| お手をどうぞ、お姫様。 そう言って、深海に淡い光を溶かし込んだような、双眸はやわらかに細めて、微笑みを向けられる。 そうして秀麗な顔で小さな姫を見下ろし、そしてやにわにその目前に頭を垂れて跪く。このうえなく敬虔な気持ちで。 髪型も普段見慣れた形と違っていて、普段は前髪は後ろへと撫で付けられ、 秀でた額が顕わになっているが、今は所々が滑り落ちたように自然に眉に掛かっている。 年齢の割りには若く見える容貌の彼だったが、そうしていると年相応のように見えた。 さぁ、と続けて言葉を吐いた彼は、黒のタキシードを着ている。 見慣れない格好に大きな瞳をぱちぱちと瞬かせていたをからかうような言葉に、さっとの頬が朱を刷いた。 けれどは周囲をゆっくりと見渡し、羨望と嫉視の格好の標的にされているのだと知り、彼に恥を掻かせてはいけないと焦燥した。今日は彼が、主役なのだ。 だから勇気を持って、彼がそうしたようにゆっくりと微笑みを浮かべ、瞬いて、まっすぐに自分へと向けられる瞳を見つめた。 「えぇ、王子様」 差延べられた手に掌を重ね、二人は連れ立って歩き出す。 見上げた空は果てしなく広く、隣を歩く彼の瞳の色と同じような、薄い蒼に染まっていた。 pink tea (気取ったお茶会) ![]() 昨夜遅くから降り続いていた霧雨を齎していた灰色がかった息苦しく重なる雲が空から消え去り、緩く太陽の光りが差し込んで、朝露が眩く降る朝。 ドラコは湿りを帯びた大気を密やかに吸い込みながら、きっちりと着込んだローブの裾を露に湿らせ、人気の無い小路をひとり歩く。 毛足の短くなった芝生を踏み進むごとに、さくさくさくと独特の音が鳴り踏み付けられた芝生が文句を言っているような心地に為るが、そんな不平は聞く耳持たずと素知らぬ涼しげな表情。 未だ早朝、皆寝静まっている様な時間に起きたと言うのに、機嫌の良さを緩んだ唇に浮かばせて、ドラコはやがてマルフォイ家の庭園に在る小さな水飛沫が煌く噴水へと辿り着く。 季節を彷彿とさせる柔らかな色彩の花々が咲き誇り、豪奢な華に似た彫刻が施された白亜の門を抜け、噴水の袂まで来れば。 其処にドラコが待ち望んだひとが、噴水の縁に腰を落して小さな花を見詰めながら時間潰しをしていた。 「おはよう、」 呼び掛ければ、腰の辺りまで垂れ下がる黄昏に似た橙の糸が揺れて、呼ばれた少女がゆるりと顔を上げる。 「おはよう、ドラコ。こんな朝早くから用事って、何?」 低血圧で有名な家令嬢、はドラコに朝の挨拶を返しながらも、矢張り何処か不機嫌そうな面持ちで返答する。 顎から頬にかけての線は、未だ幼くふくりとしていてまろいのに、其の中央に造り込まれた貌は芸術的とも取れる程に端麗で人目を惹いた。 外套を着込んでいるとは言え、まだ早朝の空気は肌に冷たく触れる。そんな霧でも掛かりそうな冷えた空気の中で待たせてしまい、眼の前の少女に対してよりも総督に対する後悔の念に気圧されたドラコは、羽織っていた外套を徐に腕に取りの華奢な身体に掛けてやる。 「招待状、渡そうと思ったんだ。来月僕の成人の祝いがある。君に是非来て欲しい」 懐に手を差し入れ丁重に取り出された桜色の封筒を差し出せば、小枝の様なか細い指が差し出された。 刹那、柔らかな風が吹き抜けて、周囲に咲き誇る様々な花びらが舞い上げられ落ちる中を、同じようにのすべらかな髪が舞い上がる。 落ちてくる髪を防寒の為につけているであろう皮の手袋を嵌めたままの指でよけるようにして、は確かにドラコから封筒を受け取った。 「有難う。ルシウス様もナルシッサ様も、お喜びでしょうね。」 「だろうな、来賓の数だけで言えば、父上に次ぐ二番目の招待数らしい」 「父へはルシウス様が直々に?」 「総督へは魔法省で手渡すそうだ。」 そう、と小さく、静かな声で返したに、ドラコは同じように小さく息を吐く。 夜の帳が去ったばかりの夜明けは想像以上に寒く、もうじき冬を迎えようとしているからか、くぐもった息は白い。 「ドラコ昨日も帰りが遅かったんでしょう?未だ寝てたほうが良いんじゃないの?」 「いや、この後魔法省へ行かなきゃ為らないんだ。」 「相変わらず、大変ね。じゃあ私はもう帰るわ、母から頼まれた用事も済んだことだし」 じゃあね、と言ったに対する返答は無かった。 先程から変わりなく吹き込んで来る秋風に攫われるの絹髪が、まるで魔法省のポールに備え付けられた旗の様に揺らりとたおやかに流れ、さらさらと音を立てて流れ落ちる時計の砂の様に緩やかに彼女の腰へと舞い戻る。 其の様をまじまじと見詰めたドラコは返答の代わり、からは遠い手を伸ばし、そっと、の髪に触れた。 突然貴婦人の髪を触るだなんて行為が、庶民の娘に対する行為ならば兎も角、魔法界で知らぬ人間は居ないとされる有名純血一族家――――現・総督の一人娘に対して赦されるものだろうか。 頬を一発や二発張られるだけの覚悟を決める間も無く、衝動的に触れた行為は意外にも彼女の怒りに触れることは無く、真直ぐに至宝のような瞳で見返される。 