプ…先生…? 」



「 …私の子を孕んだのではないのかね… 」



「 …いえ、その様な事は一切ないのですが…
 そんな話は一体何処から… 」



「 朝、ミス グレンジャーと話していたではないかね… 」






ミス グレンジャーとの話。
そう告げた刹那、は思い出したように大きな瞳を更に大きく開く。
そして、困惑したままだった表情に次第に緩やかなものが戻る。
頭の中でバラバラだったパズルが全て填まったかの様に、一瞬で全てを理解したは、スネイプの真剣そのものの瞳を見つめた。
堪え切れないかのように口元に小さな手を当て、クスクスと笑い出す。
その笑いは、如何にもスネイプに気を使った様な笑い方で、スネイプの神経を余計に逆撫でするだけとなった。
怪訝そうな瞳で目視すれば、悟ったかの如くが理由を話し始めた。






「 スネイプ先生、アレ=妊娠とでも思ったのですか?
 アレ=仕送りですよ、仕送り。
 いつもはこの時期に両親から送られて来るのです…が… 」



「 笑いながら話さなくても良い!!
 我輩はだな、今朝から今まで… 」



「 今朝から今まで、なんですか?? 」



「 今朝から今まで……
 そんな事はもう良い!!
 紛らわしい話し方をするな、判ったかね?! 」






こみ上げる笑いを堪え切れないを正面に置き、己の犯した過剰すぎる勘違いに笑うことすら出来ないスネイプは思わず声を荒げる。
身体の奥から湧き上るような恥辱を必死で堪え、怒りに震える心を静める。
に怒ったとて、仕方のない事だということは他の誰でもない己自身が知っている。
話を立ち聞きした挙句、勝手に憶測を広げ、過剰なる勘違いをしたのは他でもない己。
勘違いに勘違いを重ね、悩み不機嫌になり、苛立っていたのは事実。
が、同時に再確認以上の収穫を得ることとなる。






「 心配してくれて有難うございます。
 スネイプ先生、優しいんですね 」



「 わ、我輩はだな、別に… 」






益々上昇する熱を必死で押さえ込もうとしている矢先、ふわりと微笑んだは腰を落としたままのスネイプの前まで踊りでる。
どもりながら話し続けるスネイプの唇を塞ぐ様に柔らかく口付けを落とした。
触れただけのキスを、名残惜しそうに離したスネイプ。
はそのまま身体を傾け、スネイプの耳元でそっと囁いた。






− いつか、スネイプ先生の子供が欲しいです −






照れた様には酷く幸せそうに微笑った。
その微笑につられ、スネイプの表情も柔らかいものへと変わる。
過剰な勘違いは、更なる進展を運んでくれたのかも知れない。






■ あとがき ■


二回目、書いてみたかった、教授の勘違いネタ(笑)
前回はちょっと壮絶な教授の勘違いだったので、今回は柔らかく…(爆)
ギャグちっくを目指したのですが、どうも話がまとまらなかった気がしてなりません。
教授とヒロイン、甘々を目指したりもしたんですが、最後だけこじつけになった気が…。
でも、こういう雰囲気大好きなんです…v
教授、意外と優しい旦那様&お父様になりそうな気がします…v







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