Everlasting
いつか、こんな日が来ると、判っていた。
それは、私が決めたことだったのだから。
大好きな貴方の傍に、いつまでも居ることが叶わないならば…
私の存在が邪魔になってしまう日が、来たとしたら…
私、という存在が貴方の身を危険に晒す日が、訪れるときが来たら…
その日が来たら、
どうか、愛しい貴方の手で、私を…。
* * *
忍び寄る黒い影が、人々の耳に入りだしたのは、丁度一週間前だった。
毎日のように繰り返される臨時速報ニュース。
ホグワーツ内にも、何時も以上に梟が飛び交い、忙しない先生方の往来。
授業も休講になることが多く、クィディッチなど、大分前から開催されていない。
生徒達の耳にも、自然と噂が走り、瞬く間に広がりを見せる。
それは、単なる噂話から始まった小さなものだったけれど…今は確信事項となってしまっている。
誰も何も語らない。
誰も何も教えてくれない。
けれど。
けれど、みんな知っている。
暗黙の了解のように。
『Voldmort(名前を言ってはいけない、あの人) がついに復活を遂げた』
世界は黒一色で覆われ。
静寂と痛恨と怨念と邪悪が蔓延る世界の幕開け。
聞こえる邪如の叫び声は、彼が目覚めるための産声で。
余所者の断末魔は、余興の始まりに過ぎなくて。
誰もが恐れ、誰もが絶望する世界が始まりの時を告げる。
それでも…
それでも、あの人に対抗しようとする人たちも居て。
そして…
セブルス・スネイプもその中の一人で。
* * *
「…では、我輩の最後の講義を終える」
バタン、と重そうに机に教科書を置いた魔法薬学教授、セブルス・スネイプ。
日頃から余り良くない顔色は、一層悪く見える。
それは、薄暗いこの地下室なんかの所為ではなくて。
眉間に皺を寄せ、深くは読み取れない表情からは、明らかな『灰色』が伺える。
教室の空白は、思った以上に目立っていた。
席に座っているものの方が少ないほどで。
けれど、それはみんな欠席などではなく、すでにこのホグワーツを去った者達。
の横に座っていた、ハーマイオニーは、一週間ほど前。
の斜め前に座っていた、ドラコは、三日ほど前。
の後ろに座っていた、ハリーは、昨日、授業に姿を見せなくなった。
そうやって、みんなこのホグワーツを去っていく。
それが今となっては当たり前で。
ホグワーツに残っているものは、先生方と、身寄りの無い生徒達、ホグワーツに身を捧げる生徒達。
それは、
も例外ではなくて。
「 ミス
。
済まないが、温室の世話をお願いしたい。
他のものは気をつけて寮に帰るように」
最後に一つ、咳払いをしてからスネイプはそう告げた。
各々席を立ち、教室を後にする生徒達。
それに紛れる様に、
も教室を後にする。
スネイプの言った、温室に向かうために。
教科書を脇に抱えて、二度とは帰らない道を、
は歩く。
高鳴るかと思っていた心臓は、意外と安定したリズムを刻んでいる。
温室に向かう、一歩一歩は自分の終わりの時を告げる鐘のようで。
頭を過ぎるのは、スネイプと過ごした大切な日々。
浮かんでくるのは、スネイプと望んだ未来。
もう、叶うことの無い、幸せに満ちた日々。
ありきたりな普通の生活が、
平凡で、退屈のように思えた日々が、
ただ流れるだけの時間に身を任せていた時が、
一番幸せだったのだ、と気づかされる。
それでも、
の瞳に涙は浮かばない。
これは、
が望んだことだから。
が切望した、
の『最後の願い』だったから。
大好きなスネイプが、危険に晒される、その日が来たら…
邪魔な自分は、この世から消えてなくなるように。
スネイプが、自分を心配して、前後不覚になど陥ったりしないように。
失うものなど、何も無い者の強さを発揮できるように。
足手まといになんか、なったりしないように。
大好きなスネイプの手で…全てを終れるように。
それが、最初で最後の
の我侭であり、願いだった。
「うっわぁ…綺麗…」
温室に足を一歩踏み入れて、
は感嘆の声を上げずにはいられなかった。
決して狭くは無い温室内に在った薬草は、全て跡形もなく撤去され、代わりに敷き詰められたのは真っ白なカスミソウ。
温室一面に咲き誇った純白の花は、緩やかな室内の風に揺られている。
微かに香る、独特の清楚な香り。
花言葉に相応しい、純粋で、可憐な百霧のような白き花。
「
、こっちだ…
きたまえ」
その百霧の中心に、真っ黒なローブを着たスネイプが居た。
不釣合いなほどのそのコントラストに、
は思わず噴出してしまう。
白い花を傷つけないように、踏んでしまわないように、細心の注意を払いながら、
はスネイプの元へと歩み寄る。
「どうしたんですか、このカスミソウ」
ようやくスネイプの元に辿り着いた
