非日常






夕闇に少しずつ黒が混じりこんできて、夕陽が月に交代を申し出る。
輝き始めた星たちは、暗闇に少しずつ浮かび上がってきて、春間近の空に輝を灯す。
街の至る所に街頭が灯され、家の明かりが柔らかい物に変わる頃…
マルフォイ家は夕食の支度に大忙しであった。




妥協を許さないマルフォイ家当主は、少しでも手を抜いた食事が出されるとそれ以降は全く食事をしない。
それどころか、マルフォイ家の家来達の中で消えていくNo.1の職種がコックだという噂さえ立つくらいに、ルシウスの舌は肥えている。
中華・フランス・欧米諸国にイタリア料理。
国や地域を問わないその食文化故に、マルフォイ家に仕えるコックたちは、主の舌を飽きさせない為に日夜努力を続けていた。
そして、それは今日も変わることなく続けられ…ルシウスが無言で食べ終えることを切に願うばかりで。




今日は珍しく、ルシウスは早めの帰宅をした。
いや、いつも定時には必ず家に帰ってきて、愛しい愛妻との一時を楽しむのであるが…今日は、定時よりも大分早くに帰宅して、家来たちを驚かせた。
愛しい妻に何かが起こった訳でもなければ、妻の何か、妻に何かを心配して戻ってきた訳でもない。
ただ、酷く疲れたような顔をして、出迎えた を抱きかかえるなり、そのまま自室へと消えていく。
鞄とローブをお持ちします、そう言った執事に冷たい一瞥を加えると、
”夕食まで誰も近寄るな”
いつもの台詞を残して、ルシウスは帰宅のままの服装で階段を上がる。
酷く疲れた様な様子のルシウスに、 が自分で歩く…そう言ったところで事態は何も変わらない。
そのまま部屋まで連れて行かれたかと思えば、ベットに落とされてキスを落とされる。






「 ルシウス、お帰りなさい 」






ようやく唇を解放された は、ルシウスの脱ぎ捨てたローブを拾いながらそう言葉を掛ける。
柔らかく微笑みながら、そう言葉を投げた に、ルシウスは、”ただいま”という変わりに額に小さくキスを落とした。
鞄をソファーに投げるように放り、カッターシャツの釦を二つ三つ外して胸元を寛げると、ルシウスは、クローゼットに向かう の細い腕を掴む。






「 ローブなど其処に置いておけ 」


「 きゃっ…っ 」






刹那に、ぐいっと腕を引かれて向かいかけていた方向とは間逆の方向に身体を引っ張られて体勢が崩れる。
ばさりと小さな音を立てて落ちたローブに目も刳れずに、よろける の腰を掴んで引き寄せる。
ベットの端に腰を落としているルシウスの調度真横に、 も腰を落とす結果となった。
間近で見る愛しい人の顔は、酷く綺麗だけれど、やはり酷く疲れているような表情で。
それでも、自分の傍を離れようとしない、離れさせないルシウスに、 は苦笑した。






夕食の時間までには未だ、時間がある。
けれど、このまま二人で眠ってしまったら、誰かが起こしに来ても判らないかも知れない。
でも、疲れているような表情のルシウスを垣間見た は、どうしてもルシウスを休ませてあげたかった。
一人でベットで寝るわけが無いルシウスのことだ。
きっと を抱きかかえて眠ることだろう。
そうなると、起こしにくる誰か(多分執事)、に迷惑が掛かる。
それだけは避けなければならないと齷齪している内に、ルシウスが”寝る”と言い出すやも知れない。
色々な試行錯誤が頭の中を駆け巡り、 が頭を悩ませていると、ふと、ベットの傍に置いてあった小さなクッションに目が留まる。






「 ルシウス…膝枕、して欲しくない? 」






手手繰りで掴んだ小さなシルクのクッションを膝とお腹の中間辺りに乗せて、 は問う。
それは、調度一人分の頭が乗せられる位の小さなクッションで、枕の変わりとまでは行かないけれど、首を支えるくらいの役にはたちそうである。
にっこり微笑んだ の発言に、少しばかり驚いたような表情を見せたルシウス。
苦笑したように口角を歪めたルシウスが、流れ落ちた の髪を優しく撫ぜる。






