June Bride






------- お金で買えないもの、が欲しい。






私がそう吐き捨てるように言ったら、困った様にルシウスが笑った。
困らせるつもりなんて、初めから無かった。
ただ、ただ…

「 欲しいものが有ったら何でも言え 」

金なら、幾らでも有る。
そう言っている様な冷たい瞳が、嫌いだった。
普段なら、我慢できたのかもしれない。
余るほどに有るだろうその財産だけでなく、魔法省の上官という立場。
見てくれだけでも充分過ぎるほどの高貴さを醸し出しているルシウスは、その雰囲気そのままに、高貴な家の出身で。
食事はいつも高級レストラン。
値札を見ようとしないその買物振りは、時に恐ろしく、時に羨ましく、傲慢な態度の様に感じて。
何か行事がある度に、記念日に託けた様に、贈与される贈り物の額は半端ではない。
とは身分が違い過ぎるほどに違う世界を生きている。
出逢った事すらも奇跡と呼べるのではないかと思うほどで。






「 ルシウス…絶対に怒っているよね… 」






深い溜息が室内に響いた。
秒針を刻む音だけが静まり返った部屋を、木霊になって共鳴する。
もうじき、12時を回ろうとしているその置時計の横には、卓上カレンダー。
丸印を付けたその日付に、もう直ぐ変ろうとしている矢先。
伏せたままの愛しい人の写真を垣間見ながら、 は再び溜息を漏らした。






「 あれから一週間か… 」






喧嘩した日は、6月2日。
空が蒼茫とした、酷く綺麗な晴天。
急に休みの取れたと言ったルシウスが、 を誘ってロンドンへ出かけた。
華やかなショーウィンドウに映る二人の姿は、恋人同士というより、最早親子。
あどけなさを残した幼い少女が、嬉しそうに笑いながら、彼の傍に寄り添って。
身長差の為からか、次第に開く二人の距離。
それでも、繋いだ手は離れることは無かった。
二人の会話が、「 の誕生日プレゼント」の話題に成り代わるまでは。






「 やっぱり…あの言い方は拙かったよね? 」






独り言を延々連ねている は、窓の外に高く上る月を見た。
雲が掛かり、蔭る月の妖艶さが漆黒の闇夜に映えて。
吸い込まれていきそうな月の誘惑に、飲み込まれそうになった時。
微かに彼方で星が光ったような気がした。
何事かと、窓際まで近寄ってみれば、暗い闇夜の中に浮かぶ影。
眼を凝らして見て見れば、部屋の真下に誰かが居る。






「 …ルシ…ウス…? 」






暗くて良くは見えないけれど、それは確かにルシウスその人で。
静かに立ち尽くしたままのルシウスが、風を抱きながら、其処に居た。
さらりと流れる銀糸が、月に照らされて輝きを放つ。
が驚いたように投げ掛けたその言葉に対してルシウスは、目配せしただけで。
窓枠を飛び越えるように身を乗り出した が、遥か下方のルシウスの腕の中に抱き留められる。
時計の時刻は、12時を指していた。






「 Happy Birthday、 。 」






腕の中の恋人に、ルシウスが柔らかく口付ける。
その瞳は相変わらず冷たいままでは有ったけれど、それでも抱き締める腕は暖かい。
普段となんら変わりの無い高貴な薫りが、 の鼻を付く。
独特の香水も、もう慣れてしまった。
それどころか、この薫りに身を委ねると安心さえして。






「 ルシウス、有難う。 そして…ごめんなさい 」






俯くように小声で詫びた は、ルシウスの瞳を直視できずに居て。
放っておいたら零れ落ちそうな涙を認めた瞳に、ルシウスの細い指が掛かる。
拭い去るようにすっと横に一線引くと、抱き上げたばかりの を地面に立たせた。






「 金で買えないものは何か。
 私はそれを一週間、考えた 」

「 ルシウス、それはもう… 」






いい、そう言おうとして、 は言葉を噤んだ。
微かだが、表情を崩したルシウスが、 を見つめた。
全ての時間が止ってしまったかのような錯角さえ起きて。
緩やかに吹き付ける風に運ばれて、微かに華の薫りがした。






