未完の情景
遠くの彼方で犬の遠吠えのような木霊が聞こえる。
肌に冷たく突き刺さる真冬の凍てつく外気も、心成しか和らいできた。
風音が微塵もせず、昨日から続いた気温の上昇は夜更けになっても治まる事を知らず、温々とした空気の結晶となってあたり一面に漂う。
「暖かいですね、スネイプ先生。
お腹空きませんか?私、お腹すいちゃった…。」
暗闇に包まれた道を逸れない様に歩きながらは問う。
照り返す陽射しが余程温かいのか、羽織っていたローブをばさりと脱ぐと片手に持つ。
その日差しは、春先独特の冷たさを含み、決して心地よいとは言えないが、辺りに蔓延する重苦しい冷気を幾らかは拭い去ってくれていた。
「静かにしていたまえ」
暗闇に透き通る声。
振り返り気味に冷たく言い放つスネイプの瞳には、その瞬間確かにの姿が映る。
凍さ故か怒気を含む吐き捨てるような、たった短い言葉。
それだけでも、は幾らかは安心する。
なぜならそれは、帰り道、スネイプが初めて喋った言葉だったから。
スネイプが、魔法省の呼び出しを受けたのが本日正午過ぎ。
それから直に、スネイプはを連れてホグワーツを経った。
長居をした訳ではないが、帰る頃には陽は沈みかけ、人通りも少なくなっていた。
しかし、それよりもが気にした事は…
スネイプが喋らない。
魔法省に行って以来、スネイプは全く口を利いてはくれなかった。
いや、正しく言うと、が声を掛けられなかったのだ。
生粋のマグルであるは、スネイプと一緒に魔法省に入ることは許されては居ない。
ましてや、ホグワーツに在籍している生徒のを連れて、スネイプが入れるわけでもない。
スネイプが魔法省で用事を足している間、は暇に暇を重ね傍らの大木に身を預けて眠ってしまっていた。
スネイプが帰ってきたら、「今日のは借りだよ」と、言ってやろうと心に決めて。
しかし、其の言葉は今の今まで聞かれることは無かった。
スネイプに、揺り動かされて起されたが最初に見たのは、何時もの無愛想な様子でも、怒った様子でも無い…何処と無く哀しそうなスネイプだった。
「スネイプ先生、私…」
先にすたすたと歩みを進めるスネイプに置いて行かれない様に、ローブの裾を掴んでが問い掛ける。
が、が全てを話し終わらないうちに苛立った口調でスネイプが言葉を紡ぐ。
「後10分程度でホグズミードだ。
それまで我慢したまえ!」
今度は振り返ってもくれない。
スネイプの苛立ちを誘うような行為、言葉、態度…思い返してみても一向に頭には思い当たる節が無い。
私は、何かしたのだろうか。
そんな不安がの脳裏を過ぎる。
「違うよ!
そうじゃなくて…ねぇ、スネイプせんせっ…」
「……(怒)」
苛立ちをストレートに眉間に表して、スネイプは今度は振り返ってを見る。
スローモーションのようにゆっくりと。
しかし、相、変わらす無言で。
「あ…、あのね、此処、行く時通ったっけ…??」
スネイプのローブを未だに掴んだまま、は小さく問う。
辺りを見れば、先程よりかは幾分涼しいような場所に在り、わき道には小さな小川まで流れ、もう少し先に行くと小さい森のような場所に行き当たる。
そして、薄らとではあるが…日本で言うお墓のような建物が幾つも静かに立っている。
「あぁ、帰り際に庭を掃除してた老人が近道を教えてくれた。
此処を抜けると直に付く」
それだけ告げるとスネイプは踵を返す。
が、瞬時にドカッという鈍い音と共に剥き出しの地面に額を打ち付ける。
が、更に強く裾を握った為、勢い余ったスネイプが足を滑らせるような形で地面にダイブしたのだ。
それも、酷く滑稽過ぎるほどの刹那の間に。
「…何か恨みでもあるのかね…(怒)」
すぐ様起き上がったスネイプは、額を押さえながらもの額をごつく。
何時もならすぐに反応を示し、声をあげるも、今回ばかりは何故かストレートに受けたうえ、頭を抱えるどころか抗議の言葉も無い。
ただ、スネイプのローブを掴んだまま、俯き立っている。
「……どうしたのかね」
流石に不思議に思ったか、スネイプは普段よりかは幾分柔らかい声で問う。
何か、あるのだという確証の基で。
目を細めて小さい子を嗜めるかのように優しく、真っ直ぐにの目を見つめる。
スネイプの瞳に…今にも泣き出しそうなの瞳が映し出された。
「……い」
「もう少し大きな声で言いたまえ。」
「……こわ…い。
…お墓行ったら…幽霊出るもん!!」
目に幾分かの涙を溜め、俯いてしまったが小さくスネイプに抗議した。
その漆黒の瞳には確かに薄らと涙が浮かぶ。
スネイプのローブを握り締めたまま、”恐いから、帰りが遅くなってもいいから引き返そう”と涙ながらに訴える。
「……莫迦かね、は。
初めからそう言いたまえ。」
「じゃあ…」
先程までの涙が嘘かの様にの顔に笑顔が戻る。
きっとスネイプは引き返してくれる、この如何にも出そうな墓地を通らなくて済む…と安堵に浸る。
…が。
「え?!