「 ほら、いつもは私がルシウスに膝枕とか、腕枕して貰っているでしょ?
 たまには私がやるのも、悪くないんじゃないかな、って思って 」






未だあどけなさの残る が笑うと、心の中がふわりとしたような面白い感情に囚われる。
あの日心を奪われたその微笑でそう告げられては、流石のルシウスも”厭だ”とは言えない。
更には、表情に見える以上に疲れているのか、眼が少し虚ろで、ベットがあったら眠りそうな勢いだったのだ。
愛しい妻の膝の上で眠れるとあれば、拒否する理由もあるわけが無い。






「 そうだな…
 それでは、言葉に甘えるとするか 」






再び苦笑したルシウスは、 の唇に小さくキスを一つ落としてから、柔らかいクッションに横たわるように頭を乗せた。
少しだけ沈んだベットは、何事も無かったようにまた形状を元に戻し始める。
硝子球のような冷蒼の瞳が閉じられたのを確認すると、 はベットに掛けられていたブランケットをルシウスの身体に掛ける。
そうして、いつもルシウスが自分に対してしてくれるように、優しく柔らかく髪を撫ぜた。






さらさらとしたプラチナブロンドの髪は、上質な絹の如き手触りで、 の指の間を擦り抜ける。
結婚した今でさえ、真っ赤になってしまってルシウスの顔を間近で直視する事の出来ない は、眼下に映し出される端正な顔に眼を奪われる。
傷一つ無い綺麗なその顔は、巷で噂されるような冷徹なルシウス・マルフォイではなく、 の知っている、優しい一面を持つルシウスであった。
伏せられた瞳からは切れ長の睫が覗き、整えられた顔からは美麗の名に相応しいまでの美しさが滲み出ていた。
自分の膝の上で眠りに堕ちているこのルシウスが、夫だという事を忘れそうな位に心が奪われる。






室内には時計の秒針が時を刻む音だけが木霊して、飽きることなく はルシウスの顔を眺めていた。
流れて落ちる髪を掬っては、また、指を擦り抜けさせて、その感触を何度も味わいたくて何度も繰り返す。
どれだけ時間が過ぎたのかも判らず、また、自ら時計を見ようとも思わない は、次第に暖められていく部屋と、規則正しいルシウスの寝息に睡魔に襲われる。
寝てはいけない…そう思えば思うほど、身体の力は抜けて行き、意識がだんだんと飛びかける。
ぐらりぐらりと身体が揺れ、眠気と必死に闘うけれども、眼を閉じたときの何ともの言えない安堵感に知らず知らずに身を委ねてしまう。
少しだけ…。
そう思ったときが、最後。
は膝の上にルシウスを抱いたまま、自身も眠りの世界に堕ちていた。






*       *     *






ふと眼を覚ましたルシウスは、自分の頭に手を載せながら小さく頭を上下に揺らす に苦笑した。
時計を見てみれば、自分が眠った頃から余り時間は経っていないようにも思える。
ルシウスは を起こしてしまわないように、そっと起き上がると、掛けられていたブランケットを珍しく丁寧に畳み、 の身体を抱き上げる。
流石に眼を覚ますかと思ったルシウスだったが、起きる様子の全く無い に少しばかり安心する。
何か夢でも見ているのだろうか。
小さな手が自分のカッターシャツを握り、胸にそっと顔を埋めて甘えてくる。
可愛らしい妻の行動に、ルシウスは誰にも見せることの無い、微かな微笑を零した。






抱きかかえた をベットに横たわらせて、自分もベットに横たわる。
紫苑の首の下に腕を潜らせると、条件反射からか、 が無意識にルシウスの方に向き直って手繰り寄せるようにシャツを掴んだ。
そんな の行動に、ルシウスもいつもの行動に移す。
額に口付けを落として、上から更に抱きしめるようにして、愛しい妻と眠りに堕ちる。






「 …やはり、この方が落ち着くな 」






ルシウスは意識を手放す前に、そう告げて再び苦笑した。






一方、扉の外では、夕食の知らせをしにきた執事が、何度呼びかけても答えず無視を決め込む主を、泣きそうになりながら待ち続けたという。
ルシウスが、再び眼を覚ますのは、もう暫く後のことである…。








後書き

…愛妻家ルシウス…シリーズ化になりそうです(笑)
本当はもっと凄い甘々にする予定だったんですが…たまにはこういうのもいいだろうと一人勝手に納得してしまいました(笑)
何時もとは違う立場に立ってみると、また違った世界が見れていいかもしれませんね。
まぁ、結局…
抱きかかえるよりも抱きかかえられたほうが、
頭を撫でるよりも撫でられたほうが嬉しいと思ってしまうのですが(笑)



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