First
何時もよりも一際早まる心臓に、言い聞かせるように少女は小さくひとつ、息を吐いた。
静か過ぎる部屋のお陰で、自分の心臓の音が聞こえてしまうのではないか、と気持ちを静めようとするけれど、それは大した効力も成さずに消えてゆく。
彼、ルーピン先生の部屋に来るときは、何時も緊張する。
それは、付き合ってから授業以外で見せる彼の素顔を知ってしまったから…というのも大きな理由の内の一つではあるけれど、それ以外にも色々とある。
先ずは、故郷日本で恋などした事のなかった
は、ルーピン先生に恋心を抱いたのが初めてで。
ましてや、その彼と付き合うことなど想像すらしていなかったことで。
様々な”初体験”を通じて、今の
が此処にいる。
しかし、彼の部屋に来て、彼の傍に居るだけでも、
の心臓は早鐘を打ちっぱなしで。
慣れることすらないこの胸がきゅん…となる暖かい感情に、身を委ねる事もようやく覚えたけれど…
新たなる難関が
を襲う。いや…、正しくは、今までの緊張感等合ってないようなモノかもしれない。
それ位…
は心の其処から緊張していた。
「 おまたせ。 今日は、ミルクセーキとミルフィーユだよ。」
甘い生クリームの香りと、香ばしいシフォンケーキの香りが部屋に充満する。
ケーキ以上に甘いルーピン先生の声が、緊張しすぎた
の脳を刺激した。
にっこり微笑んだルーピン先生がかたん…と小さく音を立てて、トレーを机に置き、ケーキを切り分け始める。
その仕草を見つめながら…
はぎゅっと膝の上の拳を握り締める。
ついに…、
決断の時が来たのだ。
事の発端は、数日前に遡る。
「 ねぇ、
。 貴方はルーピン先生(彼)から何を貰うのかしら??」
何時にも増して、笑顔を絶やさないハーマイオニーが、ベットの上に腰を掛けたまま話しかける。
先ほど、ハーマイオニーの梟が彼女に手紙を渡しにやってきていた。
それは、明らかに愛しい誰か、からのもので、手紙を読み終えたハーマイオニーは幸せそうな表情を浮かべたまま、嬉しそうにカレンダーの14日に赤でハート
マークを書いていた。
3月14日…。
それは、世の中で言うWhite Days。
は、恋人であるルーピンにValentine's Dayにチョコをあげた。
勿論、甘いものが大好きなルーピンのために、チョコ以外にもケーキやらクッキーやらも添えたのだけれど。
男性がお返しをする日が3月の14日。
今週末である。
ハーマイオニーに、催促されるように尋ねられてつい昨日、ルーピンに言われた言葉が脳裏を過ぎる。
−
は何が欲しい?
の望みを叶えてあげたいんだ。
明後日、私に教えて?
事によっては、一緒に週末出かけようか…? −
「 さっすがルーピン先生!! やっぱり大人だわ。」
ルーピンの台詞をそのまま詠唱するように告げると、ハーマイオニーはクッションを抱き締めたままでそうはしゃぐ。
きっと、ハーマイオニーに手紙を宛てた人物は、ルーピンのような要望ではなかったのだろう。
自分だったらこうしてもらう、ああしてもらう…等と語り始めている。
そして、その中には、
が意図したものは含まれては居ない。
「 それで? 一体何を貰う気なの??」
興味深々に目を輝かせて、ハーマイオニーが尋ねる。
言うか言うまいか悩みをしたけれど、予行練習もかねて、
は、前々から思っていたことを、そっと告げた。
すると、予想していた通りのリアクションが返される。
「 …は?
、貴女まさかまだ一回もないの?!」
「 …うん…。」
「 …日本人は嫁に行くまで貞操を守る!
なんて事をルーピン先生が、思うわけもないし…
………
まさか、
が子供過ぎるから、とかかしら…?」
「……。」
「
、ルーピン先生にそれを貰いなさい!
簡単なことよ、
”キスして…”
っていえばいいんだもの!!」
そして、現在に至る。
簡単なこと、確かにハーマイオニーはそう言った。
けれど、キスはおろか恋さえ初めてした
にとって、自分から”キスして”等と言うことは物凄い勇気が要る事である。
今まで、ルーピンがキスしてくれなかった訳ではない。
頬やおでこにそっと優しくキスしてくれることは何度も合った。
柔らかく触れてくるルーピンの唇が、頬やおでこに当たる瞬間は心が押し潰されそうなほどの幸せを感じる。
同時に、ふわりと香る彼の柔らかくて優しい香りが全身を包んでくれて、なんとも言えない安堵感に包まれる。
しかし…、
抱き締めてくれるようになったのも、つい最近のことで。
何時までたっても、唇にはキスをしてくれない。
自分が子供だからだろうか?
それとも、ルーピンにしたらやっぱり恋愛対象外なのだろうか?
それとも別な理由でもあるのか?