ちょ、スネイプ先生っ…」
スネイプの突然の行為には驚きの声を挙げる。
「大人しくしたまえ。
墓地を通るのが恐いのならば、ローブにでも何でも隠れたらいい。」
の指からしっかり握られていたローブを取り去ると、スネイプはの背丈程度まで屈んだ。
何をするかと思いきや、の左腕に右手を差し入れ、自分の首を抱かせると膝を抱えて一気に抱き上げた。
…いわゆる…お姫様だっこ、である。
を軽々と持ち上げたスネイプは、口を紡いだまま、前と変わらぬ足取りで道を進める。
一方、はというと、突然のスネイプの行為に胸の高鳴りが押さえきれずに、ましてや、直側にあるスネイプの顔を直視する事など到底できずに、スネイプの腕の中で縮こまる。
直目の前にスネイプの胸元が在る…微かに香る薬品の香り…安心出来るスネイプの薫り。
落っこちないようにスネイプの頭を抱きかかえる形で首に両腕を回す。
漂い始めた風に吹かれて、スネイプのサラサラの髪がの顔にあたる。
それを指に掬って遊びながら、は嬉しさに微笑む。
そして、そっと、耳元で囁いた。
「スネイプ先生、ありがとうv」
「…、お前も一応は子供とはいえ、女だからな」
思い出したように小さくスネイプは言う。
を抱き抱えている両手に知らず知らずに力が入る。
長時間、春先とはいえ低い気温の中、を一人で待たせてしまった。
魔法省の用事等、直に終るものと踏んで連れてきた自分が浅はかだった。
急いで用事を済ませたが、結局を迎えに行ったのが夕刻になってしまっていた。
決して治安も良いとは言えないこの時代に、長時間女を置き去りにした。
何故、一緒に連れて中に入らなかったのか。
己の失態だけが脳裏に浮かぶ。
そんな事を考えながら、スネイプは夕刻の老人の台詞を思い出す。
”其処の可愛らしいお嬢さんに桜の話をしたら、凄く喜んで下さって。
『故郷に咲いていた桜が見たい』って。
この近くに珍しく、桜が咲き誇る場所があるんですのよ。
きっと今頃は満開ですね。”
「先生?何か、言った?」
「何も言ってなどいない。
着いたら起してやるから、寝たまえ」
「はーい」
可愛く返事をし、は小さい身体を更に小さくしてスネイプの腕の中に入り込む。
初春…、仄かに温かいけれど、少しだけ突き刺す寒さがあるというのに、スネイプの中は心地良い。
胸もとのローブに頬を寄せては暫しの眠りにつく。
左手でしっかりとスネイプのローブを掴んだまま。
これは、私のだから、誰かに捕られたりしないように。
此処は私だけの場所だから、絶対にこの手を離したりはしない。
…セブルスは、私だけのものだから。
「………」
から規則的な小さい寝息が聞こえてきたのはそれから直の事だった。
小さな子供の様に、手にローブを掴んで離そうとはしない。
直下に垣間見られるの寝顔は酷く可愛らしい。
「……可愛らしいものだな。」
小さく呟くと、スネイプはホグズミードとは異なるわき道に入った。
林を抜けた其処には、冬の終わりを迎え春の到来を告げたばかりだたというのに幾千という桜の花びらの舞い散る姿が在った。
月の明りだけが良く映えるその場所に、幾数多の小さな桃色の光が幻想的に揺らめいている。
少しだけそよぐ風に誘われるように、桜達はその真っ白な花弁と薄桃色の花弁を互いに混同させながら舞い上がる。
ふわりと優しく香る桜の薫りが鼻を付き、舞い上げられた花弁がスネイプの前に飛び交う。
丘の様なその場所に腰を下ろしたスネイプは未だ眠っているを依然抱いたまま、小さく話し掛ける。
「…桜が見たいと言っていたのは何処の誰だか…」
「ん……」
起きたかと思って覗いてみれば、未だ幸せそうな顔。
どんな夢を見てるのか、自分の名を呼ぶ。
そんな姿に「もう少ししたら起こしてやるか…」と小さく呟いた後、額に軽く口付ける。
刹那、ふわりと舞った桜が風に乗って、スネイプとの周りを囲むように揺らめく。
ひらりひらりと弧を描きながら落ちてくる桜の花弁が一枚…また一枚との身体を桃色に染め上げる。
幸せな眠りに付いているが、もっと幸せな光景を目にするのはもう少し先のお話…。
□ あとがき □
和桜魂という素敵な企画に参加した際に提出した作品です。
お気づきの方もいらっしゃるとは思いますが、以前稀城が書いたあるジャンルの夢のリメイクばーじょんです。教授と一緒に夜桜…素敵でしょうね。
きっと稀城のことですからそのまま裏に持っていく可能性大なのですが(苦笑
また、今回もう一つの桜に関する企画サイトさんに投稿する予定ですので、その時に、ルシウスかルーピン書きたいですね。
桜のテーマで三人制覇してみたいです。
…未だ全く書いていないのでなんとも言えないのですが(爆
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