Last smile
最後に君の笑顔を見たのは何時だっただろうか。
私が未だこの手を黒に染めていなかった昔か、変わり果てたあの頃の事か。
この手に抱いた夢や希望や未来を、全て捨て去ったあの日から、君は笑わなくなってしまった。
有名画家の描いたちゃちな絵画の中で笑うビーナスの様に、太陽から愛された君が、暗闇を愛した私の腕の中で無邪気に笑っていたあの頃。
幼い頃には矛盾すら感じていなかった思考の果てに行き着いたのは、別れ。
腕の中で、否定も肯定もすることなく泣いていた君を、私は無常に突き放す。
同じ道を歩むことの出来ない私と君は、あの日を最後に時を止めてしまっていた。
「 ルシウス、私…結婚することになったの。 」
久しぶりに再会した嘗ての愛しい恋人は、あの日と同じように悲しそうに笑っていた。
少しやつれた様な表情を晒したままで、ホグワーツに所用で来た私の腕を掴んだ。
私より4つ下の
は、同じ寮であるスリザリンから制服姿のままで出てきて私と鉢合わせをした。
先に驚いたような表情を見せたのは彼女のほうで、刹那に気づいた私も、心の中で驚愕する羽目となった。
もう二度と、出会うことなど無いと思っていたと言うのに。
もう二度と、気が触れるほど愛した女と言葉を交わす事等無いと判っていたと言うのに。
期待するだけ無駄だと、何度も心に言い聞かせて吐き捨ててきた彼女への愛情。
たった一言で…それらが蘇って来るとは、私も堕ちたものだ。
・
…
私が命を賭けて愛した唯一の…
「 そうか。 」
掛ける言葉など見付からなくて、そう告げるしかなかった。
悲しそうな笑顔を浮かべたままの
は、私の言葉に更に顔を愁傷させる。
おめでとう、とでも言えば良かったのか?喜んでもいないというのに。
消えろ、とでも言えば良かったか?偶然にも再会できて喜びを感じたというのに。
何を告げれば、
は笑ってくれると言うのか?
己の都合だけで捨てた男に対して、笑ってくれるような菩薩の心を持っていると期待でもしたか?
傷つけるだけ傷つけて捨てたようなものだというのに、甚だ可笑しいことだ。
「 ねぇ、ルシウス。
今、貴方は独りでいるの? 」
「 直に妻を貰う。
生粋の純血な名家の令嬢をな。 」
「 …そう… 」
伏せた睫毛が小さく震えていた。
小さな顔に良く映える大きな瞳には涙の色が見え隠れしているのは、容易に見て取れた。
”純血” ”令嬢” ”名家”
全て彼女には持ち得ないものを挙げたつもりだ。
妻を取る予定もなければ、純血名家の令嬢を嫁に貰うつもりもない。
以外を愛することは無いと心に固く誓ったあの日から、私の心は冷たく凍て付いていたのだから。
「 ルシウス…
私が貰った以上の幸せを、その人にあげてね 」
の予想外の言葉に、私は言葉を失った。
大きな瞳に涙を溜めた少女は、笑っていた。
わなわなと肩を震わせて、風に靡く黒髪を遊ばせたままで顔を上げた彼女は、確かに柔らかく微笑んでそう言った。
私があの日、”壊したくない”と痛切に願って切り捨てたモノ。
が悲しむ顔をこれ以上見るのが辛くて、己の手で打ち切った存在。
優しく柔らかく微笑んだ顔を、溢れる涙で汚したくは無いと、告げた別れ。
は、あの頃と変わらない笑顔で泣いていた。
「 …私もね、幸せになるから…
ルシウスも幸せになってね。
邪魔なら、私との思い出、捨ててくれてもいいからね 」
笑ったままで、涙を零したままで、
はそう告げた。
結局泣かせてしまうのならば、あの頃と変わり等無いではないか。
この4年間、無駄に終わった訳だ。
悲しませない為に捨てた愛しい恋人が、
自分の幸せを願って泣いている。
一日も忘れた覚えなど無い幸せだったあの日々を、忘れてくれ、と願って。
まるで全てを否定されたような苛立ちと、心中を察しては貰えない憤慨とが交じり合って、事態を冷静に判断仕切れなくなっている。
結局泣かせてしまうのならば
私の傍で泣かせたらいい。
気づけば、立ち尽くしたまま止まることの無い涙を溢れさせた
を、この腕で抱いていた。
あの日と同じ、柔らかい彼女の香りが鼻を付く。
押し返されるかと思っていたけれど、
は拒絶することも、腕を回すことも無く、そのままの状態でただ泣いていた。
噎せ返る様なあの日の情景と感情が、心を支配する。
後悔の念に苛まれた4年の日々が、一気にフラッシュバックして、心に語りかける。
”どうした、お前が望んだ未来はこれじゃないだろう?”
と。
『 貴様、
から離れろ!! 』
遠くから男が走りよってくるのが見えた。
と同じスリザリンの制服に身を包んだ見覚えある男。
きっとコイツが
の婚約者…なのだろう。
その声に、ピクリと
が肩を震わせ、離れていこうとするのが感覚的に判った。
あの日の様に、突き放す事も出来たろうに…
私は何故か、判らなかった。
「 ルシウス…? 」
気づけば腕に
を抱いたまま、箒を呼び寄せ大空へ舞い上がっていた。
眼下に広がるのは緑の芝生と婚約者の男。
空に見えるのは太陽と蒼い空。
腕に抱かれた
は、反抗することも何かを問うことも無く、静かに其処にいた。
もう二度と、ホグワーツ魔法学校の大地を踏ませることは無い。
「 さようなら… 」
腕の中で
は、あの日と同じ台詞を小さく呟いた。
あの日は私に、今は婚約者に。
言いながら、
は私のローブを小さな手で握り締め、瞳を閉じた。
これから迎える未来が例え漆黒に彩られていても、
望んだ未来が来る日が未来永劫無かったとしても、
あの日望んだ叶うべき願いが微塵に砕け散っても、
どれだけ多くの血を流したとしても、
以外の誰が傷つき、涙を流したとしても
私の知ったことでは無い。
腕に抱いた、
さえ居たら、それでいい。
その綺麗な瞳が涙に彩られても、私の傍に居たら、それで充分だ。
愛しい
…
ひとつだけ、教えて欲しい事がある。
君はこれから…
あの頃のように、幸せそうに笑ってくれるだろうか。
■ あとがき ■
花籠さんへの企画夢、桜の花言葉、「 あなたの微笑み 」で書かせて頂きました。
ルシウス夢で、さり気に悲恋で終わらせる予定だったんですが、仄めかせて終わってしまってます(汗
誰もルシウスを書いて居なかったので…書かせて頂いたんですが、やっぱり親世代ルシウスは苦手です(汗
守るものを見失ったとき、人は自分を見失うのだそうです。
守るものがあるからこそ、人は強くなれる。
そんな定理が通用しないのはこの人だけではないかと。
ルシウスが「 愛しい人の微笑み 」の代償に手に入れたかったものは何だったのでしょう。
結局、彼がそれを手に入れることは無いと思うのだけれど(笑
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