様々な考えが浮かんでは消え、消えては浮かんでくる。
そんな時、ルーピンが
に、言ったのだ。
− 何が欲しい? −
と。
瞬時に頭を駆け抜けたのが、ハーマイオニーに告げたことで。
ハーマイオニーに告げたことですら勇気が要る行為だったというのに、それをルーピンになんていえる筈がない。
でも、して欲しい。
それには、自分の口から言わなければならない。
”そんなものは、慣れよ、慣れ”
ハーマイオニーはそう励ましてくれたのだけれど。
やっぱり、いざ言うとなるといつも以上に緊張が身体を支配する。
「
、欲しいもの、何か見つかったかな?」
切り分けたケーキを
に差し出して、ルーピンは微笑いながらそう問う。
それより前に差し出されたミルクセーキにも手を付けずに居た
は、緊張を解きほぐす為に、暖かいセーキを一口喉に落とす。
温かくて甘いセーキが静かに喉を滑り落ちていく。
と、同時に、言うチャンスは今しかないのだ、と心に言い聞かせる。
「あ、あのね…」
トクン…と心臓が鳴る。
緊張でぎゅっと身体が強張る。
それでも、
それでも、
の告げようとする意思は変わらない。
にっこり微笑んだままのルーピンの瞳をみて言うことは流石に出来なくて…
綺麗な色彩のカーペットを見つめたままで、小さく言葉を紡ぐ。
「…………て欲しいの……」
「ごめん、よく聞こえなかったから、もう一回言ってくれるかな?」
勇気を振り絞ってみたけれど、最初の言葉は紡いでみるも音として発せられることは無かった。
聞き取れなかったことを自分が遠くに居た所為だと思ったルーピンは、ケーキを置くと同時に、セーキを持って
の傍に寄る。
丁度…、
の座っているソファーの前に立つような形で。
チャンスは二度も訪れない。
一回言いかけたのだ。
その前の言葉を紡ぐだけのこと。
断られたら、
そしたらその時に考えればいい。
そう思ったら、何処からとも無く微かな希望と勇気が沸いて出る。
「……キス……して欲しいの…」
ぎゅっと握りしめた手が柔らかく綻びる。
言えた…
そんな安堵感に包まれた矢先、クスクスと小さく笑うルーピンの声が聞こえる。
− やっぱり可愛いね、
は… −
すぐ傍でそう聞こえてから、額から柔らかい唇の感覚が伝わる。
いつも、彼がしてくれる優しいキス。
の首くらいまでの高さのソファーに手を当てて、屈み込む様に自分の身体を支えながらルーピンは柔らかく
の額に口付ける。
ふわりと薫るルーピン先生の香り…
「…ちがっ……」
違う、
そう言おうとして制止される。
− …
… −
耳元を掠める甘いルーピンの声に、
がようやく顔を上げる。
ふわりと微笑んだルーピンと目が合って…恥ずかしさにもう一度俯こうかとした時に…
ぎしっ…とソファーに体重のかかる音が聞こえた。
もう片方のルーピンの腕が、
の首元に掛けられる。
流れるような綺麗な漆黒の髪を優しく撫でたルーピンは…
もう一度ふわりと微笑んで、そっと柔らかく
の桃色の唇に自らの唇を重ねた。
それは一瞬の出来事のようで、長い時間のようでもあって。
触れるだけの優しいキスは、心なしか、甘い甘い香りがした。
それはいつも
を包んでくれる優しくて甘いルーピンの温もり。
そっと唇を離したルーピンは、真っ赤になっている
を見て、もう一度愛しそうに微笑んだ。
落ち着かせるために、
の横に腰を落として髪を撫でる。
さらりと流れる髪の感触が心地よい。
温まったばかりのセーキが冷たくなっても、二人が口にすることは無かった。
「
…、 ほかには何が欲しいのかな?
勿論、これだけじゃないよね…?」
にっこり微笑んだルーピンの瞳を直視できなくて、
は困惑の表情を浮かべるばかり。
まさか、次に発せられる言葉を物凄く期待しているような表情のルーピンに、”いえ、これだけです”とも言えない。
けれど、これしか考えていなかったのだから、どうにもこうにも言えない。
「 抑えていたのに…。
私が狼だって知ってるよねv」
「 ……… 」
最上級の微笑は、
最大級の誘惑の微笑となって
を襲う。
リーマス・J・ルーピン。
満月を迎えるまでは…後1日。
■ あとがき ■
テーマは、ファーストキス。
えぇ、それだけです(笑)
なかなかキスしてくれないルーピン先生をテーマにしたんですが…
なんだか裏に続きそうな勢いになってしまいましたね(爆)
何はともあれ、ホワイトデー夢、リーマスバージョンでした。
因みに、こんなファーストキスいいかも…という稀城の妄想だったり(爆)
[ Back ]
Cory Right (C)Saika Kijyo All Rights Reserved.