サヨナラのキス






「 …やだ、未だ帰らないの!! 」






そう言っては、私の服の端を離そうとしない幼い少女。
一回りほど違う年の差があるだけに、幼い少女と言うよりも、最早ガキに近い。
名家の才女らしい服装に身を包んだ子悪魔は、木陰に座り込んだまま、立ち上がろうとはしない。
押し迫る約束の時間に、気を使いながらも、この子悪魔を放って置く訳にはいかなかった。
年齢も然ることながら、幼い頃より何故か私に良く懐くこの少女を置き去りにするわけにはいかない。
例え約束の時間が過ぎ去ろうとしていても。






…いい加減にしろ。
 6時までと決めただろう。 」






厭きれた様に溜息混じりにそう言ってやっても、所詮は子供。
ふいっと顔を背けて此方を見ようともしない。
幼い子供が、母親に駄々を捏ねるかの様に頬を膨らませたまま、不機嫌さを全面に打ち出して。
此処で私が…置き去りにする事など無いと理解しているかのようなその仕草に私は頭を悩ませる。
私が此処で置き去りにしたら、この少女は早くも”大人を信用する”という既成概念で固められた彼女の母親からの教えを否定され、人を信用すると言うことは なくなるかもしれぬ。
自分でも嘲るくらいの影響力を、私は少女に対して持っている。






「 だって…ルシウスは他の女人の所に行くんでしょ? 」






どこぞで覚えてきたものやら、瞳に溢れそうな涙を溜めた少女は屈み込んだ私の服の裾を掴みながら言う。
押し迫る約束の時間に逢うのは確かに女性なのだけれど、 にハッキリそう言えるかと言えば、そういう訳にも行かぬ。
零れ落ちそうな涙を認めた の頭を優しく撫でてやる。
柔らかく滑り落ちるような絹の髪は、私の手を伝い、さらりと元の場所へと戻る。
”どうせ私は子供だもん”と口を尖らせる少女に苦笑して、否定も肯定もしないまま、私は幼い少女引き寄せる。






「 では、きちんと女として見てやろうか。 」






きょとん…としたままの の背に手を当てて、膨れたままの頬に片手を乗せる。
幼いながらも端正に整った顔が、少し紅く上気する。
涙で濡れた様な瞳で真っ直ぐに見つめる を他所に、私は静かに桜色の唇に己の唇を寄せた。
さらりと流れる風が、二人の頬を擦り抜けて、消えた。
僅かな時間が、長い時間に感じられ、驚いたように身体を震わせた が、未だ幼い少女なのだと痛感させられる。
柔らかく離してやった唇には、少しだけ甘い の温もりが籠もる。






「 サヨナラ、のキスだ。 」






そう投げてやると は大人しくただ頭を下げて頷くだけで。
頬を紅くしたままの少女は、どうして良いのか判らない様に、ただ瞳を潤ませているばかりで。
”いってらっしゃい”と言う の頭に手を乗せて、”行って来る”と返してやれば、何時ものあの笑顔が返ってくる。
時計の時間を気にも留めずに、何時もの様に の手を歩き出すと、拙い足取りで が歩き出す。
もうじきホグワーツに入学する程度の幼い少女。
この日以来… と”別れ”る際は必ず”サヨナラのキス”をするようになった。






*  *  *





「 私、帰らないわよ。 」






そう言って悪魔の様に微笑む は、少女から女へと変わっていた。
あの日から今でも続いてきた関係は、 がホグワーツを卒業する今日までも引き続いているもので。
卒業証書を手にした が、さらりと流れる髪を風に遊ばせて迎えに来てやった私のローブを掴む。
”サヨナラのキスをしても無駄だからね”と子悪魔が頬を膨らませる。
大人の毒牙に掛けられていない子悪魔は、私の気など知る由も無く微笑んだままで。
小さな少女が言い包められた様には、もう行くことは無い。
少女から女へと変わった瞬間に、私は既に悪魔に魅せられた様に成り果てていた。






「 では、もうしてやらぬ。 」






低い声でそう呟いてやれば、 の顔から微笑が消え失せる。
言った言葉を後悔する様に俯いた の手を引き寄せ、私は足早にホグワーツを抜け出でた。
後ろから聞こえる声に振り返ることも無く。
あの日きょとんとした表情を浮かべた幼い少女が、女になった今でもその表情を浮かべることは酷く滑稽で。
けれど、愛着さえ湧くその仕草に、私は引き帰す事は出来ずに居た。
響く足音は二人分。
一緒に見ることは少なかった夕陽に照らされて伸びる影も二人分。
これからは、二人で朝陽を見ることも、あるだろう。






幼い少女は、一人の女になった。
サヨナラのキスはもう必要ない。
キスより先の関係が、この先始まることになるのだから。








■ あとがき ■



エミリーさんのサイトさんの素敵企画、「キス祭り」に提出させて頂いた夢です。
私の不手際の所為でエミリーさんの企画が終了してしまい封印間際だったのですが、エミリーさんの優しいお言葉で、日の目を見ることの出来た夢です(笑)
遅れに遅れてこんな夢しか送れなかったのですが…「お休みのキス」という題を見て、速攻でこれが頭を過ぎったのです!!
ルシウスが犯罪者並みなのは…一興ということで勘弁して下さいませ。
幼い頃からこうやってルシウスは植え付けていくのですね…自分を欲するように、と(笑)
これから二人がどうなるかは…読み手様のお好きなように解釈されて下さいませvv






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