「 すまぬ、是位しか思い浮かばなくてな 」






眼を瞑れ、と低い声が耳に残る。
ふわりと舞った風の中に、真っ白い花びらが散った。
一層際立つ華の薫りが、一瞬で身体を包み込むと同時に、空に舞った。
すとん、と何かを頭の上に載せられて、冷たく細い指が顎に掛かった。
促されるように瞳を開ければ、純白のヴェールがひらりと風に舞う。
ルシウスの手に託されていた真っ白のブーケが、 の手にそっと添えられた。






「 生まれて初めて、華など摘んだ。 」






冷たい瞳が、細く揺らいだ。
携えたブーケを見れば、花屋で売られているものでは無い程に、疎らな花々が在る。
頭上に乗せられたヴェールを結わえる華冠も、同じ様にルシウスが作ったものなのであろうか。
疎らでも、きちんと鋏が入れられて、華が統一されている辺り、ルシウスが見てくれにかなり時間を費やしたことが伺える。



誰よりも高いプライドを持つルシウスが、花畑(か、温室)で華を摘むなど。
まだまだ幼い自分の我侭の所為で、ルシウスの経歴に傷を付ける様な真似を。
傍に居れるだけでも幸せだと感じたあの頃には想像もしなかった自分とルシウスとの関係。
自分を愛してくれるだけでも幸せ過ぎるほどに幸せだと感じていたというのに。
愛しい人の地位や名誉やプライドを引き裂く権利が自分に有っただろうか。
跪かせて華を摘み、結わえる等と言う嘲るほどに滑稽な真似をさせてしまった。
唾棄され、捨てられる覚悟すら脳裏を過ぎり。
舌禍によるものだと判っていながらも、瞳からは涙が毀れる。
冷たい表情を浮かべたままのルシウスは、その涙にそっと口付けた。






「 こればかりは、少々金を投じてしまったが… 許してくれるか? 」






細い銀細工の指輪が、細い の左手薬指に填められた。
控えめに彩られたPink Diamondが散りばめられ、上品で華麗に銀細工に彩を添え。
月夜に照らし出されて淡い輝きを放つ其の指輪は、幼い にはピタリとマッチするデザインだった。
派手でも品祖でもなく、着ける者を選ぶかのような印象を与える指輪は、酷く に似合ったもので。
余り見ることの無い珍しいデザインに瞳を丸くした に、ルシウスは言う。






「 June Bride… 6月の花嫁は幸せになれるそうだな 」

「 でもそれは、寓話… 」

「 私の未来に金を出す価値が有るかは判らぬが… 私の未来を貰ってくれるか。 」






絶句する。
冷笑染みた笑いの根底に、柔らかい微笑が伺えた。
頬を伝う涙は留まる事を知らず。
冷たい筈の銀細工から、少しだけ熱が伝わる。
がくん、と折れてしまった膝から崩れ落ちるように倒れこむ を、ルシウスが抱きとめる。
薫る薫りは、華と香水。
ルシウスの冷徹なまでに凍る心の中に見た優しさに触れたときから、心は一瞬で奪われた。
未だ成人には程遠い様な小娘にプロポーズ等。
有っていい筈が無い。






「 無論、暗黙の了解だろうな。 」






嗚咽を抑えきれない は、抱き締められたまま上下に頷く。
震える細い肩を強く抱き締め続けるルシウス。
冷たくなりつつある風は、二人を祝福するように花びらを舞い上げた。






「 悠久に違わぬ愛をお前に誓う。お前は…私のものだ。 」






この後、 のホグワーツ卒業を待って、二人は正式に結婚式を挙げることと成る。
そして…
ルシウスの への溺愛振りが、更に増すことは確実で。
後々、使用人達をホトホト困らせる主への変貌の幕開けだったことを、 は知らない。








後書き

自分の誕生日(6月10日)に託けて書いた夢だったりします(笑)
でも、愛妻家ルシウスシリーズの結婚に至る経緯を書いてみたいと思っていたので、丁度良い機会でした。
16歳の誕生日に、プロポーズなんて素敵ですよねvv
それにしても、情景を考えると笑えますが、さらりと流してやって下さいねvv


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