は、スネイプの横に座る。
しかし、それを許さないように、スネイプが
を自身の懐へ抱きこむように再度座らせる。
それは、
を後ろから抱き締めるような形で。
気づけば、お互いの心臓の音さえ聞こえそうな程近くて。
いつまでたっても慣れない、この妙な緊張感に
は顔を赤らめた。
「 …あぁ、新しい薬を作ったのでな…
試しにやってみたら、咲きすぎたようだ」
本当なのか嘘なのか、そう言ってスネイプは苦笑した。
にとっては、それが嘘でも真実でも、どうでもいいことで。
最後なのだから、と一生懸命に笑顔を作る。
引きつったりしないように。
自分の笑顔を大好きだ、と言ってくれたスネイプが、最後に安心できるように。
自分はスネイプと出会えて、
スネイプに恋をして、
愛されて、
幸せだった、と。
後悔なんかはしていない、
悔やむことなど何も無いから、
だから最後は笑って逝けるように、
スネイプに笑顔を見せられるように。
幸せだったから、大丈夫だ、って…伝えられるように。
「 スネイプ先生?喉渇きませんか?
先生のことだから、何か持ってきているんでしょう?」
そう言っておどけてみせる。
スネイプのことだから、激薬を飲み物に混入するだろう、そう直感的に感じた。
事実、スネイプは驚いたような表情も、戸惑ったような表情も見せず、眉一つ動かさずに、持ってきた紅茶の用意を始める。
- 相変わらず抜かりが無いな -
そう零しながら。
熱いお湯が湯気を立ててポットからカップに注がれる。
上り行く煙を見つめながら…
これが、最後なんだと思い知らされる。
これを飲めば、全てが終る。
そして、新しい何かが始まる。
カップを手にとって、口をつけたときはもう、頭の中には何も浮かんでいなくて。
この一瞬一瞬を、無駄にしたくなくて。
後ろから抱き締めてくれる暖かいスネイプの温もりだけを感じて。
耳元で囁いてくれる言葉だけを信じて。
他愛ない会話が、酷く嬉しいものに感じて。
自分は本当に幸せだった、そう実感せずには居られなくて。
飲み干した紅茶は、いつもと変わらない、セイロンティーで。
大好きなスネイプが淹れてくれる、美味しい紅茶そのもので。
スネイプの部屋で飲んでいる時と同じよう…
綺麗な指が
の柔らかい髪を優しく撫でて。
その安心するようなおちつきに、
はスネイプの身体をそっと抱き締める。
「 私、幸せでしたよ。
セブルスと出会って、恋して、愛してもらえて。
一生消えない、宝物です 」
消え去りそうな意識を必死に呼び起こして、笑顔を作って言葉を紡ぐ。
既に、声もまともに出ていないような気がした。
それでも、スネイプは
の言葉に耳を傾ける。
優しく髪を撫でたままで。
「 セブルス、大好きだよ…
ずっとすっと、私は貴方だけのものだから…
だから、早く私を忘れてね 」
そう言って、再度微笑んだ
を、スネイプはキツク抱き締めた。
邪念を振り払うかのように、キツクツヨク。
振り向いた
が、力のはいらない腕で一生懸命にスネイプの首に腕を回す。
きちんと自分のほうに向かせて、
を抱えなおすと、スネイプは瞳を閉じた
の唇にそっと唇を重ねた。
桜色の唇は未だ、血色を帯びていて。
名残惜しむように何度も何度も口付けを交わし。
その度に、
を抱き締める。
ぎゅっと、
を抱き締めなおしたスネイプは、自分の頬に涙が伝ったのが判った。
もう何十年、泣いていなかっただろうか。
頬を伝った温かなものは確かに自分のもので。
愛しいものの為に、自分も泣けるのだ、と思い知る。
「 …
、もう寝なさい。
寝付くまで、我輩が傍に居るから…」
髪を撫でながら、そう優しくスネイプが囁くと、ガクン、と
の身体が凭れ掛かる。
は意識を手放していた。
完全に身体から力の抜け落ちた
は、スネイプに抱かれたままで。
幸せそうな笑顔を浮かべたまま…眠っているようだった。
さらりと落ちる
の髪は、再び上がることは無くて。
漆黒の瞳を見ることは、永遠に無くて。
その腕がスネイプを抱き締めることは、永遠に無くて。
綺麗なその声が、スネイプの名を紡ぐことも永遠に無くて。
心奪われた、その天使のような笑顔を見ることも…永遠に無くて。
「 結局、”愛してる”と言ってやれなかったな…
我輩は生涯、お前ほど誰かを愛したことは無い。
まぁ、こんな話を今しても、仕方の無いことか 」
抱き締めた
の身体から、温かさが徐々に失われていく。
脇に脱ぎ捨てた自分のローブを片手で引っ手繰る様に取ると、そっと身体に掛けてやる。
二度と、温まることは、無いのだけれど。
それでも、優しさの現われなのだろう。
そのまま、強く抱き締める。
「
、我輩は、最後に一つ…お前に嘘を吐いた。
お前の居ない、この世界など、何の意味を持つ?