「余りに長すぎて邪魔だから、そろそろバッサリ切ろうかと思って」 「冗談だろ、髪の短い貴族の娘なんか聞いた事無いぞ。其れに、こんなに綺麗な橙なんだ、勿体無い」 「……でも本当に邪魔、今だって風に煽られて四方八方好き勝手に流れていくんだもの」 そう歎息するを制するように、ドラコはの背に垂れた髪をひと房掌に掬い上げる。 馴染ませるような指にも、細くやわらかな感触は、の性格を表した様に硬質で優しい。 嗜めるようにあげられた、の瞳はヒドク近しく思われた。瞬かれた睫毛の長さも、頬に落ちる影までも見える距離。 初めてに出逢った、幼い頃の記憶がドラコの脳裏で一気に過る。 まるで飴細工を連想させるような、橙に薄い白を混ぜた様なオレンジ色の綺麗な髪が印象的だった。 「………四方八方に流れなければいいのか?」 「そりゃあまぁ……、そうだけど」 不思議そうな表情で、ドラコを見上げる大きなアーモンド型の瞳。 風に靡く柔らかな髪を手で押さえつけたまま、振り解くこともなく、見詰めればドラコは徐にジャケットの中に手を突っ込んだ。 勢いを増し始めた冷える風に耐え切れなく為ったのだろうかとが案じ、掛けてくれた外套を返そうと髪の毛から手を離した瞬間、手首をドラコに掴まれる。 「ドラコ?」 「………嫌なら、棄ててくれて構わない。先週出張の帰りに見付けて、お前に似合うと思って―――、」 ジャケットから取り出された手には、銀を織り込んだ様な色合いのリボンに似た結い紐が握られていた。 出来るだけ優しく丁寧な所作で、はらりと空に舞うの橙の髪に指を滑らせると、掌で纏め上げるようにリボンで結い止める。 指先で包み込むようにして、後れ毛以外の髪の毛をリボンで束ねれば、ふわりとオレンジ色の髪とリボンが対になって揺らぐ。 その下から覗く華麗な容姿は、吸い込まれそうな愛らしさで、ドラコの思考が止まった。 「ご、ごめん、勝手に髪……」 気付けば触るに飽き足らず勝手にの髪を結い止めてしまった事実に躊躇いつつも落とした言葉には、緩く、一度だけ首を横に振られる。 見上げる形で瞬きをしてから、はふわりと頬を緩ませて笑った。 「ありがとう。ドラコの成人のお祝いに、ナルシッサ様から頂いたホルターのドレスを着ようと思っていたの。でもあのドレスを着るには髪をアップにしないといけないから、如何しようか迷っていたんだけど…ドラコから素敵なプレゼントを貰ったんだもの、あのドレスを着ていくことに決めたわ」 普段自由に髪を靡かせているしか見た事の無いドラコは、髪を結い上げたのさながら華のような美麗さに、嫌になるほど酔わされた。 揺れる硝子玉の様に大きな瞳が、真っ直ぐに映すのは鮮やかな薄蒼の光彩。 それが己の彩だと気付くのに、何故だか大分時間がかかったのは、認め難い何かが認識の邪魔をした所為なのかもしれない。 だが其れが小さな切欠に為ってくれた。 そう気付いたのは、冷静に考えてみるとかなり恥ずかしい台詞がごく自然に口から出た後。 「僕の成人の祝いに、僕が隣に置く姫君は………、お前が良い」 真剣に言った手前、急に気恥ずかしさが競りあがり、ドラコは無性に居心地が悪くなってすぐに視線を逸らす。 とドラコは両親同士が知り合いだと言うこともあって、幼い頃から共に居るため、幼馴染みたいなものだ。 だが、出逢って間もない相手に突飛に言い出すよりも、慣れ親しんだ傍に居すぎる人間に言い出す時のほうが何倍も気と時間と言葉を選んで頼むものではないだろうか。 況して、成人の祝いに隣に置く女、其の意味を知らぬ年齢でもあるまいに。 流石に不躾過ぎるだろうと、慌てて謝罪の言葉を捜すドラコに、けれどもは、微塵も躊躇うことなく犯罪級の笑顔で即答してみせた。 「私に務まるのならば、喜んで、王子様?」 この時、自分の心臓動悸が一心不乱に近い状態で乱れた事実は、何と言うべきか、一生の不覚だったと思う。 勿論気付かれないように一瞬だけ唇を噛み締め、大人びた立ち居振る舞い、上品な笑顔で礼を述べる。 そうして、洗練された所作で片膝をつき頭を下げた。 「お手をどうぞ、お姫様」 凛然と告げて、ドラコはが差し伸ばした白い甲にそっと唇を押し当てた。 エスコートするように噴水の縁に腰を落したを立ち上がらせ、一度瞼を伏せ、それから瞳を上げる。 並ぶように隣に立ったへと視線を向け、連れ立って歩き出す。 ドラコから繋がれた手に、嬉しそうに握り返された小さな手の温もりは、きっともう手放せないだろうと、予感がした。 お手をどうぞ、お姫様。 再びドラコの口から同じ科白が聞かれるのは、二週間後の、成人の祝いの席で。 純白のドレスに映える橙の髪は、ドラコから送られた銀糸を織り込んだリボンによって結い上げられ、今更のように綺麗だとドラコは思うこととなる。 [ Back ] (C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/11/27 Present for 律 sama and Title by Rachael |