幸せにしてやりたいお前が居ないこの世界を…救って何の役にたつ?
我輩は、お前の居ない世界で一人生きて行けるほど、強くは無いのだよ」
ガタン、と音がして、傍にあったティーポッドが横に倒れる。
中の紅茶が勢い良く流れ出して、小さな水溜りを造った。
そんな音にも気を削がれずに、スネイプは
を腕に抱いたまま、そっと後ろに倒れこむ。
横に
を寝かせるように横たわらせ、ローブを掛けてやり。
腕の中に引き寄せるように抱き締めると、スネイプも瞳を閉じた。
「 このまま、逢いに行ったら、お前は我輩を叱るだろうな。
抱きついてくる事なぞ、無いのかも知れん。
それどころか…、
スネイプ家の恥さらし、不甲斐ない男だと、失笑するか。」
空を見つめるように話すスネイプは、
に語りかけているようで。
は決して返事をしないけれど。
それでも、髪を撫で続け、スネイプは言葉を紡ぐ。
「 明日朝…誰かがこの温室に来たら、どう思うだろうか。
セブルス・スネイプは、愛した者と自害した、など。
未来永劫の恥となるか…ホグワーツの晒し者にされるか。
まぁ、それもいい。
同じ世代に生まれることは叶うことなど無いが…
お前と一緒には逝ける。
…、
もう少し、其処にいたまえ。
今、我輩が迎えに行く。
誰にも邪魔されない場所に二人で行こうではないか…
そうしたら…
その時は、きちんと、
- 愛している -
そう告げてやる… 」
その言葉の後に聞こえたのは、小さな旋律。
決して奏でてはいけない、禁忌の旋律。
使ってはいけないとされる、『滅びの呪文』。
愛しいその相手を抱き締めながら、
自分も後を追う。
それは、
微塵も悲しいことではなくて。
刹那にも恐怖など感じなくて。
真っ暗だった世界が、ようやく真っ白に生まれ変わるだけ。
愛しいものが待つ世界への、扉を開くだけ。
それは、意外と簡単な作業で。
何かに気づく前に…意識を手放してしまえばいいだけのこと。
愛しいものを抱き締めながら、死ねるなど、至極幸せなことではないだろうか。
スネイプは薄れ往く意識の中で、最後の単語を言い放った。
それが、神に背く行為であったとしても。
最早、スネイプには関係など無かった。
彼が求めるものは、其処にあるのだから。
微笑む
の顔を見つめたスネイプは、つられる様に微かな微笑を浮かべて…
そっと静かに意識を手放した。
が望んだこと…
『スネイプの手で、その命を奪われること』
スネイプが望んだこと…
『
と共に、生きること』
その後、二人がどうなったのかは、誰にも判らない。
けれど、耳を澄ませると、今にも聞こえてくるようにも思える。
「スネイプ先生、今日の紅茶は結構自信作なんですよ」
「…ふん。まだまだだ。」
「あー!今ちょっと美味しそうな顔したくせに!!」
「誰も不味いとはいっとらん」
「じゃあ、美味しいですか???」
「……65点」
「低っ!!」
ね?
聞こえてきたでしょう…?
□ あとがき □
…悲恋、苦手な方、多そうですよね…(汗)
甘々を掲げたサイトなのに、申し訳ありません!!
アップするか、本当に迷ったんですけど、注意書きしておきますので、苦手な方は此処まで見ていないでしょう。
見ての通り、稀城の悲恋なんてこんなものです(笑
ぬるいぬるい。
教授、一人で突っ走ってますし(オイ)
最後に会話文がはいったのは…やっぱり稀城がヘタレだからでしょう(笑)BR>
こんなラスト、こんな死に方…私の理想ですね。
愛しい人に抱き締められながら死ねるとしたら、きっと幸せなことでしょう…。
(C) copyright 2003 Saika Kijyo All Rights Reserved.
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